一話
すみません。題名がなぜかいきなり一話になっていました。
ということで直しました。
剣が舞い、魔法が輝き、化け物が光となって消えてゆく。
リアルでは有り得ない光景が、この、サーバー「セプタ」では日常的に存在する。そのことに驚く者はいない。
今、モンスターが犇く森で一心不乱に剣を振るっている少年がいる。ランダムに生成された電脳世界での肉体は、中肉中背、体は年齢に応じて変化するのはこの世界でも同じなので、年は十七歳位だと推測できる。髪は黒だが、瞳は青色。容姿はそれなりに整っているが、電脳世界の中なので、このくらいが一般的であろう。
彼のこの世界での名は、「柳」。リアルでの名字をそのまま使っている。しかし彼は時にこう呼ばれる。「沈黙の柳」と。それは彼のプレイスタイルからつけられたものである。彼、柳は戦闘中、呪文の詠唱以外でほとんど声を発することがない。
普通、力を入れる時など、人は何らかの声を発するものである。それは科学的にも有効とされている行為であり、大抵の人は、意図せずとも声を発して、体に力を入れる。しかし柳は違う。彼はとにかく無口なのだ。実のところ、彼は普段から人よりも圧倒的に口数が少ない。要は会話が苦手なのだ。普段からしゃべらないせいで、戦闘中でさえ声を出すことをためらってしまう。ただそれだけの理由である。
「ふう」
それでも敵を一掃した後に息くらいはつく。戦闘中には息が上がっている状態で呪文の詠唱を行ったりもするため、けっこう疲れるのだ。
このサーバー「セプタ」は、いわばゲームの世界、MMORPGの世界になっている。もちろんログアウトはできないので、ゲームといっていいのかどうかは微妙なところではあるが、内容はゲームそのものであり、モンスターと戦ったりダンジョンを攻略したり生産をしたりといったことをして、プレイヤーは生活している。
ただし普通のゲームとは全く違うところもある。当然、プレイヤーというのは現実世界には生きていないわけだから、有料アイテムなどというものは存在しない。さらに生活というのも全てこの世界でのこととなるので、家を持つプレイヤーも沢山いるし、宿もただのログアウト用のポイントになっているわけじゃない。
そしてここからはこのサーバー独特のシステムなのだが、復活というものがない。つまりこの世界での死亡は、そのままこの世界の追放を意味する。死亡したプレイヤーは、他のサーバーに移動させられてしまうのだ。そして二度と戻ってくることは叶わない。つまりこのサーバーは、電脳世界に身を置きながら、スリルを追い求めた人間が来るところなのだ。
それ故に、そのほかの設定もなかなか厳しいものとなっている。たとえばお金。空腹などもしっかりあるので、何も稼ぎがないと飢え死にしてしまう。また、さすがに街の中にモンスターが強襲してくることはないが、街を一歩出ればそこには多くのモンスターが生息している。街から街に移動するのに、安全な交通機関というのがなかなかないし、あってもけっこうな料金となるので、絶対安全な移動というのはなかなかない。
話を柳に戻そう。
彼は一掃したモンスターのドロップ品を回収すると、太陽の位置を確認した。
「そろそろ昼になるかな」
小さくそう呟き、剣を腰に付けた鞘に納めると、左手首に右手を添えた。すると彼の目の前の空間に、ゲームの世界では普遍的な、半透明のメニュー画面が現れた。そこでマップ情報を確認した柳は、近くの街の方向を調べると、左手を軽く振ってメニュー画面を消し、街に向かって走り出した。
時間を最大限有効活用したい彼は、疲れている体を酷使して、街まで走り続けた。
街に付くと、手近な食堂に入り、その中で美味そうなものを選ぶ。時間はケチるが、基本的にお金はそれほどケチらない。それが柳のスタイルだった。
食事中くらいはゆっくりと食べている。かと思いきや、なんとこの男、食事しながら生産を行っている。テーブルの上に、材料となる鉱物を置き、左手を添えることで生産を行いつつも、右手は箸を持ち、ゆったりと食べていた。
