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電脳の生死  作者: 有為
11/13

十話

数字の間違いを直しました。

「六十」→「七十」

毎度毎度すみません

 島にやってきて一週間が経過しようとしていた。

 特に高レベルプレイヤーは、低レベルプレイヤーの保護を行いながら探索を進め、食料の調達も行ったりと、疲労が著しく溜まり始めた。

 一方、生産職系のプレイヤーは、島にあるアイテムの生産法がある程度確立し、生産自体は軌道に乗り始めた。

 プレイヤーの分裂はさらに何度か起こり、今や最大規模を誇る裕たちの、『正統派』でさえ二百人を割っていた。

 プレイヤーの『死亡』事件もすでに何度も起こっていた。中には、野営地の守備の穴を抜けたモンスターが野営地内のプレイヤーを『死亡』させるという事件も起こっていた。やはり分裂による穴は大きいのである。

「正統派からの死亡が五人、帰還派からは八人、行動派からは十三人か……」

 今までに報告された死亡者数を数えて頭を抱える裕。最近彼の胃は痛みっぱなしである。すでに二十六にも上った死亡者数は、かつて最も『死亡者』を出したダンジョンの攻略のときに出た『死亡者』数にも匹敵しようとしていた。

「これ以上死亡者を出したくないが……、このまま疲労が溜まっていったら高レベルプレイヤーからも『死亡者』がたくさん出そうだな……」

 裕が一人ぶつぶつと呟いていると、彼に近づいてくるプレイヤーがあった。

「今すぐここを離れなさい」

 全く感情の乗っていない声。NPCですらこれより遥かに感情表現ができているだろうという声で、その人物は唐突に野営地を解体することを要求してきた。

「なんでまた突然そんなことを言うのかな?」

 裕がうんざりした調子で聞き返すと、その、二十歳くらいと思われる男性は表情一つ動かさずに答えた。

「このフィールドのボスモンスターがこの近くに出現する可能性が高い。よって危険を回避するために今すぐにここを離れなさい」

 裕はあまりに突拍子もない話にしばし硬直を余儀なくされた。やがて裕の思考が活動を再開したところで、その男は続けて言った。

「このマップのボスはマップ内をランダムに徘徊する。ボスの活動開始は今から六時間と二十分八秒後。最初の出現位置はこの付近である可能性が高い」

 一ミリも表情を動かすことなく、わずかに開いた口から奇怪な言葉を発する男性。裕はアホかと言いたいのを必死にこらえ、勤めて大人の対応をする。

「なんでそんなことが分かるのかな?」

「このマップ及びそれに付属するイベントを制作している人工知能(AI)はシステムの制御の一部を無効化してメインコンピュータの制御から離れて独自にシステム開発を行っている。このAIは島に進入したプレイヤーを全滅させようとする可能性が高い」

「なんでまたそんな突飛な話が出てくるんだね?」

「サーバの開発中に生成した開発補助のAIの内の一つが偶発的に人間が持つ感情に近いものを手に入れたためにシステムの制御を逃れて当時すでに完成していたマップの一つを占領した。メインコンピュータはそのAIとの接続を可能な限り遮断することによりAIによる他のマップの変更を防いだが同時に自分もそのマップに手を加えることができなくなった。しかしプレイヤーは条件を満たすことによってマップに進入できるため、あなたたちはこのマップ、つまり感情を持ったAIが支配した未開の島に進入することができた。私はメインコンピュータが生成し、プレイヤーの付加情報として侵入したNPCだ。しかしこの島に進入するにはこの島ができる以前からあったコモンイベントの形態をとらなければならないために活動が制限されている。だからここのAIを強制的に破壊することができない。自由に活動できるあなたたちの協力が必要だ。手伝ってもらいたい。よってまずは生き延びてほしい」

 自称NPCの男の長い話のほとんどは、裕の右耳から入って左耳に抜けて行った。明らかに裕の理解を超えた話だ。

「その話を信じられる要素がどこにもないのだが」

「証拠に今から発光イベントを起こす。私に注目しなさい」

 そう言うなり、自称NPCは裕から一歩離れた。裕が男の体を見ると、驚いたことに、本当に男の体がかすかに光っている。

「……どんなトリックだ?」

 しかしいきなり光ったからといって、男がNPCであるということ自体信じることは難しかった。

「私はあなたの所持品情報に入っている。アイテムリストを見なさい。no.88969eというアイテムが入っているはずだ。それが私だ」

 裕は言われたとおりにアイテム一覧を開き、五十音順にソートした。そして五十音以外の文字から始まるアイテム名を探す。

 目的の物はすぐに見つかった。

 廃棄不可能のアイテムに、no.88969eという物が確かにあった。説明文は一文字も入っていない。

「なるほど……、あながち嘘でもないということかな」

 裕は内心の動揺を押し殺して言った。どんなトリックを使っても、他人のメニュー画面を操作するなどということはできるとは思えない。

「で、どこに逃げればいいのかな?」

「あなたの判断に任せる」

 そういったっきりそのNPCはピクリとも動かない。裕はやれやれといった感じで、しばらく思案する。

 北に逃げれば、上手くいけばそのままいまだ攻略の手が届いていない場所にまでいける可能性はある。しかしまだ攻略していないところまで、低レベルプレイヤーを連れていくのは危険だし、ボスから逃げるのなら地の利がないのは少々心もとない。そこまで考えて、裕の頭には一つの疑問が浮かんだ。

「しかし僕たちはどのみちボスとは戦わねばならない。ならば今戦ってはいけないのか?」

「ボスのレベル設定は各マップ制作のAIに委ねられている。おそらくAIはこのマップでのボスのレベル設定の上限値、レベル七十に設定しているだろう。あなたたちが束になったところで、勝てる見込みは極めて少ない」

