学園一の美少女は恋を知らない(2)
「円! 早く行こうよ、カラオケ!」
「はいはい〜」
優子に腕を引っ張られながら廊下を歩いていると、ちょうど職員室の前へ通りがかったときに、ひとりの男子が出てきた。
(見かけたことのない子だな……もしかして、例の転校生?)
彼はパーマのかかった黒髪を目元まで伸ばしていて、モッサリとした暗い印象の子だった。まさに根暗って感じ……だけれど、姿勢だけはやけによくって、不思議な感じ。
不意に、彼は顔を上げた。
アタシがずっと彼を観察していたせいで、不覚にも目が合ってしまう。
「……!」
前髪の隙間から覗かせた彼の瞳は、透き通っていてとてもきれいだった。
アタシは思わずその場で立ち止まってしまう。
「……っわと。なに? どうしたのまど……」
優子が隣で話しかけていたけど、それよりもアタシは、とりあえずこの転校生くんにも挨拶をしておこうと思い、足を進めていた。
学園一人気の美少女として、アタシは自然と振舞っていたのだ。
「……えっと、じっと見ていてごめんなさい。見かけたことない顔だなーと思って」
アタシは差し障りないよう心掛け、そう切り出した。
彼の瞳が、一瞬見開いた。
……ああ、やっぱり彼もアタシを見て、その美しさに目を奪われてしまったのね。
――何か一瞬特別なものを感じ気がしたんだけど、どうせ彼も同じか。
アタシは作り笑いを浮かべ、優しい声音で話す。
「アタシ、円樹円。三年生。もしかして君、噂の転校生くんかな? もし何かあれば、この学校のことなんでも聞いてね」
彼が唾を飲み込んだのがわかった。
さあ、あなたはどう反応するかしら?
緊張して顔を真っ赤にさせるのかしら? 意外にも肉食系で、連絡先を聞いてくるのかしら?
「……えと」
――さあ、どうかしら?
「……ありがとうございます。だけれど、何かあったら先生に尋ねるので大丈夫です」
彼はそう言って、その場を去っていってしまった。
――会釈すらしなかった。
その上、去り際にアタシに見向きもしなかったし。
いつもだったら、絶対に一度は振り返るはずなのに。
「あら、珍しい。円の前であんなドライな反応なんて。もしかして超シャイな子?」
――そっか。そうよね、シャイって線もあるわね。
「まーまー、円。そんな日もあるわよ。ほら、早くカラオケ行きましょ」
「え……ええ、そうね……」
転校生……まだ名前もわからないけれど、もう一度彼を見かけたら、話しかけてみようかしら。今回はたまたまアタシに緊張しすぎて、あんな素っ気ない態度取っただけかもしれないし。
……そうよ。次、もう一度彼に話しかけて、確かめればいいのよ。
◇
――そう思っていたけれど。
そのあと、彼がアタシに対して興味を持つような素振りを見せることは、一度としてなかった。