あなたが『恋』をしてから(1)
円は失恋して以来、転校生と関わることはなくなってしまった。
学祭が終わったというのに、前みたいにお昼休憩に転校生と会うこともない。きっとこの様子じゃ、連絡さえ取っていないと思う。
それでも円は、みんなの前では表向きに笑顔を作っているけど、わたしにはわかる――円は、とっても無理してるってこと。
……これも全部、転校生のせいよ。
アイツが、瑠璃なんかを選ばなきゃ……。
『――でも、瑠璃を選んでくれてよかったって思う自分もいるわよね?』
心の中のもう一人の自分が、ケラケラと笑いながら囁きかけてきた。
わたしはそんな囁きを無視して、今に集中する。
授業は相変わらず退屈で、先生の話を聞いていると、どんどん眠気が強くなってくる。
(早く終わらないかな……)
なんて思いながら、いよいよ瞼は限界を迎え、わたしは心地いいままに眠りに落ちていく……はずだったんだけど。
「葛城、次の問題答えてもらおうか?」
と、怒りをはらんだ笑みを向けてくる先生に言われてしまい、眠りは中断されてしまった。
「……えーっと、次ってなんでしたっけ〜?」
わたしはこの場を丸く収めようと苦笑いを浮かべつつそう言ったけど、どうやらそれがダメだったみたい。
先生はよりいっそう怖い笑顔を濃くして、「葛城、授業にしっかり専念するように」と注意してきた。
「が、がんばりま〜す」と返しながら、わたしは、再び授業と向かい合う羽目になってしまうのだった。
◇
「くっ! 抜き打ちテストなんて聞いてないわよ!」
わたしは返却されたテスト用紙を睨みつけた。
そこにはデカデカと、『30点』の赤文字が記されている。
ウチの学校の赤点ラインは45点――これじゃあ、補習コース確定ね。
わたしはため息をつくと、横で見ていた円が苦笑いを浮かべた。
「まあまあ優子、わたしが教えてあげるからさ、次がんばろうよ!」
「ありがと円ぁ。いつも助けられてばかりね……」
「そんなことないよ! 助けられてるのは、むしろアタシだって」
そんな自覚のないわたしは円を見つめ返すと、円はこう話す。
「アタシが困っているとき、いつも優子は助けてくれる。辛いとき、優子は支えてくれるし、悲しいときには慰めてくれる。アタシが何も言わなくても、優子は察して動いてくれるの」
話している中で、円は純粋な笑顔を向けてくれた。
「アタシ、優子と親友になれてよかった」
円の嘘のない、濁りのないまっすぐな言葉は、アタシを満たしてくれるとともに――罪悪感を植え付けてきた。
だってアタシは、円が思うような、そんな聖人みたいな人じゃないもの。
「……っ」
吐き出してやりたい、こんな気持ち。
(……するわけ、ないけどね)
わたしが黙ってしまったのを見てか、円は「どうしたの?」と首を傾げた。わたしはすぐに「どうって……そんなこと言われて照れくさいわねって思ってたのよ!」とごまかした。
「優子ってば、照れ屋さんだねぇ」と、円はわたしの言葉を疑うことなく、けたけたと笑った。最近ずっと落ち込んでいる円だし、こうして笑っている顔を見れるのは、ちょっと安心する。
「……じゃ、勉強がんばろっか!」
「……あー、なんかこの流れで忘れてくれるんじゃないかって思ったけど、やっぱりちゃんとやるのね……」
「当然だよ! 優子ももっと危機感持たないと! このままじゃ留年しちゃって、いっしょに卒業できなくなっちゃうよ!」
「わー……それはイヤね」
円はテキパキと教科書やらノートを机の上に広げ出して、勉強の準備を整え出した。あ、今から教室でやるのね、と思いつつ眺めていると、ふと転校生の顔が脳裏に浮かんだ。
放課後だって、いつもアイツと帰ってたのに。
なんで、転校生は……どうして、円を選ばなかったの?
散々思わせぶりな態度取っておいて何よ。そりゃあ、素っ気ない態度ではあったわよ? でも、アンタはそれまで一度だって、円を完全に拒否するようなことはしなかったじゃない。
円がお願いすれば、アンタは聞き入れていたじゃない。
それって円のこと――やっぱり好きだったからじゃないの?
(何度振り返っても、やっぱムカつく……!)
「優子! じゃあダメダメだった英語やってこ!」と、円に声を掛けられ、アタシは意識を勉強へと集中させた。
円は今、転校生じゃなくて、わたしの勉強に付き合ってくれてるんだ。ここはわたしもしっかり応えて、ちゃんと成果をださないと……ね。
「はい、じゃあまず一問目! 『keep in mind』の訳はなんでしょう?」
「……?」
「あれ? 簡単なほうかと思ったんだけれど……」
たちまち困り顔を浮かべる円。本気で勉強に身を入れないとそろそろヤバいな……と、勉強嫌いのわたしでも、さすがに感じたわ。