この世界の生産は、材料を用意し、決められた動作――この場合は左手を添える――を行うことによって行われる。さらに生産中は生産のイメージを頭の中で描くことも必要になる。
つまり柳は全く食事に集中していない。食べ物への感謝の念はどこへやら、マナー違反も甚だしい。
彼は手早く食事を済ませると、鉱物の製錬が終わったことを確認して席を立ち、レベル上げをするべく近くの森に向かった。
森についても、柳は足を止めなかった。周りにうろつく敵キャラには目もくれず、柳は森の奥、より強いモンスターのいる場所を目指す。しかも歩きながら、片手で鉱物を握り、生産を続けているのだから大したものである。
森の奥に近づくと、柳の足取りも慎重になってきた。
この辺りでは、モンスターはアクティブ(モンスターから積極的に攻撃してくる)になっているので、迂闊に動こうものなら、様々なモンスターに狙われることになる。
ボスの出現するエリアを避けて、慎重に狩り場を選んでいた柳は、何か凄まじい音がした気がして、耳を澄ませた。
「ザザザザ…………、ドゴンッ!」
この辺りの普通のモンスターとの戦闘では起こり得ないような、激しい音が聞こえてくる。柳は気になって、慎重に音のする方に歩き出した。
「あれって……」
柳が見た先にあったものは、周りの木々とは一線を画した、圧倒的な太さを誇る大木、まるで腕のように、二本の太い枝がついた、動く大木であった。
「ボスキャラじゃなかったっけ?」
その通りである。この動く大木こそ、この森のダンジョンのボスキャラ、『フォレストニンフ』である。
「なんでこんなとこにこいつがいるんだ?」
このフォレストニンフが今現在立っている場所は、柳の記憶にある限り、ボスの出現エリアではなかったはずである。この場合考えられることは、ボスの出現エリアが変わったか、プレイヤーを追って、エリアの外までやってきたかのどちらかである。
柳が観察していると、フォレストニンフに狙われている少女が目に入った。少女の服装は、レンジャーの物、このような森のダンジョンにぴったりの服装で合った。背負った矢筒から、ひっきりなしに矢を番え、大木めがけて打っているが、フォレストニンフの体力はまだまだ残っているようである。対するに、少女は明らかに疲れており、仮にライフが残っていても、体力的に限界が近いようだった。息を乱しながらも、少女は威力の高そうな、太い枝での叩きつけるような攻撃を、紙一重でかわしていく。そして放たれる幾本もの矢。しかしフォレストニンフの頭上に表示されたライフの量を示す棒は、未だ九割を超えて残っている。
「きゃっ!」
とうとう足を縺れさせた少女が、攻撃をかわしきれずに、鞭のようにしなって襲いかかった枝に弾き飛ばされた。戦闘時の痛覚はある程度軽減されるが、それでも痛いものは痛い。少女は歯を食いしばってフォレストニンフを見上げ、追撃として放たれた短めの枝の投的に気がつき、手に持った弓で弾き飛ばした。弾かれた枝は偶々安全なはずの所で観戦していた柳に向かって飛んで来た。
「おっと」
柳はとっさに体を捻ってかわした。そこで少女が柳の存在に気がついた。
「あっ、助けてっ!」
少女は柳に向かって必死で助けを求め、飛んできた枝のパンチに弾き飛ばされた。
面倒が嫌いな柳は、さらさら助けるつもりはなかったのだが、助けを求められたのに見殺しにするのはさすがに気が引けたので、渋々といった感じで、腰に挿した剣を引き抜いた。
弾き飛ばされた少女に追撃しようとしたフォレストニンフに駆け寄った柳は、投げつけようとしていた枝を剣で弾き飛ばし、そのまま連続で攻撃を加えていった。
矢よりははるかに攻撃力の高い柳の斬攻撃が、確実にフォレストニンフのライフを削ってゆく。
しかしボスモンスターというだけあって、一筋縄ではいかない。無数に付いている枝を飛ばしたり投げつけたり叩きつけたりして、柳の方も確実にダメージを受けていく。普通に攻撃し合ったら、ボスモンスター相手に柳のライフがもたない。
しかしそれはあくまで普通の攻撃でやりあった場合の話である。柳は戦い始めてからずっと紡いでいた呪文の、最後の言葉をはっきりと発音し、開いている左手から、フォレストニンフに最も有効系統、つまり炎の系統の魔法を放った。
