隠密行動
パパは、周りをよく見ろって言ってた。
まずは状況整理をするんだ。
うちは今混乱状態だったから、情報の整理ができてなかった。
場所は、夜いたところと変わってない。
夜は明けてる。今は明け方だ。
日が昇って温かい空気が全身を包んでいる。
地面に違和感を感じ、近づいて違和感の正体を確かめた。
「これは……馬車の一部。車輪部分かな」
多分、うちらが乗ってた馬車の車輪だ。
何もなければ、ここの近くにピルク君達はいるってこと!
無事が確認できれば、今はそれでいい。
お願い神様、みんなを殺さないで。
走って、辺りを捜索した。
草むらの中も、廃墟の中も。
だけど見つからない。
もう……奴らに連れてかれちゃったのかな。
重い一歩を踏み出すと、足元になんだか柔らかい感覚があった。
足がもつれて尻もちをついた。
そこでやっと、柔らかな物がなんだったか分かった。
「いてぇにゃ、って……エミリー!! 生きてたにゃ!?」
「エルちゃん……! よかった、本当に良かった」
強くエルを抱きしめて、涙をこぼす。
安堵で胸がいっぱいになった。
あの攻撃から無事逃れられたんだ。
「そういえば、腕の傷……」
「あ、治してほしいのにゃ。いてぇにゃ」
「分かった。【癒しの風】」
「そういえばエルちゃん、ピルク君達見てない?」
「へへーん、あちしを舐めてもらっちゃ困るにゃ」
エルが地面に掘った穴を指さして、ニコニコしながらそう言った。
誇らしげな顔をするエルの頭をがしがしと撫でてやると、喉をゴロゴロと鳴らして喜んでいた。
穴を覗くと、そこには荷台とピルク君。そしてピルク君のお父さんも穴の中で眠っていた。
「エルちゃん……これ」
「あの夜、エミリーぶっ飛ばされちゃったから。あいつら油断してる隙に馬車から2人連れて穴掘って隠れてたにゃ。エミリーに手踏まれて起きたけどにゃ」
「ほんと、エルちゃんだいすき。よし、みんなの安全が確認できたから、次やることは一つ!」
エルも言いたいことを理解したのか、街をみていた。
「パッチン君たちを―――」
「―――飯食うニャ」
「それはちょっと我慢して! うちらが今やるのはパッチン君たちを助けること。パッチン君達は多分、あの魔物の軍勢の中にいる。だから助け出すの、うちらの戦力じゃ魔物を倒して助けることはできないから。作戦があるの」
◯ ◯ ◯
ブリンケルノにて、魔物を確認。
その数目視できる限りでは14体。
「あれが見張りかにゃ」
「多分そうだね~、うちらじゃあの数が精一杯。援軍でも呼ばれたらおわりだね」
「あいつらの監視を掻い潜って取り返すって事だにゃ、了解にゃ」
作戦は単純、ブリンケルノにもし魔物がいるようならその監視を掻い潜って屋内に隠れる。
夜中になると魔物は全員戻って来るから、そのタイミングになると逃げることはかなり難しい。
あいつらも重たい荷物を持って歩くほどバカじゃない。人2人を持ち歩いて国内を歩き渡るなんて邪魔だ。
この街のどこかにいる可能性が非常に高い。
一番いいのは向こうからアクションを起こしてくれる事だけど、パッチンくん達かどんな状況かわからない以上それは期待しないほうがいいかも。
でもなんで、昨日は魔物の見張りがいなかったんだろう……
うちらがきた時は廃村同然だったのに。
夜から夜明け前にかけて、何かあるのかな。
丁度、うちらがきた時間は丑三つ時くらい。
その時間になんで全員いなくなるんだろ……
いや、今そこは良いか。
今は作戦を遂行するのが第一。
うちは2人を助けることに全力を注ぐんだ……
見た感じ、人並みの知性がありそうなのはいない。
ただ上から言われた事は遂行できるくらいの知性はあるから、油断は禁物。
きっとあの雪女が、この魔物を率いているリーダーなんだろう。
うちらが前接敵した時にはいなかった。
もしくはいたけど気づかなかったのかな。
あの数だと、まともに相手するのが精一杯で周り見る余裕なんてなかったし。
どっちにしても、雪女は厄介だ。
うちの氷魔法とは次元が違う。
圧倒的な強者だ。
フォルネ君やガッケル君のような、圧倒的な力を持った強者の部類。
歯が立つわけがない、すぐにへし折られる。
なら、弱者なら弱者なりに知恵を絞って行動するんだ。強者にも、弱点はある。
今回は倒すことが目標じゃない、取り返す事が目標だ。
「エルちゃん、パッチン君かサユリちゃんの匂いはする?」
エルが鼻をすんすんと動かして、匂いを嗅いだ。
「風がちょっと強いから正確じゃにゃいけど、あの毛むくじゃらの魔物から少しだけ2人の匂いがするにゃ」
エルちゃんの鼻はすごいな。
獣族は五感が鋭いと聞くけど、ここまでだとは思わなかった。
うちも頑張らなくちゃ……!!
