三話
クリスマスもイブも暇な作者は、小説を書いてました……。
深夜零時を少し過ぎ、日付が変わった直後、ギルド『青空』の面々は、静かに隊列を組み、松明の明かりを頼りに森を歩いていた。
藪をかき分け、ところどころ地面から飛び出ている木の枝に躓かないように気をつけながら、ゆっくりと、しかし確実に歩を進めていく。
時々飛び出してくるモンスターは、きっかり五百名もの猛者たちに、一撃で沈められていく。落とされたアイテムも、誰も拾わず、真っ暗な森の中で、小さく輝いている。
長い長い人の列は、ところどころ列を乱しつつも、全体としてはひとつの川の流れのように、止まることなく、進んでゆく。
「しかしこんなところから海岸に出れたとはね……」
香苗が小さく呟く。
今歩いているのは、かなり初期のダンジョン、レベル十を超えたばかりのプレイヤーが訪れる、決して難易度の高くないダンジョン。故に、上級プレイヤーは気がつかなかったのだろう。レベルが二十を超えてしまえば、このような所に好んでやってくる人間はまずいない。
途中から道をそれ、やたらと歩きにくい道を突き進むこと、すでに二十分以上、茨が生えていたりして、油断していると思いのほかダメージを食らってしまう。
うんざりする行軍は、未開拓の地に足を踏み入れるという興奮と根性だけで続けられた。
俯きがちになったプレイヤーの耳に、微かに波の音が聞こえたのは、その後一時間近くも歩いた後だった。
「もうすぐだ。もうすぐで船が見えるぞ!」
人の話し声がさっぱり途絶えていたのが、この一言で、一気に活気づいた。
ゴールが見え始めてからは、あっという間だった。目の前にふさがる茨を叩き切って、砂浜に飛び出すプレイヤーたち。人々は歓声を上げ、砂浜に足を取られながら、桟橋目指して駆けてゆく。
そのまま桟橋を渡りきって、船に乗り込もうとするメンバーを、ギルドマスターの裕が引き止める。
「ちょっと待った。船は全員が一堂に会するほどのスペースがないから、一度ここで出発式をやろうじゃないか。というわけでまだ船に乗るな」
一番最初に船に突っ込もうとした若者を押し留めて、桟橋の近くの砂浜で待つように促し、メンバーの最後尾が砂浜まで出てくるのを待つ。
最後に殿を務めていた和が出てきたのを確認し、裕がよく通る声で呼びかける。
「皆、出発式をやるから、はやる気持ちを抑えて集まってくれ」
さすがに五百もの人間をまとめ上げるのは容易ではなかったが、それでも大体の人間が裕の方に耳を傾けたのを確認して、話し始めた。
「見ての通り、皆の目の前には、大きな船が一隻ある。ここにきて引き返そうと考えている者はいないだろうと思う」
「勿論だーー!」
今日は誰もが、いつもよりノリがいい。
「この船が向かうは、未だ未開の地。未だ開かれぬ沢山の宝と、未だ知られぬ多くの知識が眠る地に違いない」
「おおーー!!」
「この先には、未知の罠と、未知の敵がいるだろう」
「わぁーー!!」
最早意味も分からずに叫んでいる。
「覚悟はできているか?」
「ぎゃーー!!」
これはもう何を言っても無駄だと悟り、裕は締めに入る。
「では、いざ未開の地へ。沢山の宝を持って、皆で帰還しようっ!!」
「イエーーーィ!!!!」
なんかごたごたではあったが、とりあえず出発式を終え、人員確認をして、船に乗り込んだ。
五百人も乗っているにもかかわらず、十分な広さを残している船は、豪華絢爛、とても未知の島へ向かう開拓の船とは思えない、どう考えても豪華客船だった。絶対もっと乗れるだろうという感じのこの船は、定員まで乗ったことを確認すると、自動で動き出した。
「とうとう出発かぁ……」
香苗が感慨深げに呟いていた。船が出てしまえば、いつこちらの大陸に戻ってこれるかは分からない。徐々に陸から離れていく様子を、多くのメンバーが甲板から眺めていた。
