止められない嫉妬
――円樹円。
誰もの目を引き、誰もが崇める天使みたいな美少女。
円は幼いときから誰に対しても隔てなく、優しい眼差しを向けてくれて、それはわたしに対しても例外じゃなかった。
でも、わたしは気づいてた。そんな円はいつも笑顔を振りまいてくれて、誰からも好かれているにも関わらず、いつも一人だったこと。
高嶺の花、というのかしら――だからこそ、みんな一歩引いたところから接していたのだと思う。
それは、わたしもそうだった。
……だったけど、それは小さなきっかけで、わたしたちは友達になった。
小学二年生のとき……だったかな。合唱を披露するときに、わたしは円の隣に立っていたんだけど、ふと円を見れば、ガタガタと身体を震わせていたの。
わたしはこのとき初めて知った――円も、緊張するってことに。
いつも笑顔でなんでもこなして見せて、自信に満ち溢れている子だと思っていた。それは、わたしの完全な思い込みだった。
こんな子だって、わたしたちと変わらず緊張するんだ。……いや、みんなからの期待のことを考えたら、もしかしたら、わたしたちよりもずっと重い荷を背負っていたのかもしれない――あのとき、やっとそのことに気づいた。
だからあのとき、わたしは円の手を握った。
「大丈夫。わたしが隣にいるわ」
そう声を掛けたら円はとても驚いて――すごく安心したように、頬を綻ばせてた。
それは何度も見た笑顔だったけど、初めて見る笑顔だった。
それからわたしたちは『友達』になって、気づけば、『親友』になっていた。
――二人共通の認識としては、だけど。
わたしの中には二つの感情があった。
円を親友として大切に想う気持ち。
もうひとつは――円を独り占めしたい気持ち。
どっちも円を大切にしたいのには変わりない。でも、意味合いがまったく違う。
わたしは円を見る度に、荒れ狂う醜い感情が、腹の底に渦巻くの。
いつからそういった感情を持つようになったかはわからない。円と距離が近づくにつれて、知らないうちにそんな気持ちは膨らんでしまって。
そのきれいな髪に指を絡めたい。澄んだきれいな瞳をもっと間近で見つめたい。もっと円の知らないところまで、触れたい。
なんでこんな気持ちを抱くようになってしまったんだろう。
あなたを壊したいわけじゃないの。ただいつもより、深く愛したいだけ。
あなたに優しく話しかけられるたびに、わたしの中で、罪の意識がどんどんと積み上がっていく。
もういっそのこと、円の口からハッキリと、わたしを拒絶する言葉を聞けたのなら、楽になれるのかもしれない。
でもきっと、円はそんなこと言ってくれないでしょうね。
円はとっても優しい子だから。
だからわたしは、そんな円を傷つけてはいけない。
わたしの『愛』を向けてはいけない。悟られてはならない。
わたしの『恋』は、一生胸の内に閉じ込めておくの。
――そう、思っていたのに。
「――葛城先輩は、円樹先輩に『恋』をしていますよね」
――転校生は、わたしのそんな気も知らずに、ズケズケと物を言ってきて。
「……そんなこと、ないわよ」
声を絞り出し否定したけど、転校生は疑いの目を向けていた。疑いの目、というよりも、腑に落ちない……とでも言いたげな目つきだわ。
わたしはその視線に負けて、「……円には言わないで」と懇願していた。もし転校生が円に何か言うようなことがあったら――と、そっちの心配が上回ってしまったから。
「……好きだって、円樹先輩に伝えないんですか?」
その呑気な問いかけに、わたしは奥歯を食いしばりながら、憎らしげに転校生を睨みつけた。
「それ、アンタが言えることじゃないと思うけど? ……アンタだって何ひよってんだか知らないけど、円に告白しないじゃない!」
「僕は別に、円樹先輩のことなんて――」
「好きでしょ! アンタを見てりゃわかるわよ!」
転校生は押し黙り、互いに睨み合う時間が続いた。しばらくして、転校生が先に口を開く。
「……僕は、円樹先輩と付き合う権利なんて、ありませんから」
「はぁ? 権利?」と苛立ち混じりに返すわたしに、転校生は続けてこう話す。
「葛城先輩はいいじゃないですか。二人の間に、絶対的に阻むものはないんですから」
「……アンタ、バカにしてんの?」
――どこをどう見て、そんなこと言ってんのよ。
「阻むものなんて……わたしを見りゃわかるじゃない! もしかしてアンタ、わたしのこと男に見えてるわけ!? こう見えてもわたしはね、女なのよ! 円と、愛し合えるわけない存在なの!」
――もしわたしが『男』だったら。それは何度も考えたことだった。女じゃなかったら、わたしは堂々と円と付き合えたかもしれないのに。
「なんでアンタは『男』なのに! 円に想われてるのに! 両想いなはずなのに! 円の気持ちを拒否するのよ……!」
少しだけ転校生に文句を言ってやろう――最初こそそんな小さな気持ちで話しかけたはずなのに、気づかぬうちに、どんどん自分の気持ちに歯止めが利かなくなっていた。
「ズルいズルいズルい! わたしが喉から手が出るほど欲しかったものを、アンタは手に入れられる立場にいるのに!」
頭の片隅では、こんなこと転校生に吐き出したって意味がないこと、わかってた。むしろ今、すごく情けない先輩になってるって理解してた。それでも、わたしの気持ちは口から溢れ出て、止めることはできなくて。
「――今からなんにでもなれるなら、わたし、アンタになりたかったわよ……!」
吐き出し切ると、ようやくわたしは頬に伝うものを感じ取った。わたしは慌てて目を擦り、ぎゅっと口を一文字に結び転校生を見据えた。
ただずっと、わたしの吐露に耳を傾けてくれていた転校生は、わたしが言い終わったのち、寂しげな瞳をこちらに向けて、ひと言こう洩らす。
「……僕だって、葛城先輩の立場になれたらなって思いますよ」
言葉だけ聞いたときは、一瞬またわたしをバカにしてるのかと思ったけど、その口調は、表情は、決してからかっているものではなく――真剣なものだということは伝わってきた。
どういうことなのか、さっぱりわからない。
(……本当、前から転校生はわからないことだらけよ)
「……それじゃあ、僕はもう行きますね」
転校生はそう言って、その場を離れていこうとした。わたしは「待って!」と転校生を呼び止め、振り返る彼に向かって、小さな声で伝える。
「……いきなり、悪かったわね」
転校生は小さく会釈してから、
「葛城先輩は、どうか後悔のない『恋』を」
と言い残し、いよいよその場から去っていった。
一人廊下に取り残されたわたし。
「……後悔のない『恋』……ね」
――そんなの、簡単にできたら苦労しないわよ。