「分かった。とりあえずうちらは南門から街に入ろう!」
「南門は確か数は少ないけど知性ありそうなやつが3体くらいいたから突破できなさそうじゃにゃかった?」
「それなんだけど、エルちゃんが見てない時もずっと観察していたら、奴ら暇なのか南門から西門までを定期的にぐるっと回るの。だから丁度移動している時に入ればノーリスクで進入成功ってわけ!」
「にゃるほど。無能な警備だにゃ」
崖の草むらを移動して、木々に隠れ、岩に隠れ、南門近くの水溜まりまで着いた。
まだ、移動はしてないみたい。
移動し始めたら、そこが好機……!
すぐに移動して、民家に入る。
民家を伝って痕跡を探していけば、いずれ見つかるはず。もしここにいなかったら、その時は夜中まで待つ。必ず2人は取り戻さなきゃいけない。
「これいつまで待たなきゃいけにゃ―――」
「静かに」
「ふぁあ……そろそろ果物でも採りいきましょ。腹減りました」
「そうだな。西門近くの桃の木でも行くか」
「うっす!!! クオさんはやっぱ他とはレベル違いますよね。仲間が話が分かる方でよかった」
「だろう? そんじゃあ行くか」
…………
………………
「行った……ね」
魔物が移動したのを確認し、物陰から出る。
できるだけ物音はたてないようにするのは変わらず、警戒は怠らない。
エルも同様に警戒しながら進んでいた。
2人はついに、南門を潜り再び街へと入った。
空気に緊張感が奔る。
ここからだ、ここからが本番だ。
うちは覚悟を決めて、民家の扉を開けた。
エルが先頭を切って家に入り、中の匂いを嗅ぐ。
「魔物はいないにゃ……するのは腐った食べ物の匂いと炭の匂いだけにゃ」
「ありがとう、ここにはいないみたいだね……裏口から出て次の家に移ろう」
「了解にゃ。あけどあいつらの中にも鼻が利くやつがいると思うから、炭をつけた布かなんかで体を覆った方がいいかもしれないにゃ。炭は他の匂いを分かりづらくするから」
「確かに……そこは考えてなかったよ。ありがとねー、エルちゃん」
暖炉の中にあった炭を、手ごろな布に擦り付ける。
全体が黒ずんできた所で炭を捨てて、布を身体に被せた。
「ほんとにこれでいいの? うちは鼻よくないから分かんないんだけど、これで匂いなくなるものなのかな」
「無くなりはしにゃいけど、相当鼻が良くない限りは分かんないとおもうにゃ。近くにいるとバレちゃうけどにゃ」
まあ、やっておくに越した事はないって事だよね。
行こう……
裏口の戸をゆっくりと開き、隙間から外に誰もいないことを確認して外へ出る。
その後も、何個か民家を辿ったが人の気配や痕跡は見つからないままだった。
次は少し大きめの民宿、いる可能性は高い。
民宿の裏口は南京錠で閉まっていたので、炎で熱し続けて溶かす事で何とか進入することができた。
「エルちゃん、どう?」
「…………人の匂いがするにゃ。だれの匂いかまでは分からないけど、魔物と人の匂いがあるにゃ。もしかしたら2人かもしれにゃい」
「―――わかった。行こう」
かなり早めに手がかりが見つかった。
お願い、2人であって……!!
