意図の見えないカーテンコール
――本番五分前。
机やカーテンを使用し、簡易的に作った舞台袖の隙間から、わたしはお客さんたちを覗きました。
最後列の隅の席には、兄さんが座っていました。舞台袖から顔を出して、手を振ってみるわたし。すると兄さんはすぐに気づいて、わたしに手を振り返してくれました。
(兄さんったら、別に無理して来なくてもいいって言ったのに)
そう思っていると、今度は執事の格好から学校の制服姿に戻っている円樹先輩と葛城先輩がやって来ました。
二人は仲良く話しながら、最前列の席に座ります。
わたしは二人が来たことを伝えようと、御大地くんを見ますが、御大地くんは観客席を見ることなく、ただ台本に視線を落としていました。
(円樹先輩が来ているのに……気にしたりしないんでしょうか……?)
それとも、緊張してしまうから見ないようにしているとか、ですかね?
役に集中しているようですし、ここは声を掛けるのはやめておきましょう。
(……にしても、かっこいいなぁ……)
わたし、上手く集中できるでしょうか。緊張しすぎて、セリフも飛ばないようにしないと。
それと何より、舞踏会でもちゃんと踊れるように……です。
残り三分。わたしは少しでもと台本を広げ、イメージトレーニングをして過ごしました。
――そして、いよいよ演劇は始まりを迎えました。
クラスの演劇ということもあり、要所のシーンだけを演じていきます。
シンデレラ役であるわたしは、はじまりのシーンではみすぼらしい衣装に身を包み、継母たちにいじめられる日々を演じます。
そんな中お城から舞踏会の招待状が。わたしはきれいなドレスを持っていないため悲しみに暮れますが、魔法使いが現れて、わたしにカボチャの馬車と素敵なドレスをくれたのです。
急いで舞台袖に引っ込み、ドレスに着替え、舞台に出るわたし。
ちらりと円樹先輩たちのほうを見れば、円樹先輩は目を輝かせて小さく拍手をしてくれていました。
次に舞踏会のシーン。ここでついに王子様――御大地くんとの共演です。
王子様はシンデレラを見るなりこちらへ近づいて、優しく手を取りました。
「僕と踊ってくれませんか」
シンデレラはにこやかに笑い、お誘いを承諾します。
(大丈夫。御大地くんと練習したから)
心の中でそう言い聞かせて、音楽に合わせて踊ります。
これはシンデレラとしてか、わたしとしてか――正直わからなくなってしまうくらい、幸せな時間が流れていましたが、やがてそれは突然に終わりを告げます。
夢の終わりを告げる午前0時のチャイム。
急いでこの場を去らないと。このままでは魔法が解けて、みすぼらしい少女の姿に戻ってしまいます。
王子様の制止を振り切って、逃げるシンデレラ。
舞台袖に隠れたわたしは、舞台に残したガラスの靴 (といいましても、そんなふうに見せかけた上履きですが)を見て、ひと安心します。
心配だった舞踏会のシーンも上手く乗り越えられました。
(あとは特に心配するところもありませんし……。よかった、演劇は無事ミスなく終われそうです)
ひと足早く、ホッと胸を撫で下ろすわたし。
ガラスの靴の持ち主を巡って、継母たちのひと悶着を経てから、ようやくシンデレラが登場し、ピタリと靴を履いてみせます。
それを見た王子様は、シンデレラを見て息を飲みました。
「……王子様」
シンデレラと王子様は、互いにゆっくりと距離を詰めていきます。
「僕の姫、ここにいたんだね」
王子様は堪らずこちらへ駆けて、シンデレラの両手を取り、見つめ合います。
「もう一度君に会えてよかった」
「はい、わたしもです」
王子様は膝まづいて、「君に会ったら、これを伝えようとずっと思っていたんだ」と、こう続けます。
「――僕と結婚してください」
「……はい」
舞台の風景はお城へと変わり、二人の祝福の花束に囲まれていきます。
難なく演劇を終えられたことに安堵しつつ、わたしは御大地くんに微笑みかけました。
「こうして二人は結ばれ、末永く暮らしました。めでたしめでたし」
最後の締めのナレーションとともに、近づくわたしたちの顔。だけどあくまでこれはフリ。完全にする前に、小道具係がカーテンを締めて物語の幕を閉じる――そういう段取りを組んでいます。
やり切った気持ちで、わたしはゆっくり目を閉じました。
「……っ」
――刹那、唇が重なる感触。
わたしは、これで何事もなくすべてが終わったと安心しきっていました。
しかし、最後の最後で、まさかの事態は起きるもので。
観客席も、舞台袖からも小さな歓声が湧き上がりました。
だって、わたしは今、絶対に……!
薄目を開けると、睫毛が触れそうな至近距離に、御大地くんの顔。
塞がれているのは明らかに――。
カーテンが締め切られる直前、わたしは視線だけ動かし円樹先輩を見ると、円樹先輩は呆然と目を見開いていました。
一度カーテンが閉じられると、御大地くんは顔を離してくれました。
「……み、御大地く――」
「最後、まだ挨拶」
そう言われ、慌てて前を向くわたし。
クラスメイト全員で前に出て並び、学級委員長が代表で、「い、一年A組、『シンデレラ』でした! 本日はご観覧いただきありがとうございましたー!」と挨拶をし、次いでクラスメイト全員で改めて「ありがとうございました!」と頭を下げ、舞台は幕を閉じました。
頭を下げている間、状況を飲み込むのに必死でした。
(どう振り返ったって……わたし、御大地くんにキス、されましたよね……)
再び顔を上げ、御大地くんを見るわたし。
御大地くんは無表情で、何を考えているかまったくわかりません。
でも、これだけはハッキリしています。
御大地くんは――やっぱり最後は、円樹先輩を見つめていました。




