あなたと寄り道して(1)
「帰り、どっか寄ってく?」
御大地くんからの誘いに、わたしはうれしい気持ちよりも先に、驚きを感じていました。
今まで、御大地くんから言ってくれることなんてありませんでしたから。
でも、いざ聞かれると思いつきません。
これまで帰り道に寄り道する機会なんて、ほとんどありませんでしたから。
せいぜい、兄さんと買い物をして帰るくらい。
「……」
悩んだわたしは、ふと目に止まったファストフード店を指差しました。
「なら、ここで軽食はいかがでしょうか。なんだか、らしいじゃないですか」
御大地くんは嫌がることなく、頷いてくれました。
適当に注文も終え、席についたわたしたち。
テーブルの上には、ポテトフライとナゲット。そして、わたしの手にはソフトクリーム。
「御大地くん。本当にいいんですか、全部買ってもらっちゃって……。それに、わざわざわたしのために、ソフトクリームまで……」
「別に構わない。それに瑠璃、食べたそうにそれ見てたし」
「……見てません」
「本当?」
「……。……ありがとうございます、御大地くん」
わたしは素直にソフトクリームにありつくことにしました。
「……」
「……」
話はそこで止まり、店内のBGMだけがわたしたちの間を支える中、御大地くんが先に口を開きました。
「……前、電話掛けてくれたときさ」
「……」
――わたしが、御大地くんに電話を掛けた日。ただ御大地くんの声が聞きたくて、勇気を出したのに……。
「……確かに、あの日円樹先輩は僕の家に泊まっていったよ。でも本当に、当日まで僕は聞かされてなかった」
わたしは、黙って御大地くんの話に耳を傾けます。
「円樹先輩が泊まりに来た理由っていうのも、お父さんの顔が見てみたいから……だって。それは僕ら互いの両親も、了承済みだったらしくてさ」
「……」
「――本当に、顔合わせみたいな感じだった。僕らは姉弟なんだって、改めて認識させられた日だった。僕らはあの日最後まで――『姉』と『弟』だった」
……。
……嘘は、たぶんついてない……彼の話からは、そんな感じがしました。
でも、やっぱりもどかしい。
姉弟の関係だったからいいのではありません。二人の間にある想いを知っているからこそ……二人が同じ屋根の下にいた事実が、わたしは悔しくてたまらないのだと思う。
……今は、その悔しさも受け入れられるようになってきましたけど。
「……それにあの日、僕は……」
御大地くんは言いかけて、口を閉じてしまいました。
「『僕は』……なんですか?」
わたしは聞き返すと、御大地くんは窓の外へ視線を向けました。
「……ふとしたとき、瑠璃の顔が頭に浮かんだんだ」
平然な顔して話す御大地くんとは対照的に、わたしの耳は、みるみる熱くなっていくのを感じました。
「……なんでだろうな」
そう呟く御大地くんは、本当に不思議に思っているようでした。
わたしは……やっぱりどこか、期待を抱かずにはいられませんが。
(ハッキリしない人ですね、御大地くんって)
――口には出しませんけど。
それでも、選んだのはわたしですから。
「御大地くん。ソフトクリーム、ひと口いかがてすか?」
わたしはソフトクリームを差し出すと、御大地くんは「いいよ、瑠璃のだろ――」と言いかけましたが、わたしの顔を見てか、優しく微笑むと、「……いただきます」と言って、ソフトクリームに口をつけました。
「……御大地くん」
「……うん?」
「わたしも……話さないといけませんね。わたしと、兄さんのこと」
――前に話そうとしたまま、そのままになっていましたから。
御大地くんはわたしに正直に話してくれている。わたしもいい加減、わたしのことを伝えないと。
「……あの日。わたしね、御大地くんと円樹先輩がいっしょにいたことを知ってしまって……やっぱり、悔しかったんです。許せない気持ちになってしまったんです。わたしは、御大地くんの『恋』を知った上で、振り向かせてみせるって覚悟で、付き合ったはずなのに……」
――本来なら、わたしはそれも受け入れなければならなかった。わたしはどんなことも受け入れるって、決めていたはずだったんですから。
「……わたし、覚悟が甘かったみたいです。でも、今は違う。わたしはどんなあなたも受け入れます。尊重します。……絶対に、必ず」
「……瑠璃」
「――それに、わたしだって御大地くんにずっと黙っていること、あるんです。御大地くんとは違っていて、わたし、ずっと前から……」
伝えなきゃ。
じゃなきゃ、せっかく自分の気持ちを押し殺してまで、円樹先輩を想う御大地くんを裏切ることになってしまう。
こんな不誠実極まりないこと、押し通してはいけない。
「――兄さんと……」
……伝えたら、どうなるでしょうか。
この発言をきっかけに、御大地くんはわたしを軽蔑するでしょうか。
「わたし……は……」
……。
…………。
「……御大地く――」
「瑠璃。そんなに気負ってまで、話さなくていい」
御大地くんはわたしの言葉を遮りました。
「いつか話せるときでもいいし、一生話さなくてもいい」
御大地くんは改まった様子で、わたしを見つめました。
「――ただ、僕といっしょにいてくれたら、それだけですごく……十分だから」
……それって。
「……御大地くん」
「……はい」
「改めて、聞いてもいいですか」
「……ああ」
わたしはひと呼吸挟んでから、言う。
「円樹先輩――お姉さんへの『恋』は、今も残ってますか?」
御大地くんは目を閉じて、再びその目を開いてから答えます。
「しばらく……もしかしたらずっと、消え去りはしないと思う。それでも、僕は決めたよ」
わたしはそれを聞いて、やっぱり御大地くんだと思って、安心しました。
「食べたら、このあとはまっすぐ帰りますか」
「そうだな。……あ、もうひと口、ソフトクリームもらってもいい?」
「えー。わたしに買ってくれたんじゃないんですか?」
「さっきもらったら、もう一度欲しくなっちゃって」
――ようやく初めて、わたしたちは純粋に、今を楽しめているような気がしました。




