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それでも君に認めさせたい  作者: みおゆ
第四章一節:揺らぎ消えゆく『御大地守』
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最低最悪な僕

「おはようございます、御大地(みおおじ)くん」


 朝、下駄箱で靴を履き替えていると、ちょうど北千種(きたちぐさ)さんと鉢合わせた。


「……」


 僕は北千種さんの顔を見て、違和感を覚えた。

 なんだか、いつもと雰囲気が違うような……いや、雰囲気の話どころではない。北千種さんのトレードマークである『お下げ眼鏡少女』の影が、一切なかった。


 ――丸みを帯びたショートヘア、眼鏡は外していることから、おそらくコンタクトに変えたのか……真面目女子生徒のイメージは一転、今どきの子らしい、爽やかな女子生徒へと変身していたのだ。


「…………っ!?」

「な、なんですか、そのお化けでも見るかのような表情(かお)は……」


 北千種さんは悲しげに眉を下げた。どうやら僕は、驚きのあまり酷い顔をしていたらしい。


「ちょっと気分転換にイメチェン? してみたんです。どうですか、似合っていますか?」


 毛先を弄りながら、照れくさそうにそう聞いてきた北千種さん。

 その仕草は新鮮で、確かにこの姿もかわいらしかった。


「……まあ、その姿もいいと思う」

「『まあ』ってなんですか。もう、せっかくおしゃれしてみましたのに」


 北千種さんは唇を尖らせて僕を睨んだ。なんだかいつもより、そんな北千種さんが愛らしく思えた。


「『まあ』……なんて言って悪かったな、本当に似合ってると思ってるよ」

「前よりいい感じです?」

「前も今も、どっちもいいと思う」

「……ふーん、無難な答え方をしますね、御大地くんって」


 そう言う北千種さんだったが、顔はうれしそうに微笑んでいた。


 それから、僕らはいっしょに教室へと向かった。


(まあ、わざわざ別れて教室へ行くこともないしな……)


 僕はあの日――学祭の日、北千種さんの告白を受け入れた。


 つまり今、僕らはれっきとした彼氏彼女、カップルなのだ。

 いっしょに行動するというのが、最も自然なことであろう。


「そういえば北千種さんさ」

「なんですか?」

「その……まだお兄さんと喧嘩してるの?」


 北千種さんにはひとつ上に兄がいる――僕らと同じ学園に通う二年生であり、生徒会に属しているお兄さんが。


 これまで北千種さんは登校するときも、下校するときも、はたまた昼休憩のときでさえ、よくお兄さんといっしょに過ごしていたようなのだが、あのときを境に一切そういったことはなくなっているようだった。


 あのとき――図書室で僕らと、僕の姉、そして北千種さんのお兄さんが邂逅したあの日だ。


 ――『――わたしはもう、兄さんの『愛』は必要ない』。


 ……そう、北千種さんは自分の兄に対してハッキリと宣言し、それから僕は、彼女がお兄さんといっしょにいるところを見たことがない。


 お兄さんを避けている場面なら、幾度と見たけれど。


「……喧嘩、しているわけじゃありません」

「でも明らかに北千種さん、お兄さんのこと避けてるよな」

「兄さんには、これくらいハッキリと態度に出したほうがいいんです」


 北千種さんは僕を見つめ、こう続ける。


「兄さんには、わたし以外のこともちゃんと見てほしいから」

「……ふぅん」


 そこで、そろそろ教室へ着きそうだというところで、不意に北千種さんは足を止めた。


 何事かと思い振り返る僕に、北千種さんは少し膨れっ面を浮かべて、こう話す。


「……御大地(みおおじ)くん、いつまでそうしている気ですか?」

「……何が?」

「――『呼び名』です! わたしたち、一応付き合ってるんですよね? その……下の名前で呼んでほしいなって、ここ最近ずっと思ってるんですよ」

「……ああ悪い。……でもさ、北千種さんも僕のこと、苗字で呼んでるじゃないか」

「…………っ!」


 最後にそう言い返すと、北千種さんは目を丸くしていた。……もしかして、今まで自分のことは気づいていなかったのだろうか。


「……ま、でもそうだな。苗字で呼んでいるのも不自然だし、下の名前で呼ぶか。……じゃあ、これからは瑠璃(るり)って呼ばせてもらうよ」


 僕はそう話すと、北千種さんはなぜか悲しそうに俯いた。


「……嫌、だったか?」


 恐る恐るそう聞くと、北千種さんは静かに首を横に振って、こう答える。


「……いえ、あっさりと呼ぶものだなぁと思いまして」


 言い方がまずかったのか……と考えたが、すぐに答えなど浮かぶはずもなく、なぜ彼女の機嫌を損ねてしまったのかわからないままに、僕はとりあえず「ごめん」と謝っておいた。


「……ううん、いいんです。わたし、ちゃんと御大地くんを振り向かせるって決めてるんですから」


 北千種さん――いや、瑠璃は何か思い直したのか、また笑顔を見せてそう話した。


「あのさ、北千種さんは……じゃない、瑠璃は、僕のこと苗字呼びのままなのか?」

「あっ、そうですよね。わたしだけ苗字で呼ぶのも変ですし、ちゃんと名前で呼ばないと……ですよね」


 瑠璃はやや顔を紅潮させて、上目遣いで僕を見やった。


「ま、ま、まも……」


 ショートヘアの毛先を弄りながら、恥ずかしそうに口をモゴモゴさせていた瑠璃だったが、次の瞬間、瑠璃は走り出し、僕の横を通り過ぎて、先に教室へ入っていってしまった。


「わたしのほうは心の準備が足りないので、また今度で……!」


 ――そう、言い残して。


「…………」


 内心やれやれと思いながら、僕も瑠璃のあとに続いた。


(まったく、ただ名前を呼ぶだけの話なのに……)


 心の内でそうボヤいた瞬間、僕はふと姉の顔が――円樹(つぶらき)先輩の顔が浮かんだ。


 ――『(まもる)』。


 円樹先輩の呼ぶ声は、今でもしっかり耳に残っている。

 それはとても心地よくて、尊くて、愛おしくて。


 そういえば、最近はあんまり関わらないようにしていて、声を聞けていないな。


 ……。

 …………全然、僕ったら円樹先輩のこと、諦めきれていないじゃないか。


(そう簡単に、『恋』の気持ちは書き換えられない……っていうのか)


 早く諦めたいのに。

 早くこの気持ちを、手放したいのに。


 そのために僕は、瑠璃(彼女)の告白だって受け入れたのに。


(……って、最低だな、僕)


 今更ながら改めて僕は、僕自身のことを、最低最悪の野郎だと認識したのだった。

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