姉弟になっていく(5)
「守、まだ怒ってる?」
風呂から上がるや、早々に姉に小言を吐かれた。
……ん、待って。風呂から上がるや?
「――ちょっ! 何ナチュラルに覗きにきてるんですか!!」
僕はすぐさま脱衣所から姉を追い出し、扉を閉めた。
そう、風呂から上がったばかりの僕は、タオル一枚のあられもない姿だったのだ。
それなのに、平然とこの姉は……!
「アハハっ! そんないいじゃない、アタシ、お姉ちゃんなんだし?」
「……今日はよくその言葉、使いますね……!」
「まあね。……あ、あと守、敬語になってるからね」
扉越しの会話で互いの姿は見えないが、姉はからかい気味に笑っているであろうことは、容易に想像できた。
僕はやれやれとため息をつきながら、着替えへと手を伸ばす。
「……。……あのさ守、さっきはごめんね」
少し間を空けてから、姉はさきほどとは打って変わって、萎れたトーンでそう言ってきた。
「……別に、お姉ちゃんが謝ることじゃありませ……謝ることじゃない」
「でもなんか、守、不機嫌かも」
「それは、その……」
「守」
名前を呼ばれ、僕は改めて意識を姉へ向ける。
「姉弟喧嘩って、きっとこんな感じなのかな」
「……なんですか、急に」
「お互い好きなはずなのに、ちょっとしたことで、今みたいに気持ちがすれ違っちゃうの」
「……まあ、そうなんじゃないですか」
ちょうどそこでパジャマに着替え終え、僕は扉に手を掛けた。
「じゃあアタシたち、ちゃんと姉弟に近づけてるってわけだね」
――しかし、姉の発言を聞いて、僕の手は止まった。
「……守?」
姉に呼ばれ、僕は扉を開けた。
再び対面する僕ら。
姉は、ほんのりと顔が赤く色づいていた。
「……姉弟同士の顔ですかね、これ」
僕が言うと、姉は目を伏せ、「……どうかなぁ」と、恥ずかしそうに答えた。
「……守。守はさ、自分の『恋』に、答えは出せそう?」
「……円樹先輩はどうなんですか」
「アタシは散々言ってるじゃない、守が好きって。それは家族としてとかじゃ、絶対ない。アタシは――」
「すみません、聞き返すような真似をして」
僕が遮ると同時に、姉は固く口を結った。
「……もう遅いし、寝ようか」
そう提案すると、姉はゆっくりと頷いた。
僕らは静かに階段を登り、各々の部屋へと分かれて入る。
そしてそのまま、僕は背を向けたまま扉を閉めようとしたのだが――。
「守」
扉を閉めようとするその手を姉に掴まれ、止まる。
「……」
無言のまま見つめてくる姉。その求めるような瞳は、僕の心を大きく揺らした。
僕らはただ二人、しばらくその場で見つめあった。
互いの小さな呼吸音と、触れた手から伝わる熱だけが、今の僕らを繋いでいた。
……。
…………ダメだ、このままじゃ……。
そのとき、姉はハッとし、廊下の先を見た。瞬間、僕の耳にも階段を上がってくる足音が耳に届いた――父さんだ。
姉は寂しげに微笑み、その手を離し、自分の部屋へと戻って行った。
扉を閉める直前、「おやすみなさい」と残して。
「う〜……」
そこへ、お酒も残っていて気分でも悪いのだろう父さんが姿を見せた。父さんは僕に気づくと、「んあ、守、何してんだ?」と呑気に聞いてきた。
「何って、これから寝るところだよ。父さんももう静かにしててよね、お姉ちゃん、もう寝てるんだから」
僕がそう言うと、父さんは「そうだった、そうだった……円ちゃん、来てるもんな」と言って、自分の部屋へと戻っていった。
父さんの姿が完全に見えなくなってから、僕は再び向かいの姉の部屋へと視線を向ける。
もう父さんは行ったよと、扉をノックしようとして――僕は手を引いた。
何を当然のように姉に話しかけようとしているのだろう。もう一度話す必要など、僕にはないのだ。
これ以上の関係は、姉弟らしくない。
「……おやすみなさい」
僕は扉越しにそう言って、自分の部屋に戻った。




