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電脳の生死  作者: 有為
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六話

「ねえ、綾女、どう思う」

「うーん、大丈夫じゃなぁい?香苗ちゃんはどう思う?」

「この非常時にマスターが朝からいないのはちょっと不安ね……。多分気が付いていないだけだけど」

「でも部屋にもいなかったんでしょ……、噂によるとこの船の一階にダンジョンがあるらしいし、もしかしてそこでフラグを立てた可能性もあるんじゃないかな。そもそもマスターには速いとこ今後の方針を決めて貰わないといけないのに、もしもこのフラグを立てたのがマスターだったら、私は本気で切れるよ……」

 言いながら、瑛理から殺気が立ち上る。

「ま、まあ、そんなことないんじゃないかな、うちらのマスターは結構しっかりしているんだし」

「どうだか……」

 香苗が必死に宥めるも、瑛理の殺気は膨れ上がり続ける。

 しかしイライラしているのは彼女だけではなかった。別に裕に対してと言うよりは、先の見えない恐怖、予想外の事態に誰もが混乱しているのだ。


 話は朝、柳達がコウモリの群れと戦っていたころに遡る。

「大変だっ」

「どうしたっ」

「とにかく大変だっ」

「何が大変なんだ」

「マジでやばいって」

「やばいのは分かったって」

「どうしようどうしよう」

「だー、もう、だからどうしたんだよっ」

 盛大に慌てながら、大変だと連呼する青年に、さっさと内容を言えと怒鳴る中年の男、どうしたどうしたと、周りの者たちが集まりだす。

「とりあえず落ち着け。何があった」

「そ、それが、まず大陸と連絡が取れない」

「連絡不可地域だってことか」

 そう言いながら、周りの人々は手早く確認する。すると確かに、フレンド登録している相手に、メールを送ることができない。

「なんか厄介なとこに向かってそうだな……。けどまだ到着までけっこうあるだろ。一体どんだけ広い範囲で連絡が封じられているんだ?」

「エリアで連絡できなく設定されてるんじゃなくて、この船自体がそういう設定なのかもよ」

 この妙な設定に、集まった人々は表情を曇らせる。大抵、連絡が封じられるというのは、それ相応の厄介なイベントに繋がっている可能性が高い。特に、ここは船の上、連絡ができないということは、何が起こっても自分達でどうにかしないといけなくなる。

「それだけじゃねぇんだ。俺が言いたいのは」

 この情報をもたらした青年が、未だ青ざめた表情で話す。

「俺が何気なくNPCと会話してたらよぉ、あいつら、この船が行く先は潮の流れが速くて大変だとか何とか言ってるんだよ」

「それの何が大変なんだ」

「だってよぉ、通信不可な状態でだぞ、そんなところに行くってことはだ、絶対厄介なイベントが発生するのを示唆してるだろ。普通に大陸に戻れるとは思わねえほうがいいんじゃねぇか?」

「そうかぁ、考えすぎじゃねえか?まあ、NPCがどうでもいいことを話してるとも思えないから、ちょっとしたイベントは起こるかもしれないが……、そんなに大騒ぎするほどのもんでもないだろう」

「だって、五人くらいのNPCと話して、そいつらが全員行き先の島の周りで起こった難破のこととか、潮の流れの激しさとか、あの辺の海は魔獣が棲んでるとか言ってるんだぜ、絶対危ねぇって」

「それはけっこうおっきなイベントが発生しそうだなぁ。確かに一度マスターに言っといた方がいいかもしれない」

「だけどよぉ、その肝心のマスターがどこにもいないんだよぉ」

「そいつは困ったなぁ……」


 この話は噂に乗って、瞬く間に船中へと広がった。しかも尾ひれがあちこちで付くものだから、船中のメンバーに不安が広がったのである。肝心のマスター達一行だけは、ダンジョンにいたため気がつかなかったのだが。


 光に包まれて、最初に船に乗った時に現れた、この船の出入り口とも呼べる場所(ワープポイントだが)に現れた、柳達一行。

「ふう、今日は疲れたね。後で余裕があったらもう一度行って、行かなかった道のマッピングも済ませたいところだけれど、流石にそれはめんどいね。後はメンバーにやらせちゃおうか」