先へ進むと、民宿はかなり荒れていた。
受付は原型を留めていなく、壁は一面爪痕だらけ。
血痕もかなり多くついている。
一階には何もなかった。おそらく二階に魔物も、人もいる。
気を引き締めていこう。
階段が軋む音で来ていることを知られたら最悪だ。
抜き足、差し足でゆっっくり上へ上がる。
深呼吸をして焦らず、ゆっくり。
万一の時のために魔力は高めておく、急な攻撃から身を守るためにも魔力で体を防いでおこう。
階段を登ると、廊下についた。
宿泊部屋がある所だろう。
つまり、この中の部屋のどこかに魔物は居る。
エルちゃんの鼻で、どこの部屋にいるか分からないかな。
「エルちゃん、匂いでどの部屋にいるか分かる?」
「やってみるにゃ……!」
くんくんと匂いを吸い、目を瞑ってからこちらを向いた。
「ここから見て一番右奥の部屋におそらくいるはずにゃ。一番匂いが濃くでてる」
「ありがとう……ならここからは結構遠いね。気をつけなくちゃ」
「そうだにゃ。ゆっくり行くにゃ」
場所は分かったんだ。
あとはバレないように行くだけ。
血で汚れた廊下の上をゆっくりと歩いた。
一歩を踏み出すたびに心音が高まる、嫌な緊張感が足枷になるが、それでも前へ進む。
ここで失敗すれば全てが水の泡だ。
冷たい汗が額を伝う。
歯を食いしばって、前へ進む。
足は止めちゃならない。
「―――リー、早く」
「……! エルちゃん、どうしたの」
「奴ら、部屋から出てこようとしてるにゃ。早く隠れにゃきゃ」
「な……! 来て!」
それを聞き咄嗟に隣の部屋に入って、鍵を閉める。
心臓の鼓動が早くなり続ける。
焦り不安緊張恐怖、全てが鼓動を早める原因だ。
どうしよう、部屋に逃げ込んだはいいもののここからどう出るか……
「てめェら、こんなとこで何してんだよ」
エルの声じゃない。
この声は―――敵。
魔法はだめだ、音が出る。
なら……!
腰に携えていた短剣を引き出し、俊敏な動きで敵の脇に入り込み突き刺す。
声を出す前に、首へ何度も何度も短剣を刺した。
オークが出したのは掠れた声だけ。
敵にはきっと届いていない。
これはフォルネの短剣、属性変化が付与されている。
短剣の模様が蒼く光り、瞬間オークの体を冷気が包み込み凍らせた。
これで、血も大丈夫。
「エルちゃん、大丈夫?」
エルは口をぽかんと開けてオークの死体を見ていた。
突然の事だった、腰が抜けても仕方ない。
だけど、今は悠長にしてる時間はないんだ。
「いこ、エルちゃん。うちらは早く行かなきゃ」
「あ、あ……そうだにゃ。行くにゃ、あいつらは一階に降りたから、今なら部屋に入れるにゃ」
「分かった、行こう」
部屋から飛び出て、素早く奥の部屋に入る。
うちでも分かる血の匂い。
無事であって……!
中に入ると、ベッドが2つと檜の机が一つだけある簡素な部屋が広がっていた。
人の姿は見当たらない。
一体どこに人がいるんだろ。
「壁の中から、人の匂いがするにゃ……机のすぐそば、そこの壁から人の匂いがするにゃ」
「え……!? 隠し部屋って事かな」
言う通りの場所へ歩く。
確かによく見ると壁に継ぎ目のようなものがある。
最近開けたような跡もある。
机を後ろに置いて、壁の継ぎ目を思い切り引っ張る。
かなり強い力で引っ張っても取れない。
まさか……押戸?
足で蹴ると、簡単に開いた。
埃が立ち、咳き込む。
中に手をやると、温かな何かがそこにはあった。
だが埃のせいでよく見えないので、引っ張り出して部屋に入れた。
エルが、泣いていた。
うちも泣いた。
子供のように、わんわんと。
「パッチン君……! よかった」
思い切り抱きしめて、温かい事を確認する。
まだ安堵するには早い、サユリちゃんは……?
「エミリー、サユリも奥で寝てたにゃ……! 多分睡眠の魔法でもかけられてぐっすりにゃ」
「サユリちゃん……! ほんとによかった、怪我は?」
「ちょっぴり擦り傷があるけど、サユリは大丈夫にゃ。けどパッチンが……」
パッチンの傷は、一目見ただけで分かるほどに深刻だった。抵抗の跡、魔物との戦闘の痕跡が体に残っている。
生きているのが不思議なくらいだ。
すぐに治すから、安心してね。
「【癒やしの暴風】」
パッチンの体中の傷が、すぐに塞がった。
「―――っあ。え? 生きてる」
パッチンは怪訝な顔をして2人の顔を見た。
涙のせいで赤くなった目を見て、すぐに状況を飲み込めた。
「ありがとう、2人とも……!」
「一体なにがあったのー? あの傷……」
「エミリー、助けてもらって何だけど今は話してる場合じゃない。奴らは来る、今はたまたまいないだけであと一分もすれば戻って来るから早く行かなきゃ」
「そうだよね……話は後でゆっくり聞かせてもらおうかな! 急ごう、うちがサユリちゃん担ぐからエルちゃんは進路を案内して!」
「了解にゃ!!! 窓今開けるから、開けたらすぐ右に突っ走るにゃ」
エルが窓に手をかけて、素早く開けた後すぐに右方向へ走っていった。
「うちらも行こう! ついてきて!」
「分かった……!」
エミリーとパッチンも外へ出て、右へと走る。
魔物の姿は見当たらない。
やっぱり、昼間は数が少ないな。
けど難関は門兵だ。さっき西門まで行ったばかりだからまたすぐに行くことは期待できない。
それに、人質が逃げ出したことはすぐに広まるだろうからこのままだとまずい……よね。
「パッチン君、門には門番がいる。どーする!?」
「んーー……フォルネならどうするかな」
パッチンは走りながら頭を抱え、熟考していた。
絞り出した結果―――
「倒して進むしかない。てかフォルネたちはどこ行った?」
「それも後で説明する……! 倒す、ね。やってみるしかないよね……!!」
エルが門の近くに到達し、物陰に潜んで待機しているのが見える。
門番は、やっぱりいる。
けど2体だ。最大火力で攻撃すれば、なんとか……!
