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電脳の生死  作者: 有為
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十一話

「移動、ですか」

 柳は突然裕が場所を移動すると言い出したことに驚きを隠せなかった。

「うむ。少しやんごとない事情があってね。どうしてもここを離れなければならない」

「しかしそんなことをしたら、また離反者が出るんじゃないですか?」

「それは致し方あるまい。我々全員の命に関わることだからね」

「なんでまたそんなことが?」

「ふむ。まあ、君には言っても問題ないだろう。情報伝達能力が著しく低いからね。実はだね。この近辺に、今からおよそ五時間後に、レベル七十のボスが出現して、我々を全滅させようと動き始めるという情報が入ってね」

「胡散臭い話ですね」

「確かに僕も少々疑わしいとは思っているのだが、色々と証拠めいたものを見せられてしまってね。まあ、それについてはこれ以上聞かないでくれ。僕もまだ頭の整理が就いていないからね」

「で、他のメンバーには伝えたのですか?」

「今から伝えるところだ。まあ、君たち防衛組には、広場で話しても伝わっていかないだろうと思ってね。先に伝えに来ただけさ」

「……そうですか」

 慌ただしく去ってゆく裕の背中を眺めながら、柳は今の話をじっくりと考える。

「何を間違ってレベル七十なんてことになるんだ?」

 さっぱりわけがわからなかった柳は、すぐに考えることを放棄し、野営地の防衛に意識を集中した。


 『正統派』のメンバーの移動が始まったのは、AIが予測したボスの出現時間の、わずか二時間前だった。

「ふう、思いの他、皆を説得するのに手間取ってしまった。まさか君に聞かされた話を一から離す羽目になるとは思わなかった。僕の統率力も落ちたものだな」

 裕はため息交じりに喋った。

「問題ない。ここまでは想定の範囲内の事態だ。最低でも一時間前に出発すればどうにかなるという予想だった」

 NPCの彼(裕が88《はちはち》と命名)は、相も変わらず、無機質な声で裕に話しかける。彼の存在で、今回の状況を飲み込めたプレイヤーが、存外に多かったりする。やろうと思っても、なかなかここまで機械的な話し方はできないからだ。

「しかしこんなにゆっくりな進行ペースで、追いつかれたりはしないのかな?」

「おそらくボスの出現後二時間で追いつかれるだろう。しかし問題ない。危機になれば移動のペースも自然と上がるものだ」

「そんないい加減なことでいいのか」

「問題ない。実のところ、ボスを一度間近で見ることにより、全員に危機意識を植え付けた方がよいのだ」

「なるほどね」

 そうやって88と喋りながらも、裕は集団に迫った敵モンスターを倒していく。移動に伴う危険は大きいのだ。少しでも油断すれば、低レベルプレイヤーがやられる危険がある。


 柳はもっと忙しかった。

「あっ、柳、あっち」

 視力がそこそこいい香苗が、あっちだのこっちだのと、敵モンスターの接近を柳に教えるので、柳は休む間もなく戦う羽目になっていた。


 人が急いでる時、時間は疾風のごとく過ぎてゆくものである。

 二時間は瞬く間に過ぎてゆき、AIの予想通り、巨大なボスモンスターが出現した。現れた場所は、これもやはり予測通り、裕たちがキャンプを張っていた場所。そこから歩いて二時間の場所にいるにも関わらず、裕たちはボスモンスターの出現にすぐに気がつくことができた。とにかくでかいのだ。このボスモンスターは。

 裕たちが最初にこの島に着いた時にも現れた、巨大版泥人形。口のあたりに大きく入った亀裂は、今は裕たちを飲み込まんがために開かれているように見える。

「なんか、規格外の大きさだな」

 誰かがぼそりと呟いた。確かに、これはボスの平均サイズの十倍は軽くある。とてもじゃないが、まともに太刀打ちできるようには見えない。

「ねえ、柳。あれと戦ったら、何秒間位生きていられそう?」

「…………60……いや、240秒位」

 柳をして、四分程度しか戦っていられないだろうという予想。それもさんざん逃げ回った場合の予測数値である。レベル七十のボスで、あのサイズであれば、強攻撃を一撃でももらえば御陀仏である。

