エルフと勇者
「タリス……よかったァ……ホントに。心配したんだぞ」
赤毛の男が、床が剥がれた城に座り込んでいた。
白髪の女性は、全身に火傷を負いながらも生きている。瀕死ではあるが、意識もあるようだ。
ガッケル・サラバーンとタリス・アレリンドット。
勇者の仲間である2人だ。
「早く……はこ、んで……もらえるか」
「あ! だよな。すまねェ、早く回復魔法かけないとまた気絶しちまうよな」
「かん……しゃする」
背にタリスを乗せて、ゆっくり走る。
ガッケルにとってはゆっくりだが、タリスにとっては普通に走っている位の速度だ。
二人とも、疲れ切った顔をしている。
ずっと戦いっぱなしだ。仕方ない。
タリスの野郎……一体何があったんだァ?
首無し死体に焼け爛れたタリス。
まァ大方、ハサドに化けてたアイツがタリスを奇襲した後にタリスが相討ちに持ち込んだって感じだろうな。
今は一刻も早くフォルネ達のとこ向かわなきゃなんねェな。
今は意識復活してるとはいえ、傷口は開いちまってる。このままじゃ出血多量やらなんやらでどっちにしろ死んじまうからな……
回復魔法使えるのはフォルネ達だけだし……俺はマトモに使えねェ。
急ぐか……!!
◯ ◯ ◯
「あれがザーノの魔力かよ……」
煙草の煙で、よく前が見えない。
ザーノの溢れんばかりの魔力が、脳をくらくらさせる。あれだけの魔物、ザーノ1人でほんとに片付けれんのかよ。
空中にいるザーノ、その下には数え切れないくらい多数の魔物がいた。俺達だけじゃ、まるで相手にならなかったな。
さっきザーノは魔力制御解除と言っていた。恐らくあれによって、内に秘めていた魔力の制御を解いたんだ。
これまで使っていたのは制御する事の出来なくて溢れ出た魔力だったってことか……
恐ろしいやつだ。
けど今はそいつが協力してくれている安心感と、いつこちら側に来るか分からない恐怖で半々だよ……
ガッケルのやつもあいつにしては遅いし、何かあったか……? タリスに何か身の危険があったりした可能性は高そうだ。
「ガストル。ザーノが魔法を放つまでの間に取り逃がした魔物共がこっちに来るはずだ。警戒しろ、まだ俺達は安心しちゃいけない。ザーノだって味方になったわけじゃないんだ」
「わーってるっての。んな事は承知済みだ、俺は直接戦闘が出来るタイプじゃねぇ、後方支援は任せろ」
ガストル、最初に会った時とは随分変わったな。
まだ少ししか一緒に居ないし、どちらかと言うと嫌いだけど。きっとコイツも戦いの中で、何か変化があったんだろうな。
魔神軍とズブズブなのは気に食わないけど、それは国の方針であってガストルのせいじゃない。
リアムだって……ガストルのせいじゃないんだ。
全部全部、魔神軍のせいだ。
アリティムを倒せば、全部終わる。
必ず終わらせてみせる。
「んな顔すんな。落ち着いていこうぜ、今のお前は怒りに満ちてる。そんな状態じゃ、冷静な判断は出来ねえぞ」
俺はその言葉でふと冷静になり、魔神軍に対しての怒りを落ち着かせる。
そうだ、俺が怒ってどうする。
奴らへの怒りの感情を表に出すな。
冷静に、落ち着いて戦うんだ。前にそれで失敗しただろ、大丈夫。俺は大丈夫だ。
けど、怒りを忘れちゃいけない。
怒りを出すのは我慢しても、忘れるのは駄目だ。
感情は、人を動かす原動力なんだから。
「ありがとう、ガストル」
遠方を見ると、一際早く進んでくる魔物がいる。
ザーノは一体一体よりも数を重視する。
あの雑魚共一体一体に構ってる暇はないってことだ。
なら、そいつらを俺が片付ける……!!
