初めての朝
『守、放課後はさ、二人でカラオケにでも行かない?』
――カラオケって……円樹先輩、好きですね。
『守、次の休みはさ、ちょっと遠くまでデートしようよ。電車に乗ってさ、いつもは行かないようなとこ』
――急ですね、何かネットかなんかで、デートスポットでも見てたんですか。
『守、手を繋いで歩くのってさ……やっぱりなんか恋人同士って感じして、いいよね』
――そうですね。……あれ、恋人……?
『……守。守のおうちでデートなんて、初めてだよね。その……今ってさ、アタシたちだけ、なんだね』
――……僕ら、だけ……。
『……守。今だけ……はさ、アタシのこと、円って、呼んでよ』
――うん、まど……。
『――御大地くん、そろそろ起きる時間じゃないですか』
◇
「――っ!」
目を覚ますと、僕はベッドの上にいた。
それも当然、か。昨日、自分の部屋で眠ったんだから。
……それにしても、なんだかいけない夢を見たような気がする……。
ぐーっと背を伸ばし、僕はベッドから降りようとしたときだった。
身体を動かそうとして、温かい何かに触れ、気づく。
僕の隣では、姉がスヤスヤと寝息を立てて眠っていたのだ。
「わぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げ、急いで姉から距離を取る僕。
その声で目を覚ましたか、姉はゆっくりと目を開け、目を擦りながら身体を起こし、僕を見つめた。
何事もないかのように微笑むと、姉は言う。
「おはよう、守」
「お……おはよう、ございます」
……あれ? 僕らって昨晩、それぞれの部屋で眠らなかったっけ……?
それなのに、なぜ姉は僕の隣に?
姉は僕の戸惑う顔を見てか、クスリと笑ってからこう話す。
「昨日、全然寝つけなくてさー。だから守の隣、こっそり侵入しちゃった」
……し、侵入って……。
「僕、変なことしてませんよね?」
「なあに、変なことって?」
「いや、その……」
言葉を濁す僕を見てか、姉はこう言う。
「なんにもしてないよ。守、ぐっすり眠ってたから。アタシはただその隣で寝てただけ。守の隣来たら、なんだか安心してすぐ寝つけちゃった」
「そ……そうですか?」
「うん。やっぱり守は、アタシの弟なのかもね」
「……先輩」
口をついてしまったのは、『お姉ちゃん』などではなかった。
「……守、お姉ちゃん、でしょ?」
そういえば、そうだったな。
「うん、お姉ちゃん」
姉は「よし」というとカーテンを勢いよく開けた。朝日が一気に射し込んできて、その眩しさに目を細める。
姉は朝日をバッグにこちらを見て、元気よくこう言い放つ。
「さて! 早速朝食作らないとね! 守、キッチン借りるよ!」
「うん、僕もすぐ行くよ」
姉は笑って、そのまま部屋を出ていった。
(……円樹先輩は、僕のことどう思っているんだろうか)
ふと、そんなことが頭に過ぎる。
でも、こうしてひと晩過ごしてみて、僕が感じたことはひとつだけだ。
(初めから、こうして家族として過ごせていたら、きっと幸せだっただろうな)
だけれど、そのことに後悔したり、親を恨むなんてことはない。
そんなことをしたって、なんの解決にもならないのだから。
――さて、僕も準備して姉のところへ行かないと。
僕は着替えて部屋を出た。いつもなら今日みたいな休日は、父さんまだ寝ていると思うけれど、せっかく姉が来ているわけだし、そうだったら起こさないと。
僕は父さんの部屋の前まで来て、扉を開けようとしたが、そのとき扉越しに声が聞こえ、僕はその手を止めた。
「……大丈夫だよ。何を心配してるんだ?」
――父さん、起きているみたいだ。誰かと……話してる?
「二人とも姉弟らしく、仲良く過ごしてたよ。……え? そりゃ、ちゃんと見てたって。酔っ払って寝てたなんて……別に……」
――話し相手は誰だろう……この感じ、母さんか?
「とにかく、夜も何もなかった。それは本当さ。二人とも、別々の部屋で眠ってたよ」
――父さん、夜中様子を見に来てたのか……。父さんが見に来たときには、姉はまだ自分の部屋にいたんだな。
「……大丈夫。二人には何もないよ。いくら離れてたとはいえ、姉弟で付き合うなんて……ないだろう」
……。
「……だからさ、今度は一度、家族みんなで――って、もう切られてたか」
……。
……そりゃあそうだ。父さんだって、そう思うよな。
僕らは、やっぱり姉弟なんだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
だいぶ、この事実を受け入れることができたような気がする。
タッタッ……と扉越しに物音がし、僕は慌てて扉から離れた。
バタン、と背後で扉の開く音。
僕は振り向いて、何も知らぬ顔で「おはよう、珍しく早起きだね」といつもの調子で言った。
「……ま、今日は円ちゃん来てるもんな」
と、父さんは作ったような笑みを浮かべた。
「お姉ちゃん、もう朝ごはん作ってくれてるよ。父さんもさっさと準備してきて」
「ああ、わかったよ」
僕は階段を降り、キッチンへと向かう。
近くへ来ると、初めて感じるような、香ばしい匂いが漂っていた。
柄にもなく、胸が弾む。匂いに導かれるようにキッチンへ行くと、姉は目玉焼きを作っている最中だった。
「あ、守、やっと来た」
こちらに気づき、笑いかけてくれる姉。
朝からこんなに幸せな気分になったのは、初めてだった。