 念のためということで、裕はマップを開いてボスのレベルと名前を確認した。

 ボスのレベルはきっかり七十。名前は土の精。ボスモンスターを示す紫色の文字で書かれている。

「あのリーチでは、あっという間に攻撃範囲に入りそうですね。急ぎましょうか」

 裕が全体に号令をかけ、進行速度を一段階あげた。プレイヤーたちの額には、うっすらと冷や汗が浮かんでいた。今までかつて、あそこまで圧倒的な力を持ったボスには対峙したことがなかったのだから、仕方ない。

 そのまま歩き続けること、数時間。脚の長さの割には、ボスの移動速度はさして速くなく、裕たちとの距離はむしろ開いていった。しかし、ボスの体力パラメータはほぼ無尽蔵。対して裕たちは、休息をとらなければならない。柳がそんなことを心配し始めたころ、裕が、

「ここから先は、未だ僕たちが一度も足を踏み入れていない場所だ。予想しない罠や敵キャラが出現する可能性がある。気を引き締めていってくれ」

 といった。

 延々と歩き続けてだれて来ていたメンバーの顔に、緊張が戻ってくる。

 そこから先は、それまでほど順調に進むことはできなくなった。

 途中で、開かれていないトレジャーボックスがあり、それを開けるか否かで、ひと悶着あったのだ。

「今は予想外の罠にはまるリスクを負うほどの余裕がない。開けるべきではないだろう」

 一人のメンバーが主張すると、別のメンバーが、

「しかし我々のアイテムは底をつきかけている。食料だって全然足りていない。ここは多少リスクを冒してでも、アイテムを手に入れるべきだ」

 結局、全員が巻き込まれないくらい距離を置いてから、高レベルプレイヤーだけで宝箱を開くことになった。

 結局、その宝箱からは、装備アイテムがいくつか出てきただけで、特に罠などはなかったのだが、宝箱からアイテムをとってくる人々を待つ間、無駄に時間を浪費してしまった。ボスとの距離は、マップで確認する限り、二十キロメートルほど。ボスはだいたい、一時間に五キロ近く進んでいる。裕たちが止まってしまっていれば、四時間で追い着かれる距離だ。夜のことを考えると、この倍の距離は稼いでおきたい。

「睡眠は二時間から三時間といったところでしょうか?」

「わっ、姙さん。いきなり背後から話しかけないでくださいよ」

 香苗の背後から突如現れた姙。柳はいい加減慣れてきたが、香苗は素っ頓狂な声をあげて驚いた。

「あまりゆっくり眠れそうにないですね」

 姙はまるで人ごとのように、ゆったりと話しているが、睡眠時間を確保できないのは、非常に危険である。そもそも、夜の移動は、暗闇の中で不意打ちを受ける可能性が高く、非常に危険なのだ。特に、一撃でも致命傷になりかねない低レベルプレイヤーがいる中では、モンスターによる不意打ちは、何としても阻止せねばならない。高レベルプレイヤーが休む時間は、実質ゼロに近いだろう。

「頑張ってね。柳」

 香苗は自分は高レベルプレイヤー出ないと言い張り、柳に面倒を押しつける気満々である。しかし、中程度のレベルの香苗でも、ゆっくり休むことはほとんどできないだろう。

「早く標的のNPCが見つかるといいね」

 三つあるという候補地の中で、一番最初に行く候補地にその問題のAIがいることを願って、メンバーたちは重い足を引きずりながら、少しでもボスとの距離を稼ごうと足を動かすのであった。


 最初の候補地に近づいたことを88が裕に知らせたのは、夜の帳も下りようとしているところだった。

今回こそはミスが無いといいのですが……

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