五話
今回はいつもより長くなっちゃいました。
今までスキルについての記述がなかったんですね……
初めて気がついて焦りました……
扉を潜ってからは、分かれ道が多く見られるようになった。だんだんとダンジョンらしくなってきた『船底のダンジョン』では、分かれ道に差し掛かる度に、裕が素晴らしい速さで決断し、たまに行き止まりに差し掛かるも、ほとんど一本道の如きペースで進んでいた。まあこれが正しい道だという保証はないが。
「ギャアァァ」
現れる敵も、扉を潜る前と後では、強さが全然違う。四人とも、体力が七割を切ることこそないものの、絶対に「死亡」するわけにはいかないので、表情には余裕がない。気がする。なんといっても、この四人、全くと言っていいほど、感情が表情に反映されていない。柳は常時しかめっ面、和はフードに隠れて表情は見えづらいし、姙は常ににこにこしている。この中で一番表情に変化がある裕も、何か奥がありそうな表情である。邪推かもしれないが。
戦闘が終わるごとに、裕が全員の魔力の残量や、残り体力を確認し、さらに進んでも大丈夫かと常に気を配っている。
一度死んだらそのままこの電脳空間から追放される。そのプレッシャーがある限り、プレイヤーは安易に戦闘を行うわけにはいかない。
常に安全策を取って、それでも「死亡」するプレイヤーがいる。そのスリルを求めた者達だからこそ、この世界から離れたくない。絶対に死にたくないものだ。
「柳君、アイテムのストックは大丈夫かい」
「このダンジョン内では問題ないですが、島に着いたら無くなってますよ」
「それは弱ったな、その『ファイアーボム』が島で売っている保証はないし、生産でそれは作れないだろうしね。こんなとこで消耗している場合では無いのだが」
それは無論柳も分かっている。それでも、まだ広がる未知の世界を前にして、引き下がることはできないものだ。
「その辺は、何とかしますよ」
柳は裕の迷いを振り払うべく、そう言ったのであった。
柳達がその大きな扉を見つけたのは、前の扉を潜ってから二時間が経過した頃だった。
ゴシック体の文字で安っぽく、「推奨レベル〇〇以上」などと書かれている扉とはわけが違う、荘厳な作りの、美しい線が深く、力強く彫られているその扉は、縦・横共に二メートルはあろうかという、巨大な門だった。
「おそらくこの先にはボスがいるんだろうね」
裕がゆっくりと言った。
「推奨レベル三十五以上のダンジョンのボスと言えば、イフリート辺りですか」
「そうだね、あれが出たのはサラナ火山だったね。和、あそこの推奨レベルっていくつだったっけ」
「三十五」
「ということは、イフリートクラスのボスがこの先にいるということだろうか」
そう言いながら、裕は対イフリート戦、ギルド『青空』が発見した、サラナ火山での戦いを思い出す。
「あのときはうちから一人死者を出してしまったからな」
腕に自信のある者たちが集まり、計四十人もの実力者が集まって挑んだイフリート戦、青空が発見したダンジョンということもあって、青空からは積極的にメンバーがボス戦に参加した。参加したメンバーは全員三十レベルを超え、実力十分だった。しかしイフリートの攻撃力が予想以上だった。ボス戦は始まれば脱出不能になるのがこの世界での通例なので、敵の情報が無い状態で戦闘が始まったのだが、イフリートの攻撃力は異常だった。三十レベルを少し超えただけの者や、体力の少ない後衛系の職業の者は、イフリートの攻撃一撃一撃が致命的、一発で体力の三割近くをもっていかれるという、恐ろしい戦いだった。
その分、イフリートの体力は少なく、討伐自体にはさしたる時間は掛からなかったものの、暑すぎるダンジョンでの継続ダメージに加えた強力な攻撃は、プレイヤーに少しの油断も許さなかった。
結果、ポーションでの体力回復が間に合わなかったレベル三十の、実力十分な青年が儚くも散った。
「もっと戦力を整えてから来るべきかな」
裕の呟きに、柳が答えた。
「多分、イフリートほどは強くないですよ」
「ここのボスがかい?」
「まあ、あれだけ細い道が続いたんですから」
「まあ、確かにあの道の細さは、明らかに大勢で来ることを想定していない、多くて六人パーティ用のダンジョンだろうね。コウモリだってちゃんと対処法はあった訳だし。となればボスもその程度の実力である可能性が高い。が……、このゲームの特性を考えると、何とも言えないな……」
裕が危ぶんでいるのは、この世界に時々見られる、理不尽な難しさである。一度も死ぬわけにはいかないのに、理不尽なまでに危険な罠が、時々あるのだ。それこそ運を天に任せるような危険が、時々見られる。これはスリルを味わいたいという指向に基づいてなされた仕組みなのだが、ちょっと行きすぎな仕組みであると言われている。まあ、ここを作った人工知能に文句をつけても詮なきことではあるが。
