それでも、守〈僕〉は
――卒業式が、終わった。
一年生の教室は、とても静かだった。
卒業生に会いに行く者や、真っ直ぐ帰った者がほとんどで、誰も教室に残ってなどいなかったからだ。
僕はそんな静かな教室を横目に、約束の場所へと向かう。
階段を上がるたび、じわじわと終わりへの実感が強くなっていく。
たった一年。
その一年が、重く僕の腹の奥に深く沈みこんでくる。
最後の段差を上がり切る。
屋上の扉を開けると、風がふわりと吹き込んできた。
その先を見つめると――金色の髪を靡かせる、一人の少女が目に映った。
「……円樹先輩」
声を掛けると、円樹先輩はゆっくりとこちらに振り返った。
「……守」
僕は、円樹先輩の隣に立つ。フェンス越しには、見慣れた街並みが広がっていた。
「守とここに来るのって、ほぼ一年ぶりくらいかな?」
「そうですね。……あの日以来ですから」
僕らは目を合わせ、懐かしんだ。
「なんだか、遠い昔のことみたい」
「……ですね」
「いろいろあったよね。これまで」
「ええ。本当に」
僕ら以外、誰もいない屋上はとても静かで、時間は流れは、とてもゆっくりとしたものに思えた。
「アタシ、自分に弟がいたーなんて知ったときは、本当に驚いたよ」
「僕もです。姉がいると知ったときは衝撃を受けましたし、まさか高校生になって再会を果たすなんて、どんな偶然なんだって思いました」
「……それは偶然なのか、必然なのか……って、勘繰っちゃうよね。アタシはやっぱり、運命なのかなって思うんだけれど」
「運命ですか。円樹先輩って、ロマンチックなこと言いますね」
「時に、人はロマンチストになるんだよ」
えへへ、と笑う円樹先輩。
「どこまでも、アタシたちって姉弟なんだよね」
「……そうですね。こればっかりは、覆りようがありません」
「…………」
円樹先輩はフェンスから一歩離れて、改めて僕と向かい合った。
「……守」
何度目だろう。
円樹先輩に名前を呼ばれ、僕は彼女へ視線を向けた。
円樹先輩は一度深呼吸をしてから、真剣な顔で想いを紡ぐ。
「――アタシ、あなたのことが好きです」
静かに、その想いを噛み締める。
「血の繋がっている姉弟だろうと関係ない。アタシはあなたのことが好き。この気持ちは――『恋』は、本物なの」
僕もかつて、彼女に『恋』をした。そして、姉弟という事実を知って、絶望した。
しかし揺らぎなく、僕の気持ちは昔から変わらない。
「……守」
――だけれど。だからこそ。
「アタシと……恋人として、付き合ってくれませんか?」
円樹先輩は、右手を差し出した。
真っ直ぐと、その瞳をこちらに向けて。
「……」
僕の心は、もう決めてある。
あとはこの気持ちを……伝えるだけだ。
「……円樹先輩」
――今度こそ、揺らぎない本当の決意を。
「――ごめんなさい。僕はあなたと、付き合えない」
円樹先輩は、ゆっくりと目を細めた。
「あなたのことは、これまでも、きっとこれからも好きなままです。だからこそ、僕はあなたに幸せになってほしいと願います」
「……」
「血の繋がった僕らが交じり合うことは、許されない罪です。だからここで、すべて終わりにしましょう」
そう言い切ると、円樹先輩は、僕をまるで惑わすような瞳をこちらに向けた。
「……アタシが、いっしょに罪を背負うと言っても?」
……その言葉は。
僕にとって、縋りたくてたまらない言葉だったけれど、もう……心は揺らがない。
「――それでも。僕はもう決めました。この『恋』に終わりを告げると」
「……」
円樹先輩はしばらく僕の顔を見つめていたが……やがて、柔らかな笑みを浮かべた。
「……うん。もう、迷いはないみたいだね」
「ええ。おかげさまで」
「……そっか」
円樹先輩は背を向け、空を見上げた。
……いや、もう円樹先輩ではない。今からは、完全に僕の姉だ。
「……お姉ちゃん。よければ、卒業祝いしたいって、父さんが言ってるんだ。もしよかったら、今度どうかな」
円樹先輩は制服の袖で目を擦ってから、こちらを向いて笑顔で言う。
「もちろん! 家族で集まって、祝ってもらうんだから!」
円樹先輩は背伸びをしてから、床に置いていた鞄を肩に掛けると、僕に手を振り、その場を去っていった。
――こうして。紆余曲折を経て、僕らの『恋』に終止符は今、打たれたのであった。