「おいしいところ取りじゃありませんか、マスター。メンバーが怒りますよ」

「何を言うか、姙君。僕たちはギルメンに危険が及ばないように、先にボスを攻略して、さらには出現するモンスターの情報まで集めてきたのではないか。感謝されるならともかく、怒られる覚えはないよ」

「詭弁ですね……」

 そんな会話をしながら、騒ぎにも気がつかずにのんびりと歩く柳達一行。モンスターとの連戦で、誰もが部屋へと戻ろうとしていた。

 部屋に戻る途中、誰にも会わなかった柳達は、「妙に人がいないな……」などと呑気に話しながら、疲れていたために売店で簡単な食事を買って腹に詰め込み、後は真っ直ぐ自分の部屋に戻った。


 そのころ他の人々は、三階にある大きなホールに集まっていた。

「…………というわけで、皆さんの意見を聞きたい」

 普段議長を務める裕がいないので、代わりに入田(いりだ)と言う四十歳くらいの男が議長を務め、今回の騒ぎについて話し合っていた。

「入田さん、とりあえずこの船のダンジョンに捜索隊を出した方がいいんじゃないでしょうか……、マスターならあそこにいる可能性もあるような気がしますが……」

「しかしマスターだってそこそこ強いんだし、仮に捜索隊を出したところで、マスターより早く進まないと追いつけないじゃないか」

「ム……、確かに」

「何か起こる前になるべく情報を集めといた方がいいんじゃないでしょうか」

「既に船に乗っているNPCの会話パターンはある程度解析されているから、もう情報は十分では?」

「しかし全部の会話パターンを試すことはできないじゃないですか。それなら可能な限り沢山の情報を引き出した方がいいのでは?」

「それにまだ隠れているNPCがいるかもしれないしな……」

「情報収集もいいけど、ダンジョンの攻略も始めた方がいいと思います」

「イベントが発生したら船のダンジョンが関わってくるかも知れませんねぇ、何の理由もなしにあんなところにダンジョンがあったりしないでしょう」

「吾輩の独自の調査では、あのダンジョンはかなりの難敵が出るぞ」

「おっさん、難敵ってどんな奴」

「大量のコウモリによる継続ダメージが厄介だ。一匹一匹は倒しても経験値も入らないような雑魚だがな」

「うわっ……、大量のコウモリとか、精神衛生上近寄らない方が賢明だな」

「他にも蛇や蜘蛛がおったぞ」

「私は絶対行かないからね……」

「でもあんまりいろんなことやらかすと危ないフラグが立つんじゃないか……」

「それを恐れていたら何もできないだろう」

「でもせめてマスターを見つけるまではおとなしくしていた方が……」

「そもそもあのマスター、ほんとに戻ってくるんだろうな。ダンジョンに行って、そのまま戻ってこなかったらどうするよ」

「その時は、新たなマスターを決めるしかないんじゃ……」

「しかし新たなギルドマスターを決定するのには、ギルドのメンバーの三分の二以上が出席する総会で決定しなければならぬのではなかったか?大陸に残っているメンバーもいるから、決定のしようが無い」

「そこは仮のリーダーと言うことでいいんじゃない」

 ガヤガヤと、集まった三百人近くのメンバーと、雇われた傭兵がそれぞれの意見を出す。大体の意見が出揃ったところで、入田がまとめに入る。

「では、現状で我々ができることは、二つ、ダンジョンの攻略と、情報の収集ということでいいかな」

「いいっすよー」

 特に反対意見は出なかったので、入田はそのまま進める。

「では、他にやることも特にないだろうから、この二つを行うことにしましょう。それで、メンバー編成ですが……、まずはダンジョンに関する情報が必要だな。ダンジョンを見てきた人は情報を提供してください」

 かくして、ダンジョンの情報が交換され、それをもとにメンバーを決定、裕達が既にボスを倒していることも知らずに、ダンジョンの攻略組が結成され、その日のうちにダンジョンの攻略と、情報収集が始まった。


