まずは挨拶から
都立巡逢高等学園。
ここには、全学年の注目を集める美少女がいた。
(ふふ、今日もみんなアタシに夢中ね!)
――そう、その美少女とはこのアタシ! 三年A組、円樹円のことよ!
みんなの視線はアタシがすべて奪っちゃうし、内面まで美しいアタシはみんなから尊敬されちゃうし。それだけに留まらず、成績優秀でみんなから崇められちゃうし。
とにかくモテまくりで勝ちつづけてきたこの人生! 絶対無敵な円樹円! ……って、脳内で元気なフレーズを言ってみるけれど。
唯一、わたしが振り向かせられない人であり、且つ、初めて好きになった人がいる。
恋した人がいる。
それが――
「守くん、おはよう」
――それが、御大地守くん。
ちょうど上靴に履き替えていた守くんは、気だるそうにこちらを見た。
その瞬間、アタシは守くんと目が合う。
(ああ、やっぱりアタシはこの瞳が好きだ)
守くんを見ていると、何か特別なものを感じずにはいられない。
(アタシ、やっぱり守くんに恋してるんだわ)
そんな自分の気持ちを確認していたら――守くんは挨拶を返さずに、さっさとこの場を離れようとしていた。
「あっ! ちょっと待ってよ!」
アタシは慌てて守くんの手を取って、引き止めた。
守くんは恐る恐るといった様子で振り向く。
どうしてだかわからないけれど、守くんったら本当にアタシのこと避けるのよね……でも、そう簡単には逃がしてあげないんだから。
――だってアタシ、守くんを振り向かせてみせるって決めたんだもの!
「もう、先輩が挨拶しているのに、無視っていうのはちょっと酷いんじゃない?」
アタシは首を傾げながら、上目遣いを意識してそう伝えた。
(この仕草でほぼすべての男は落ちてきたわ……! さあ、守くんはどうかしら!?)
そんな内心の目論見をひた隠しに、守くんの反応を待つ。
(……あ)
――嘘。
守くん、少しだけ耳、赤くなってる……?
「……すみません」
アタシがそんな守くんの横顔に見蕩れていると、そんな守くんの絞り出すような声が耳に届いた。
同時に、守くんは掴まれている手を動かし、なんとかアタシから脱しようとしているようだった。
――このチャンス、逃しちゃダメ!
アタシはそう直感し、より手を握る力を強くしてやって、守くんを真っ直ぐと見つめる。
まだ行かせるわけにはいかない……行かせてはいけない。守くんから見えた少しの変化を、そう易々と逃してなるものですか。
だってアタシ、まだ守くんからのお返事、聞けてないもの。
「――あのさ、『すみません』じゃなくって」
「……じゃなくって?」
守くんは戸惑っていた。アタシはひと言返事がほしくて、さらに守くんに詰め寄ってこう言う。
「お・は・よ・う!」
守くんにやっとアタシの想いが伝わったのか、守くんは髪の毛を弄りつつも、
「……おはよう……ございます」
と、挨拶を返してくれた。
アタシは満足して、守くんの手を離す。
……本当は、もう少し握っていたい気持ちもあったけれど。
「そ。ちゃんと挨拶されたら、返さなきゃダメだよー」
アタシはそう言って、守くんに手を振りながら先を歩いた。
階段を登ると、踊り場には優子の姿が。
アタシは優子に「おはよう」と挨拶をすると、優子から返ってきたのは深いため息。
「……わたし今、円と転校生のやり取り見てたんだけど」
「うん、どうかな? ちょっとは距離、縮まったかな?」
ウキウキで聞いたアタシだったが、優子の表情は晴れないままだった。
「……ありゃあダメでしょ。お節介焼きのお姉ちゃんみたい。そんなんじゃウザがられて、恋愛対象として見られないわよ」
「……え」
朝から食らった優子の言葉に、アタシの心はズンと重く沈むのだった。




