あなたはもうただの弟
ひとしきり泣いたあと顔を上げると、目の前には優しく微笑んで見守ってくれていた優子が見えた。
「落ち着いた?」
「うん、もう大丈夫……ぐず」
「まだちょっと残ってんじゃん」
優子は笑った。その笑い声に、アタシの心も少し軽くなる。
「優子、アタシ……目、真っ赤?」
「そりゃあ、そんだけ泣いたらね」
「そっか」
帰ったらお母さんなんていうかな……なんて考えていると、優子はこんなこと言う。
「……円、家に帰りづらいとかあったらさ、今日はウチに泊まる? ウチの親、夜勤とかでいないし。こっちは構わないけど」
アタシは悩んだけれど、結局「ううん、大丈夫」と答えた。
「ありがとう、優子。お母さんにはなんとかごまかすから大丈夫。今日はちゃんと家に帰るよ」
アタシはもう自然と笑えていた。
優子は「わかった、気をつけて帰るのよ」と言って、今日はこの場で二人それぞれ帰路についた。
◇
「おかえり円――って、何その顔!」
アタシが家に着くなり、お母さんは目を見開いてそう言ってきた。
「ああ……今年高校最後の学祭じゃん? それでなんか、感極まって泣いちゃって……」
と、アタシは事前に考えていた言い訳をして、逃げるように自分の部屋へ行こうとしたけれど、「円」と、お母さんに呼び止められてしまった。
アタシはお母さんに背を向けたまま、「……何?」と返事した。
「……学祭で、守と過ごしたの?」
「…………」
――またか、と思った。
お母さんに守の話を聞かされてから、アタシは守の話を持ち出すことは一切しなくなっていた。お母さんから守の話をされても、ずっと避けてきていた。
お母さんはきっと、アタシがきちんと守と距離を置いたことを確認したいのだと思う。でも、こっちからしたらいい迷惑でしかない。口出しも、干渉もしてほしくない。
「お母さんはあなたの気持ちを否定したくないわ。でもね、弟とは――ただ姉弟だけの関係でいてほしいの。いえ、できれば……」
『できれば、今後付き合ってほしくない』――と、お母さんが言いたいのは十分理解していた。
言われずとも、もうアタシは守と付き合えないのはわかってる。
何度も何度も守には断られてきたんだ。埋まらない溝にやきもきさせられてきたんだ。そしてついに今日――『恋』は実らないと突きつけられたんだ。
――守の『恋』は、アタシじゃなくなったんだ。
「お互いの出し物は見に行ったけれどね、ずっといっしょに過ごしたわけじゃないよ」
アタシは振り返り、お母さんに言う。
「守はもう、ただの弟だもん」
アタシはそう言い残して、自分の部屋へ向かった。
(――本当に?)
扉を閉めて、部屋でひとりきりになった瞬間、アタシは自問していた。
(本当に、守はただの弟?)
失恋したからって、そんな簡単に切り替えられる? ――ううん、そんなわけない。
アタシはまだ守が好き。
守はもうアタシのことなんて……。
(―― 見てない)
守は次へ進もうとしてる。
(……きっと、そんな守のほうが正しい)
守はちゃんと『姉弟』という事実と向き合ってるんだ。一方でアタシは、ただ現実から目を逸らして、自分の『恋』ばかり優先して。
――ねぇ、でもさ、守は本当にそれでいいの? それが守の……本当の気持ち?
「……ううん、ちゃんと今を受け入れなきゃ……」
扉に寄りかかりながら、アタシは小さく蹲って、そう呟いた。