『ファイアーバリット』と呼ばれるこの呪文は、炎の弾丸を無数に飛ばす、炎系の中位の攻撃呪文である。
さらに柳の攻撃はこれだけでない。腰のポーチに左手を伸ばした柳は、中から黒い球体を取り出して、ロック解除の言葉を小さく呟き、フォレストニンフに向かって思いっきり投げつけた。
黒い球体は、飛翔半ばで破裂し、大量の炎を巻き上げた。『ファイアーボム』と呼ばれる、戦闘用のアイテムである。爆風が収まると、柳は再びフォレストニンフに肉薄し、剣と魔法によって確実にダメージを重ねていく。さらに先程まで戦っていた少女が、時々援護射撃してくれる。アイテムと魔法の惜しみない使用によって、柳は少しずつ、フォレストニンフに対して優位に立ち始めていた。
激しい戦いは、三十分近くも続き、しかし柳はしっかりと優勢をキープし、最後に柳の魔法でフォレストニンフが光のエフェクトを撒き散らして終わった。
「ふう」
柳は短く息をつき、フォレストニンフが消えた跡を見やった。
そこには透明なボックスが、かすかに光を放って落ちていた。これは『アイテムボックス』と呼ばれるもので、中にはアイテムが入っている。この場合は、フォレストニンフのドロップアイテムが入っているはずである。
柳は疲れた体を引きずるようにして、アイテムボックスを拾い、中身を確認した。
ボックスの表面に浮かんだ文字は、『精霊のリング』。柳はこれが何か知らなかったが、とりあえず貰っておくことにした。
柳がメニューを開いてアイテムを格納していると、少女が話しかけてきた。
「あ、あの、さっきはありがとう。おかげで助かりました」
「ん、ああ」
柳井のぶっきらぼうな返事も気にすることなく、少女は尚も話しかける。
「えっと、私は今月香苗っています。あなたは……?」
「柳」
「下の名前は……?」
「つけてない」
「そ、そうですか、なんか珍しいですね」
この世界に入るときに、名前は自由に設定できるので、様々な名前を付ける人がいるが、名字しか付けない人間というのもまた珍しい。
「柳さんはどこのギルドに所属しているんですか?」
「無所属」
「えっ、あんなに強いのに、ソロですか、入ってほしいギルドはいっぱいあるでしょうに」
「別に、ほとんど勧誘とか受けたことないし」
そうなのである。柳の実力はトップクラスといっても差し支えないのだが、もとよりほとんど人との交流がないうえに、親しみずらい雰囲気を出しているせいで、ほとんど勧誘されたことがないのである。(それでも1・2回は勧誘されたことがあるが……)
「あの、もしよろしければ、私のギルドに入っていただけませんか?助けてもらっておいて、少し図々しいかもしれませんが……」
「何所のギルド?」
「あ、ギルド『青空』です。聞いたことは、ありますよね……?」
『青空』というギルドは、かなりの大規模なギルドで、ダンジョンの攻略を主にやっているギルドである。大規模なギルドの割には、レベルの抜きん出たプレイヤーは少ないのだが、新ダンジョンを度々発見し、かなりレアなアイテムを蓄えていると言われているギルドである。
柳は少し考えるそぶりを見せた。彼は今までずっとソロで活動してきたのだが、別にギルドが嫌いな訳ではなかった。しかし人付き合いの苦手な彼は、なかなかギルドに入る気になれなかっただけなのだ。しかし、独力では、新たなダンジョンを見つけることは難しい。柳がソロを続ける限り、いつまでも誰かが既に攻略したダンジョンにしか入れない可能性が高い。柳は、未知のダンジョンのより奥を目指すスリルを味わいたいと思ってはいた。その意味では、新ダンジョンの発見に力を入れている『青空』に入るのは、柳にとって悪い話ではなかった。
柳は五分近く考えた。
迷いに迷って、柳が出した結論は、
「いいよ、入れてくれ」
了承だった。
とりあえずできているのはここまでです。
どうだったでしょうか……。実は私はあまりオンラインゲームをやったことないんですよ。変な所とかあったら教えてくださるとうれしいです。