「エミリー、どうする気にゃ!?」
エルの横を走りながら、エミリーはにやけ面で言った。
「2体とも、倒して突破するしかない!!」
それを聞いたエルもまた、驚きながらも笑っていた。
「そう来るなら、あちしも本気出すにゃ……!」
走りながら魔力を込め、練る。
杖に込められた魔力が練り上げられて淡く光っている。
呼吸を整えて、最大火力をぶつけるんだ。
「パッチンくん、サユリちゃんをお願い!」
サユリをパッチンに預けて、正確に狙いを定める。
最大の魔力を、一気にぶつける。
全身に力を込めて、反動で飛ばされないように―――
「―――【吹雪く氷の雨】……!!!」
凍りつくような空気の中、エミリーの体中から氷の刃が発生した。
雪のように緩やかな動きで、前へ進んだ直後。氷刃は豪雨のような勢いで対象へとぶつかり続けた。
その数は、降る雪の数と同等。
防ぐことはできない。
反応する間もなく、沈黙は訪れた。
「はぁ……はあ、魔力使いすぎちゃったかな。けどこれでいい、行こう」
「うん!! 行こう、みんなのところへ」
◯ ◯ ◯
「―――なるほど。この子と俺たちのために……なんか申し訳ないね。ありがとう」
「いーよ全然。大変だったけどね!!」
「ですよね……そういえば移動はどうやってするの? 馬車壊れちゃったみたいだけど」
「それなんだけど―――」
「―――ここから一番近い街まで歩く……? 本気ですかそれ」
「うん、まじのまじ。それしか無くない?」
「まあ確かに……じゃあ、すぐにでも出発しよう。一刻も早く、フォルネ達と合流しなきゃならないしね」
そういえば、今思い出したけど……
ピルク君達、どうしよう。
「もう俺は充分良くなった、一人で歩ける。そこで何だが、みんなに礼をしたいんだ」
「お礼……? うちらは当然の事しただけだよ! お礼なんてそんな……」
「大した事じゃないかもしれんが、ここブリンケルノは俺の父ちゃんが住んでいた場所なんだ。人里離れた場所に住んでいたから、もしかしたら馬車が残ってるかもしれん。父ちゃんは人族だったから、もう魔物になっちまってるだろうがな」
お父さんが人族で魔族ってことは、お母さんが魔族だったのかな。
種族を超えた愛……憧れるなぁ
「ありがとうございます。ほんとにいいんですか?」
「ああ、良いってことよ。どうせ俺らも乗っていくつもりだしな」
「乗っていく……って本気ですか!? 危険ですよ」
「どっちにしろこの国に安全な場所なんてないんだ。どうせなら冒険してからのほうがいいよな。ピルク」
「え……!? まあ、この旅は短かったけど楽しかったし。まだ続けられるならそれがいいです……」
「てなわけだ。よろしく頼む。少しは役に立てると思うぞ」
こうして、エミリー達一行はパッチン救出に成功。
ピルク達も、港町まで同行することになったのだった―――
その頃 ブリンケルノでは。
「小童どもに逃げられたなんて、恥極まりない。何をしていたんだ」
「えぇと……見回りを―――」
オークの首が、壁に打ち付けられる。
シーツに血が飛び散る。
雪女の白い手が血で染まる。
「必ず仕留める。私が見つけ出して、今度は奴らを仕留める……!」
雪女の怒りは、気づかぬ間にエミリー一行へと向かっていたのだった―――