そんな中、感慨も何もない人間が、早速船の中の構造を把握しようと、廊下を速足で歩いていた。勿論柳である。ふと、柳が足をとめた。
「……マスター!?」
柳の前に突如現れたのは、ギルドマスターの裕だった。
「やあ、柳君。君は外を見なくていいのかい?」
「……あんまり興味ないんで」
「そのようだね……、まあ、かくいう僕も、君同様、ああいったのにはあまり興味はないんだけどね。ところで和を見なかったかい?」
「……、呼んだ?」
「!!」
いつの間にか、柳の真後ろに、黒いローブを着た男が立っていた。和である。
「ああ、そんなとこにいたか。ところでこの船、いつ頃に着くのか知らないか?うっかり到着予定時刻を見ないで乗ってしまってね」
「明々後日の昼」
「そっか、じゃあしばらくはゆっくりできるな。よし、せっかくだから情緒を解さない三人で、ゆったりと談笑でもしようじゃないか」
裕の勝手な決定により、柳は強制的に二人と(ほとんどずっと裕がなんか喋っていただけだが)お話する羽目になった。
それぞれの部屋は、自動的に割り振られた。柳は三階、裕の向かいの部屋だった。
「おはよう。柳君」
「……おはようございます」
結局、柳たちは昨日は裕の話に付き合わされたあと、三人で船のあちこちを見て回った。そして今日、朝起きて、軽く洗面などを済ませて部屋から出た柳の目の前に、裕が立っていた。
勿論、目の前の部屋にいるのだから、裕がそこにいること自体は何ら不思議でない。しかし、どう見ても柳を待ち伏せしていたというか、廊下の壁にもたれ掛かって、絶対に結構前からそこにいた感じである。
「……何の用ですか」
「柳君、武器を用意して。朝食を済ませたら下に降りるよ」
「あそこに行くんですか?」
「勿論。ほら、早く用意して。食堂からそのまま行くよ」
裕が言っているのは、三人が昨日見つけた、船の中のダンジョン。乗員の部屋が二・三階にあり、その他の施設が二階から四階にあるのだが、一階には、なんとダンジョンがあることが解ったのだ。
「他のメンバーは連れて行かないのですか?」
「和は来るよ。あとはまあ、これは僕の独断だし。ギルドとして行くのではなく、僕たちが個人的に攻略に行くだけだしね」
「新たなダンジョンの発見はギルドへの報告が義務付けられてませんでした?」
「そんな堅いこと言わないの」
「マスター自らギルドの掟を破ってどうするんですか……」
「早くしないと、到着までにクリアできないよ?」
柳の追及を誤魔化して、裕は柳を連れて食堂に向かった。
昨日一日話していて分かったことだが、この小笠原裕という男は、細長い見た目とは裏腹に、かなり豪快というか、上手いこと周りを丸めこむ性質の持ち主というか、厄介な性質を備えていた。それでいて憎めないのだから性質が悪い。
まだ朝が早いせいか、食堂には人が少なく、柳たちは広々とした空間で、せっせと朝食を掻き込んだ。
……豪華な朝食が勿体無い。
朝食を終えると、いつの間にか和が合流していて、三人は、ひっそりと一階に向かった。
船に入ってきたときには、桟橋から魔法で船内に転送されたため、実は一階は通っていない。一階に行くには、船尾に近いところの、倉庫のような部屋から行かなくてはならない。
下に降りる階段を塞ぐ木の板には、『推奨レベル三十以上』と書かれていた。
「まあ、レベル的には多少、余裕があるかな」
そう言って、裕が後ろに続く二人に最終的な意思確認をする。……形だけ。
「では行こうか」
そう言って、裕は木の蓋をどけ、そこから下る急な階段に足をかけた。
裕もギルドマスターと言うだけあって、レベルはそこそこ高かった。彼のレベルは三十三。柳は四十、和は三十八だった。しかしこの世界は何もレベルがそのままその人の実力を表している訳ではない。キーボードを叩く普通のゲームとは違い、その人の運動のセンスが、実力に大きく影響してくる。