「でも、これ以上のメンバーと言うのもそうそういないかも知れませんね」
姙がぼそっと言った。
「確かに……」
ここにいるのは、現在この船に乗っているメンバーの中では最強のメンバーと言って差し支えないだろう。姙はともかく、柳と和は、このギルドでは抜きん出て強いのだ。それに裕の刀捌きは、かなりのものである。
「しかし皆、というか、姙君はいいのか、この中では明らかに君が一番危険な目に合うことになるぞ」
「まあ、いいでしょう。これほどのメンバーと組める機会もそうあることではありませんし、私は回復訳ですから、戦闘中は常に安全圏でみなさんを応援させていただきます」
「よし、まあ、後の二人は意見を聞くまでもないな。よし、行こう」
柳と和はどうせ聞いても「行く」としか言わないだろうと踏んで、裕は大きな鉄の扉に手をかけた。
「ギイィィィィィぃ」
明らかに油が足りてない、嫌な音を発し、柳達を、ボスの間へと招き入れた。
やはりそこも木で造られた部屋は、一辺がおよそ四十メートル、やはりあまり大人数で押し掛けるような部屋ではなさそうだ。障害物の類はほとんどなく、ただし今までの部屋より天井が明らかに高い。あの船にこんな空間があったとは到底思えないのだが、そこは仮想世界、あまり細かいことを気にしているとやっていけない。
柳達がざっと見たところ、部屋には全く何もなかった。警戒しながら柳達が部屋の中央に向かうと、「ギギギギギ」という嫌な音を立てて、扉が勢いよく閉まった。
「来るよ」
裕がそう呟いたのとほぼ同時に、部屋の奥、柳達からおよそ十メートル前方に、半月刀をもった巨体が現れた。
ボスモンスターには珍しく、何のエフェクトもなくひっそりと現れたそいつは、身長がおよそ二メートル五十センチ、アンデッド系モンスター特有の、何所か不自然な動きで、ゆっくりと、視線を柳達に合わせた。
爛れた肉、失われた眼球、ところどころ突き出たいかにも脆そうな骨を申し訳程度に覆っているボロボロの海賊服、動作を見なくても、アンデッド系だと確信させるに十分な格好だった。
「どうせこれを倒したらワープで戻れるだろう。出し惜しみはいらないね」
裕がそう言って、現れた敵、『パイレートゴースト』へと走り出す。裕の持つ刀は柄に納められたままである。
対するに、パイレートゴーストは、その余りにも大きな半月刀を、斜め上に構え、力任せに振り下ろした。大ぶりな分、軌道は見え見えだったので、初撃を難なくかわした裕は、刀を柄に収めたまま射程に敵を捉え、一瞬の溜めの後、刀を凄まじい勢いで抜き放った。
スキルの使用をを示す紫のエフェクトが刀を包み、自動で加速された刀が、目にも留らぬ速さで切りつけた。そこでスキルは終わらず、振りぬいた状態から返す刀で切りつける。
通常よりも遥かに強い初撃と、間髪いれずに二撃目を放つ、刀専用スキル、『居合い』。出し惜しみしないという宣言通り、裕は初撃で敵の体力の五パーセント近くを削った。しかしその代償に、スキルの使用は行使者に急激な体力の消耗を課す。技の勢いを生かして、肩で息をしながら、裕は敵と距離を取る。
それに続いて、柳のファイアーボムと、和の『ファイアーランス』が襲いかかる。
ちなみに、魔法はスキルには含まれない。スキルは行使者の体力と、物によっては魔力を消費して放たれるが、魔法は魔力の消費しかない。
強力な炎に包まれたパイレートゴーストは、雄たけびを上げながら、突進してきた柳に狙いをつける。柳はスキルは使わず、代わりに呪文を唱えつつ剣で切りかかる。
武器の圧倒的リーチと重さの違いから、鍔迫り合いという状況は起こり得ない。どう見ても柳の剣が弾かれる。柳は上手くよけたり、受け流したりしながら、確実に敵に攻撃を加えていく。
少し休んで息が落ち着いた裕は、柳の反対側から敵に切りかかる。二人は大ぶりな敵の攻撃をしっかりとよけながら、ダメージを与えていった。
大きなダメージのないまま、パイレートゴーストのライフが七割まで減少したところで、敵の様子に変化が見られた。「グオオオオォォォォォ」と、大きな雄たけびを上げたパイレートゴーストの体が一瞬膨らんだかと思うと、残っていた肉が、一気に弾け飛んだ。
「うわっ」
近くで直接攻撃を加えていた柳と裕は、飛来する肉塊をかわすことができずに、吹き飛ばされた。
数メートル吹き飛ばされた柳がすぐに起き上がると、目の前には、今までよりも遥かに速い速度で襲いかかってくるボス、パイレートゴーストの姿があった。
急に速くなった敵の動きに着いてゆけず、柳はかわすことができなかった。振り下ろす速度も速くなった敵の攻撃を、柳は片手用の剣を両手で握って受け止めたが、肉を落として骸骨戦士と化した敵の、しかし今までに遜色ない威力の攻撃に、受け切れなかった。