フォルネが構えに入る。
研ぎ済まされた魔力は、穏やかでありながらも鋭く、強い力を持っている事は安易に想像できる。
「【属性変化 雷炎剣】」
魔力が雷に変化し、剣の周りを雷光が舞う。
纏わりついた電雷の上に燃えたぎる熱い炎。
雷と炎の複合変化、雷炎剣である。
地面が凹む程の勢いで地面を蹴って飛んだ先は、敵陣だ。蹴る瞬間に魔力を集中させた事により、大幅な飛距離の増加と速度の上昇。
敵陣に到達するまでにわずかな時間しかかからなかった。
無言で、巨大ゴブリンを見る。
数秒睨んだ後、ゴブリンが大振りの攻撃を仕掛けた。
丸太のような棍棒を振りかざして、凹んだ地面を見る。
そこには人間はいない、土埃が舞っているだけだ。
ならばフォルネはどこへ行ったのか。
答えは―――
「バーカ、上だよ」
落下の衝撃と雷炎剣による攻撃は、大型ゴブリンでさえも一撃で仕留める程の威力であった。
一息つく暇もなく、次の魔物が見える。
次から次へと、どんどんと湧く魔物に嫌気がさしていた。
だがまあ、ザーノの取りこぼし数は少ない。
俺が魔法を使えばすぐに終わるけど、ザーノとの戦いで魔力を使い過ぎたからな。
雷炎剣だけで戦うしかないだろう。
雷炎剣も、魔力消費が大きいからあんまり長く続きはしない……さっさと終わらせないと。
持続的に魔力を消費していくよりも、瞬発的に魔力を放出する方が消費量は少ない。
一瞬で終わらせる―――
突風のような勢いで、フォルネが魔物の肉を斬り裂いていく。
「あと一体……!!!」
鮮血が、草むらを赤く染めた。
疲れた、後はザーノが片付けてくれるはずだ。
休んで少しでも魔力を回復しなきゃな。
ほっと一息ついて、雷炎剣を解いた。
魔物の血が沢山ついた、拭かなきゃな。
立ち止まって、手拭いで剣を拭く。
上空を見ると、溢れ出た大量の魔力の中心にはザーノが居た。あれほどの数を掃討する魔法、発動までに時間がかかるのはあたりまえか。
巻き込まれる前に、さっさと行かないとな。
少し小走りで、城の方向まで向かう。
後はザーノが何とかしてくれるだろ。
けど……ザーノが本気を出す時は俺らが死ぬ時だ。
あいつらが片付いたら、俺らの番。
まだまだ終わりじゃないって事だな。
遠方からガストルが座っている場所を見ると、特徴的な赤髪の青年が居た。
背中には、焼けた人……?
ガッケルのやつ、あれは一体誰だ。
まさかとは思うが……タリスじゃないだろうな。
だとしたらまずい、早く行かなきゃ―――
「はあ、はあ……ガッケル。もしかしてその人……」
ガッケルの背に担がれた人を指差して聞いた。
そうすると、ガッケルは深刻な顔をした。
ガストルも、煙草の火を消している。
「あァ、タリスだ。多分ツッツって野郎がハサドに化けて襲ったってとこだろォな。フォルネ、回復魔法頼む」
「ああ、任せろ。【癒やしの暴風】」
強い緑色の光に包まれて、タリスの火傷がどんどんと治っていく。
傷口が癒え、血液は止まる。
服は修復されないから、一旦布を被せておこう。
で、これで魔力はかなり無くなってきた訳だが。
俺にも胞の力を引き出す事ができれば、制限無く魔力を使うことが出来るのに……
鬼神に引き出せて、俺に引き出せない理由はなんだろう。
俺本来の力ではないからか?
胞を持っている以上、20歳で死ぬのはほぼ確実だ。
どうせなら、引き出したい。
「これどうなってんすか? あのエルフ敵じゃなかったんすか!?」
「ハサド……!! 」
彼が本物のハサドだ。いや、俺達はさっきから本物のハサドしか見ていないか。
何より、これで全員揃ったな。
「―――なるほど。憂さ晴らしに魔物共蹴散らそうとしてるんすね……その後に俺らとまた戦うって事すか? 勝てない気が……」
「あァ、今の戦力じゃザーノを倒せるか分かんねェ。フォルネは魔力が底に近い。タリスも傷は治ったが、まだ万全な状態じゃねーし。俺は大丈夫だけど……俺だけじゃどうも勝てる気がしねェな」
そろそろ発射だろう。
発動までに約7分。これだけの時間を要するということは、かなり高威力なはずだ。
もしかしたらこちらまで被害が来るかもしれない。
「みんな、一旦城の中へ入ろう。ザーノの魔法はかなり高威力だから、ここまで届く可能性もある。もし被害がこっちに来た時に、この城の結界なら防げるはずだ」
「ま、そうすんのが安泰だろーな。ガキども、さっさと入れ」
全員が城内部へと戻った。
戻っても、ザーノの様子を伺うには充分な距離であった。
先程よりも、魔力の質が上がっている。
垂れ流されていた魔力を一点に集中させたんだ。
ザーノ、本当に未知数だ。
あれで本当に25%しか力をだしていないのか?
