『恋』をして、よかったですか?
「いってきます」
明くる日。瑠璃はそう言って先に家を出て行った。
今までなら、いっしょに家を出て登校していたはずなのに、今じゃあ俺らは別々だ。
瑠璃は、御大地の奴と登校でもしてるんだろうか。
別に、彼氏と登校するだとか、俺としてはそういうのは別に構わないのだが……問題は、その彼氏が御大地であることだ。
アイツは、瑠璃のことを見ていない。
学祭のとき、あの演劇を見て確信した。アイツの視線はいつも瑠璃を通り越して、円樹先輩のことを見ていた。
瑠璃だって、そのことに気づいているはずだ。
それなのに、どうして瑠璃は自分が傷つく立場にいるんだ。
それよりも御大地だ。御大地は、なんで俺の妹なんかと付き合う選択をした? ……本当は、円樹先輩のことが好きなはずなのに。
妥協か? 瑠璃に告白されて同情心から付き合ったのか? もしくは別の――もっと最低な理由があるのか?
少なくとも、御大地が瑠璃へ抱く感情は純粋ではない。
俺はそれが許せない。
今すぐ瑠璃から離れてほしいとさえ思う。
だが瑠璃は、それを望んじゃいない。
(むしろ、瑠璃が今一番毛嫌いしているのは俺のことだな……)
この結論に辿り着くたび、気分は憂鬱になる。
気持ちが晴れないまま、俺も学園へと向かった。
◇
――昼休み。俺はいつもと場所を変えて、人気のない中庭のベンチに腰掛け適当に昼食を済ませていると、不意に人の気配を感じた。
「……げっ、こんなところに人がいるなんて……。しかも、学園の貴公子……」
気配の先を見れば、頭に赤いリボンを付けた女子生徒が一人。
あれはそう、前に『恋』のことを教えてくれた、円樹先輩と同じクラスメイトの先輩だ。
名前は、ええと……なんだったっけか。
「……キョトンとしてるから言っておくけど、わたしは葛城優子よ。ま、教えたけど、別に覚えなくてもいいわ」
葛城先輩はそう言って、ドカりと俺の隣へ座ってきた。
俺がいるのになんで堂々と隣に座ってくるんだ……と内心思っていると、その思いが顔に出てしまっていたのか、葛城先輩はギロリとこちらを睨み、言う。
「別にいいでしょ。わたし、今日は一人で過ごしたい気分だったの」
「……俺がいるじゃないですか」
「少し前だったら、学園の貴公子様の隣なんて、緊張して食事も喉を通らないってあったかもしれないけど、今は別にそうでもないわ。とんでもないシスコンだって知っちゃったしね」
「……やっぱり、よくないですよね」
俺はしおらしく呟く。
すると、葛城先輩はバツが悪そうに目を逸らし、パンをひとかじりした。
「……よくないわけじゃないけど……いや、度が過ぎるのはやっぱりよくないか……」
葛城先輩は再びこちらを見つめ、こう切り出す。
「まあいいわ。なんか元気ないようなら、先輩であるわたしが相談に乗ってあげなくもないけど?」
そう言われ、俺は逡巡する。
……まあ、きっとこれも何かの縁か。
意外と、解決へと道が開けるのかもしれないな。
「……助けてあげたいと思う相手に拒否されてしまったとき、葛城先輩ならどうされますか」
「まーた瑠璃となんかあったの?」
……。
……あえて名前を伏せて相談を持ち掛けたのに、あっさりと見抜かれてしまった。
まあ、こんなのわかりきったことか。
「……瑠璃の奴、案の定、御大地と上手くいってないみたいなんです」
「……ああ、最近付き合いだしたわよね、あの二人。……で、案の定ってのは?」
「……二人が付き合う前から、なんとなく、御大地は瑠璃のこと見ていないことに気づいてまして。それなのに、アイツは瑠璃の気持ちを受け入れた。アイツの気持ちが変わったのかって、最初は思いましたけど」
「…………」
ふと葛城先輩を見ると、葛城先輩自身も何か思うところがあるのか、意味ありげに自身のつま先に目を向けていた。
「……何も変わっちゃいなかった。アイツは……御大地は、今だって円樹先輩を見てる。瑠璃があんなに近くにいるのにも関わらず、だ」
自然と、無意識に、俺の手に力がこもる。
「それなのに、なんで瑠璃のそばにいる? 無駄に期待させるようなことをする? 瑠璃も瑠璃だ。なんで瑠璃は、明らかに瑠璃に想いを向けていない御大地の――なんで瑠璃は――それでも、そばにいようと思うんだ? 瑠璃自身だって、そのことに気づいてるはずなのに……」
葛城先輩はゆっくりと俺の話を咀嚼するように頷き、フーっと深く息を吐きながら、空を見上げた。
「……単純よ。瑠璃は、それでも御大地のそばにいたいのよ」
そう話す葛城先輩だったが、その表情は、俺と同じようにどこか腑に落ちない感情も混じえているように思えた。
「それが『恋』なんじゃないかしら? 『恋』って、必ずしもすべてきちんと叶えたり、しっかり区切りをつけて終わらせたりするものでもないと思うのよ」
話しつつ、葛城先輩は少しだけ微笑む。
「――わたしだって、そうだもの」
葛城先輩のその瞳は悲しげで、それでも覚悟の据わった瞳をしていた。
「……そう、ですか」
話を聞いても、俺はまだハッキリわからない。納得もいかない。
俺はただ、瑠璃に幸せになってほしい。
心から、笑っていてほしい。
わざわざ辛い目にあわないでほしい。
そう願うのは――いけないことなのだろうか。
「結局のところ、他人が何を想ったって、願ったって、『恋』の前じゃあ意味ないのよ。本人が納得しない限り、何も聞き入れちゃもらえないんだもん。ほんっと、タチの悪い感情よね」
そう吐き捨てた葛城先輩は持っていた残りのパンをすべて口へ詰め込むと、ベンチから腰を上げた。
「んじゃあね。アンタも妹の面倒はほどほどに見なさい」とこの場を去ろうとする葛城先輩に、俺は最後にこう聞く。
「……それでも先輩は、『恋』をしてよかったですか?」
葛城先輩先輩は俺を見つめ、かわいらしくはにかんで答える。
「ま、よくはないけど……それでも、やっぱりよかったわね」