レベルが上がると、体の筋力や瞬発力などが上がり、あとは装備の制限が変化したり、体力がついたり、それからライフが多くなったりするのだが、流石に運動のセンスまでは上がらない。さらに和のような魔法使い系は、呪文を詠唱したり、空間にルーンを刻んだりして、魔法を放つのだが、呪文の詠唱スピードや、ルーンを刻む速度は、単純に練習することでしか上がらない。そういった意味で、各人の能力が、戦力に大きく影響してくるのだ。
どうやら前衛職らしい、刀を持った裕が先頭になり、階段をさっさと降りた。ちなみに、殿は柳がやっている。後ろからモンスターが出現する可能性もあるからだ。
薄暗い、幅二メートル程しかない廊下を進むこと、五分、最初の敵に遭遇した。
「シャァァァ……」
低い唸り声?を上げているのは、蛇の形をしたモンスター。裕の前に出現し、蛇にしては鋭くて長すぎる牙から、毒があるとしか思えない紫色の涎を垂らしている。
「けっこう強そうだねぇ」
裕は呟き、刀を正眼に構えた。いきなり、蛇が飛びかかってきた。どうやらこいつはアクティブのモンスターのようだ。このレベルなら当然か。
蛇に似合わないジャンプじみたことをして飛びかかってくる蛇に、裕は一瞬動揺するも、刀で上手く攻撃を逸らしつつ、壁によることで、蛇の攻撃を回避した。
蛇は飛びかかった勢いで、裕の横を通り過ぎ、和の方に飛んで行った。
空中で自由の利かない餌食に対して、和が何か呟く。
途端、和の手からバスケットボール大の炎が上がり、一直線に敵へと飛んでゆき、飲み込んだ。
「シャアァァァァ!」
炎に包まれた蛇が和の手前で墜落し、のた打ち回っている。そこに、絶妙なタイミングで裕が切りかかり、頭を切った。赤いエフェクトが走り、敵のライフを一気に削る。しかしなかなかしぶといその敵は、煙を上げながら、裕に噛み付こうとする。裕は開いた口に刀を突き刺し、噛まれる前に、止めを刺した。
ライフを完全に失ったその蛇型モンスターは、白い光を大量に撒き散らして、消えていった。
「なかなかしぶとい奴だったな」
裕が呟いたのとほぼ同時に、経験知獲得を示す白い文字が、パーティを組んでいた三人の視界の隅に映った。
「和さん……、呪文、記憶してるんですか?」
和は、戦闘中、手に持った魔導書を開くことなく、呪文を唱えた。しかし呪文は無数にあり、しかも意味不明な言葉の羅列な為、一つ覚えるだけでもけっこう大変なのだ。よって、大抵の魔法使いは、魔導書の検索機能を利用して、それを読み上げることによって魔法を行使する。普通、見ないで唱えるのは、よっぽど得意な呪文だけである。しかし、和は明らかに、状況に合った、獣系のモンスターの大半が苦手とする炎系の、詠唱時間の短い下級の魔法を使っていた。偶々得意な呪文だったということもあり得るが、柳はどうもそうでない気がしたのだ。
「和は大抵の呪文は暗記しているよ。なんでも魔導書に検索をかける時間が惜しいんだそうだ。まあ、それに和が本気になったら、呪文の詠唱とルーンの刻印を同時にこなすからね。どの道あれは呪文を完全に暗記していないとできないだろうからね」
「同時にって……」
とんでもない人もいるものだ。柳はそう思った。呪文の詠唱とルーンの刻印を同時にこなす人など、柳は聞いたことも見たこともなかった。というか、そんなこと考えもしなかった。それはつまり、一人で同時に二つの魔法を使えるということ。或いは魔法使いの長い詠唱によって生まれる大きな隙を埋めることのできる、画期的な方法だった。
「いったいどんな記憶力してるんですか……」
柳はぼやきつつ、歩き始めた裕たちに着いて行った。
ああ、でっかい船に乗りたいなぁ。