少し仲良くしすぎたみたい
最近、妹の機嫌が悪い。
常にどこか不機嫌で、俺に対しても素っ気ない。
……いや、態度が素っ気ないのは、不機嫌になる前からだったか。
――『――わたしはもう、兄さんの『愛』は必要ない』
素っ気なくなったのは、この言葉を言われてからだ。
今までずっと俺の隣に妹は――瑠璃はいた。
両親を亡くしてから、俺は親以上の存在になろうと、片時も瑠璃のことを離さず見守ってきたつもりだ。瑠璃のことを考えなかったときはないくらい、俺は瑠璃を愛している。
しかし、瑠璃はそんな俺を拒絶しはじめた。もういっしょに帰ることもないし、眠ることも、風呂に入ることもない。
「わたしだって十分大人だから。これからは一歩距離を置いて、兄妹らしくしていきたい」
かつて、なぜ急に態度を改めたのかと聞いたとき、瑠璃はそう答えていた。
自立、といえばそうなのかもしれない。
でも俺は、別に瑠璃にそんなもの求めてなんかいなかった。
俺はただ、ずっと兄妹二人で暮らしていけたらそれでよかった。
だが、ある程度は覚悟していた。
そのうち、瑠璃も『恋』して俺の元から離れていくことくらい、想定はしていた。
瑠璃の取った選択なら、俺はすべて肯定して応援しようとも思っていた。
……でも、いざ蓋を開けてみれば、相手はあの男――御大地守だったなんて――俺は、とてもじゃないが素直に喜べない。
瑠璃は間違っている。あの男は、どう見たって瑠璃のことをちゃんと見てはくれていない。
あの男は明らかに、妥協して瑠璃と付き合っている。
いや、妥協どころではない――本当の想いは、円樹円に向いているはずだ。
なんで瑠璃は、そんな男を好きになってしまったんだ。
最近不機嫌な理由も――きっとその男が原因なんだろう?
「……御大地め」
俺は呟き、コンロの火をつけた。
今日の晩御飯は瑠璃の好きなシチューだ。
どんなときだって、瑠璃はこれを食べれば笑顔を取り戻してくれた。
タンタンタン……と小刻みな音が聞こえてくる。台所に現れたのは、瑠璃だ。
「……今日はシチューなんだ」
「瑠璃、シチュー好きだろう?」
「ええ、すごく」
瑠璃は言って、微笑んだ。
俺はその笑みを見て――心底安堵する。
この瞬間、俺らの間に張っていた緊張の糸は緩み出す。
この機を逃すまいと、俺は瑠璃に尋ねることにした。
「……なあ、瑠璃」
「何?」
「何か、あったのか?」
「……」
「御大地のことだろう」
「……兄さんには、関係ない」
……またこれか。
「関係なくないだろ。俺は瑠璃の兄なんだから」
「兄だからって……妹の領域にどこまでも踏み込んでいいわけじゃない」
「……瑠璃」
俺は瑠璃の手を掴み、肩を抱く。
瑠璃の身体を引き寄せ、触れそうな距離まで顔を近づける。
「……っ」
「……瑠璃、なんで今更そんなこと言うんだ」
「……」
「互いの領域なんて、もうないに等しいだろう」
「……やめて」
瑠璃に手を払われ、俺らの間に距離が生まれる。
「……兄さん。兄さんは、もうわたしばかり気にかけなくていい。兄さんも、兄さんだけの『恋』を見つけて、新しい『愛』に目を向けて」
――新しい『愛』って。俺は別に、そんなもの求めていないのに。
「わたしたち、少し仲良くしすぎたみたい」
瑠璃は悲しげに笑う。
「御大地くんともう一度出会うまで、そんなことにも気づけなかった」
瑠璃はそう呟いて、気持ちを切り替えるように手を叩くと、鍋の中を覗いた。
「兄さん、そろそろルーを入れてもいいんじゃないかしら。わたし、早くシチューが食べたくて待ちきれない」
日常的な会話に戻していく瑠璃を見て、俺も無理矢理笑みを作って言葉を返す。
「もう少し待ってろ。できたらすぐによそってやるから」
瑠璃はまた笑って、テーブルの席についた。
しばらくの間、グツグツと鍋の煮える音だけが、この場を支配していた。