 翌日、起きて食堂にやってきた柳は、いつものように食事と生産の並行作業を始めようとして、自分を呼ぶ声を聞いた。

「あっ、柳」

 こんな呼び方をするのは、香苗しかいない。柳は混雑している人混みの中から、声の主を探して視線を彷徨わせる。

「おはよう、柳」

 いつの間にか食事の乗ったトレーを持って、柳のすぐ近くまで来ていた香苗は、そのまま柳が一人で独占していた三人がけのテーブルの空いた席に座った。

「おはよう」

 柳は短く返して、手元の鉱石を引っ込めた。以前から食事中くらい生産なんて忘れろと香苗に言われていたのだ。それを無視すると、香苗はすこぶる不機嫌になる。

 何気なく柳が鉱石を仕舞ったのを確認して、香苗は何もなかったかのように話し始める。

「そういえば柳も昨日いなかったでしょ。さてはマスターと一緒にダンジョンに潜り込んでいたな?」

「まあ、そうだね」

「ということはもうマスターも戻ってきているよね」

「ああ」

「そっかぁ、だったら速く皆に知らせた方がいいと思うんだけどなぁ。昨日大変だったんだよー。マスターがいないっていうんで、みんなで会議開いたりして」

「マスターはまだ寝てるけど」

「まあ、いいや、食事が終わったらどうにかしよう。うん」

「いいのか……」

「それはそうと、柳達の方は、ダンジョンの攻略、どのくらいまで進んだの?」

「ボスを一体倒した」

「えっ、じゃあ、もう攻略し終わったっていうこと?」

「途中に別の道があったから……、多分レベルの低い奴がもう一体いると思う」

「でもメインは倒したんだ……、流石にマスターに柳に、主力メンバーは違うわね。私達はコウモリに対処できなくて全然進まなかったのに。でもいつごろ倒したの?」

「……三時を過ぎたあたり」

「そっか、私達が丁度会議していた頃か、それで誰もマスターの帰りに気がつかなかったのね……」

 その後も昨日のことを香苗が話すのを、柳は食事の手を止めることなく聞いていた。


 柳が先に食事を終えて、「マスターを起こしてくる」と言って立ち上がった。ダンジョンの攻略に言っているのなら、早めにコウモリ対策の方法を知らせねば、万一無理をして被害が出たりしたら大変だ。

 そうならないためにも、まずは裕を起こして皆にこのことを伝えて貰わねば。メールが一切使えないことは気が付いていたので、速足で廊下を歩き、裕の部屋の前に来ると、部屋に付いているインターホンを押した。

「誰かな」

「柳です」

「そうか」

 短い会話の後、部屋の扉が開いた。今起きたばっかりですと言った感じの、いつものは気が感じられない裕の様子を木にすることもなく、柳は要件を伝える。

「なんかマスターがいなかったせいで色々大変みたいですよ」

 詳しい説明はする気にならない柳が、必要最低限のことを伝える。

「そうか」

 寝起きなせいか、柳よりも口数の少ない裕は、それでもすぐに状況を予想して、動き出す。

「報告ご苦労。後は僕がどうにかするよ」

 そう言って戸を閉めた。流石に寝間着姿で行くわけにもいかない。

 素早く顔を洗い、目を覚ます。

「僕がいない間になんかあったみたいだな」

 そう当たりをつけ、部屋から出て適当に人を捕まえる。

「あれ、あんた青空のリーダーじゃなかったか」

 どうやら傭兵の一人らしい。

「ええ、そうですよ。ところで少し聞きたいのですが、僕達がいない間に何かありましたか」

「ああ、お前さんがいないってんで、みんな探しておったってぇのが一つ。あとは、なんでも船に乗っているNPCが不穏な発言をしているってえことが色々と騒ぎになってな。俺も確かめたが、ありゃどう見ても何か厄介なイベントを暗示しているだろうな」

「そうだったんですか……、では一度全員集めた方がよさそうですね。少し手伝ってくれませんか」

 そう言って、裕は船に乗る人を集め、ダンジョンの攻略を一時中断させ、情報を集めた。

 リーダーも戻っていよいよ本格的にイベントに対する対策が練られ出したのは、船が島まで航路の半分以上を進んだ時のことであった。



 果てしなく広がる仮想の海に、ぽつりと浮かぶ一隻の船。抗えない潮にのり、目的の島まで着実に近づいていく……。

 ちょっと忙しいので、次の更新は少し開きます。

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