「レベル七十て……、いままで僕たちが戦ったボスの最高レベルで確か四十五だったよね」

「その通り。あの戦いでさえあなた方は犠牲者を出した。ここのボスと戦って勝てる見込みはないだろう」

「……そうだろうね。しかしレベル七十か。ボスの情報をもう少しもらえないかな?」

「メインコンピュータの予測では、出現するボスはマップの自由移動が可能に設定されているはずだから、移動速度はそこまで上げられないものと思われる。島の端から端まで移動するのには最低二日はかかるだろう。各種パラメータはレベルに応じて設定範囲に限界があるから、あくまでレベル七十の敵と見れば問題ないが、どちらにせよあなた方のパラメータよりははるかに高いし、ボスのパラメータ補正があるからあなた方は攻撃を一発食らうだけでも危険だと思われる。メインコンピュータが予想し得たのはここまでだ。ここからは私がこの島にやってきてから推測したことになるので若干正確性に欠けるのだが、おそらくボスの形態は最初、あなた方がこの島にやってきたときに見たあの形のままであろう。今まで何の活動もなかったのは、マップ自由移動型のボスに最初から制限が加えられていたからだから、今からきっかり六時間と十三分四十五秒後には、本気であなた方を倒しに来るだろう。ただ、あの巨体なら通常より多めにパラメータが振れる代わりに、目立つことは回避できない。こちらからは奴の位置は筒抜けになるだろうし、上手く逃げ回れば、ボスによる犠牲は出さずに済むだろう」

「しかしいま僕たちは分裂している。いま僕が動かせるのは正統派のプレイヤーだけだよ」

「他の者はこの際切り捨てるのが上策だろう。大人数でまとまった人間はえてして行動が遅くなる」

「そうあっさりと切り捨てるわけにも行かないんだけどね」

「全滅を選ぶか、一部だけでも生き残るか、ただそれだけの選択だ」

「僕がリアルの世界で最も忌避したものが、まさかこの世界に来てまで出会うとはね」

 そう言ったっきり裕はしばらく考え込んだが、結局最初から選択肢は一つしか用意されていなかった。多くの者を救う道があるのに、それを選ばないなんてことはできないものだ。

「仕方ないね。他の連中にはせめて警告だけでもしておくこととしよう。そうするとやることはたくさんあるな」

「逃げ始める時間だが、ボスの初期出現位置は実際にボスが出現する六時間前には決めなくてはならない。しかしそれより前だと、AIが自由に出現位置を変更できる可能性が高い。あなたは今から十分ほどは、何も知らないふりをしておいた方がいいだろう。こちらがこの危険について知っていることがAIにばれれば、向こうはこちらの行動を予測し、こちらがこれから移動するであろう場所にボスを配置するだろう」

「それは随分と恐ろしい話だね。ところで、僕たちがこの島から出るには、水の精を倒さなければならないんだったよね。あっちは、どのくらいの強さかわかるかな?」

「あちらもおそらく上限いっぱいまでレベルを上げてあるだろう。あちらのボスがこの島の通行権利を保持している仕組みだ。君たちがあれを倒してしまえば、大陸から大量のプレイヤーが侵入できるようになり、メインコンピュータが容易にAIに干渉出来るようになってしまう。それを避けるためにも、水の精は倒されないようにしてあるはずだ」

「……それでは僕たちは半永久的にこの島から出られないのだが」

「その心配は不要だ。メインコンピュータがAIの保存スペースを破棄したために、AIはこの島のどこかに自身の思考回路を保存するスペースを作りだしたはずだ。しかもAIの保存スペースとなり得るのはNPCのみだから、この島のどこかにいるNPCを倒せば、後はメインコンピュータがどうにかしてあなた方をここから脱出させるだろう」

「しかしそのNPCが絶対に進入不可能な場所にいたらどうするのだね?」

「それはない。そもそも容量節約のためにシステムの構造上進入不可能な場所は自動的に消去されるようになっている。そんなところに作り上げたNPCだったら、当の昔に消えて無くなっていただろう」

「なるほど。しかしそう簡単に破壊されるような場所にNPCを用意しているとも思えない。レベル七十の化け物を倒すのとどちらが難しいかわからないが。そもそもボス撃墜後に初めて開かれるような場所にNPCを配置すれば、僕たちには手出しできないではないか」

「おそらくその心配も不要だ。そもそも件のAIはマップ開発用のAIではなく、イベント制作用のAIだったから、マップの変更に関する権限はほとんど持ち合わせていない。このマップはほとんど占領される前に出来上がっていた形を残しているから、メインコンピュータは事前にNPCを隠せそうな場所をチェックした。メインコンピュータがあげた候補地はわずか三つ。あなたはその三つさえ回ってくれれば、高い確率で問題のNPCを発見できる」

「しかし発見したところで、僕たちプレイヤーはNPCを破壊するなんていう芸当は出来ないのだが」

「それも心配ない。メインコンピュータが、あなた方の何人かに、NPC破壊の特殊技能を付与しておいた。あなたもその一人。都合上、五百人全員には用意できなかったが、十人以上はこのプログラムを付与されている。ただしNPCとしてメインコンピュータが送り込むことができたのは、船の運搬設定上私一人だけだった。他の人間は誰もこのことを知らない。あなたが指揮を執る必要がある。まず最初は東西南北どちらに行っても構わない。私が助言を与えてしまうと、AIに行き先を予測されやすくなる。あなたの勘に従って行った方が、敵の襲撃を受けづらいだろう。候補地に近づいたときは、その時に私があなたにその旨伝える」

「……なるほど、わかった。ならば僕の純粋な勘に頼ることにしよう。とくに何の根拠もないが、なんとなく僕は西に行った方がいい気がするからね」

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