さっきよりも遥かに長い距離弾き飛ばされた柳は、紡いでいた呪文が中断され、壁に衝突してやっと止まった。見ると柳のライフは、受け止めたにも関わらず、今の一撃だけで一割近くがなくなっていた。
「柳君!!」
裕は柳に追撃をかけようとする敵に、後ろから切りかかった。防御の方は前と変わりないようだが、肉がなくなった分、攻撃が当たりずらい。しかもさっきまでより素早くなったパイレートゴーストは厄介だった。
連続攻撃を食らったら致命傷になりかねない。そういった考えが、柳達前衛を追い詰め、焦らせた。
それでも彼らは相手の速度に目を慣らして、すぐに対応し始める。そこは流石というか、伊達にレベルを上げている訳じゃない。
敵の攻撃力が大きいため、体力が七割を切るとすぐに回復するようにしながら、柳達は攻撃を重ねていった。敵の体力が三割を切ったあたりで、三人はラッシュに入った。柳は、普段普通の敵相手にはまず使わない、片手剣用スキル、『バウンドインパクト』を放った。紫のエフェクトに包まれて、柳の細長い剣が左から右、右から左と凄まじい速さの返しで往復、息が上がるのにも構わずそのまま連続で攻撃を叩き込み、それが特大の半月刀に阻まれたと見るや、左手からファイアーバリットを放つ。
魔法使用後のわずかな硬直の間に、柳に代わって裕が切りかかる。鋭い斬撃はしっかりと敵の注意をひきつけ、柳に攻撃が行かないようにする。裕が何発か打ちこむ間に体制を立て直した柳は、パイレートゴーストから離れる方向に飛ぶ。それに合わせて裕もパイレートゴーストにタックルをしてのけ反らせ、そのすきに自分も距離をとる。直後、呪文の詠唱を終えて右手に青い光を灯していた和が、手をパイレートゴーストに向かって軽く振る。
空中を凄まじい速さで飛んだ青い光の弾は、狙い違わずパイレートゴーストの体の真ん中を捉え、着弾した瞬間に広がった光はパイレートゴーストを覆う氷となる。一秒近い行動不能を課せられた敵は、その隙に猛攻を振るう柳達の攻撃を防ぐことすらできない。
「ばしぃ」
爽快な音を立てて砕け散った氷は、瞬く間に霧散し、その後ろから反撃をしようととてつもない力で武器を振るう骸骨。いつの間にか更にすかすかになってしまった体からは想像もつかないほどの重い一撃が繰り出される。それは二人とも何とかかわすも、続いて横に払われた半月刀を避けきれない。柳が受け流そうとしたが、うまく軌道を逸らしきれずに弾き飛ばされる。
七割を切った柳のライフを見て、姙がすかさず回復魔法を唱える。しかし姙のレベルはそこまで高くないため、魔力がこれで底をついた。
「もう回復できませんよっ!」
「大丈夫、このまま押し切れる」
姙の声に力強く返答を返し、裕は一気にたたみ掛ける。この段階で、敵のライフは一割を切り、その残量を示す棒が赤くなっている。すぐに柳も加勢し、裕の反対から切りかかった。
「うおおおああぁぁぁぁ」
最後に和の魔法が炸裂し、パイレートゴーストは大音響の叫びをあげて崩れ落ちた。
「…………ふう」
「終わった……」
「……」
「……ふう、終わりましたね」
復活しないことを確認して、四人はその場に腰を下ろした。パイレートゴーストのいた場所には、いつの間にかほのかに光る立方体のアイテムボックスが三つ落ちている。ほとんど体力を消耗していない姙がをれを拾い、表面に書かれた文字を確認する。
「まずこれは……、死者の肉(500グラム)ですか、いったい何に使えるんですかね、これ。えっと、こっちは……、お、転移魔法陣ですか。こいつはかなりレアですねぇ。もうひとつは……、おお!!カナガシ草(×10)じゃあないですか。ぜひとも私が欲しいですね。これの採集って大変なんですよね……」
と、一人姙がアイテムの品定めを行っている間、他の面々は部屋の奥を見つめていた。
部屋の奥に現れたのは、転移ゲート。これがきっと船の二階辺りに運んでくれるはずだ。特に前衛の二人は少しの油断も許されない戦いだったので、体力的にも、精神的にも疲労がたまっていた。
「では、とりあえずアイテムの分配だけやっちゃいましょうか」
裕が姙の方を見ながら言った。
結局、カナガシ草は姙が、転移魔法陣は裕が、途中で手に入れたものを含む残りを柳と和が分けた。ちなみに死者の肉は柳が貰い受けたそうだ。何に使うつもりなのかは不明だったが。
「よし、分配も済んだことだし、戻ろうか」
裕が言って、ゲートへと歩き出す。他のみんなも、ゲートに向かってゆっくりと歩き出した。
そのころ他の乗員の中では、二つの騒ぎが起こっていた。一つはギルドマスターの裕とサブマスターの和が行方不明ということ。そしてもう一つは……
なんかいい技の名前が思いつかない……。