ザーノは空中に浮かんでいた。
魔物達はザーノに対して警戒すらせず、ただただ目の前にそびえ立つ大きな城へ進んでいた。
旧魔王城、邪神ダガーが住まったとされる城からは邪悪な魔力が溢れ出ており、それが魔物を引き寄せている。
「さてと、やりますか」
両手を天にかざすと、湧き水のように魔力が溢れ出ていく。魔力はだんだんと形を固めて大きくなる。
その動作だけでも空気が揺れ、震える。
遠目から見ていたフォルネ達も、それを見て目を見開いた。
魔力は紫色に変化して、形も綺麗な正四面体に変化した。魔力が渦巻くように辺りを取り巻いている。
大きさは既に、巨大なゴブリンなどを優に超えていた。
これが洗練された最大級の魔法である。
「超上位魔法 【三紫鉱岩塊】」
そう唱えた瞬間、正四面体が魔力で加速して地面に向けて衝突した―――
紫色の光が、目を焼くほどの威力で城にも届く。
衝突により、魔物の多くが押し潰された。
だがこれで終わりではない。正四面体にヒビが入り、内部に溜まっていた魔力が一度に放出されたのだ。
光線が他方に振りまかれて、空中にいた魔物も焼き殺される。
旧魔王城も、その光線によって大きな傷が入っていた。
光線が収まった直後、正四面体が四方八方に向けて爆発した。残されていた大量の魔力も一斉に爆発して、辺り一面が焼け野原になった。
ザーノが旧魔王城に目を向けると、そこにはもう何もなかった。あるのは、古びた瓦礫と大量の血だけ。
だが、これ程の攻撃が行われていてもまだ生き長らえる魔物はいた。
運良く攻撃が届きづらい場所にいた者、そんな者達にも救いは与えない。
「これで終わりかな。【硝子涙】」
爆発の際に空中に飛ばされた破片が、残された魔物に刺さった。それは豪雨のようであり、無慈悲な攻撃をしていた。
そして突然、止んだ。
もうそこに残されていたのは、大量の死骸と瓦礫だけだった。
フォルネ達は、言葉を失った。
ガッケルの自爆特攻ですら、ここまでの威力じゃない。自爆特攻でも、この10分の1に満たせるかどうかと言ったところだろうか。
まじかよ……こんなの勝てっこ無いよな。
本当になんで勝てたんだよ、本気出せばすぐに勝てたのに。明らかに手加減してたのは丸わかりだ。
鬼神ですら、勝てるかどうか……わからない。
これを見て、ガッケルが口を開いた。
「あれ、アリティムの【豪火球烈千灰煌】よりも威力高いかもしんねェ……」
まさか、ここまで強いとは。
しかもザーノであの強さなら、アリティムは一体どれだけ……
勝てるのか? 巨神轟腕王も味方につかれた、もう勝ち筋はないんじゃ―――
「フォルネ。そんなに考え込んで、僕の魔法に圧倒されたようだね」
「なっ!?」
いつの間にここにいたんだ。
高速移動でもしたのか?
「答えはイエスさ。強力な風の力によって、一瞬でここまで飛んできたってわけだよ。それで……君達全員顔が暗いね。まあ今からこの僕と戦うってなったらそんな顔にもなるか」
この場に現れたザーノに、皆は圧倒されていた。
見た目は少年でも、その奥底に隠された力は計り知れない。一同、死を覚悟するしかなかった。
そんな中、ザーノに立ち向かおうとするものがいた。
「ザーノ、俺が相手してやる。さっさと終わらせようぜ」
「……まァ、俺もちょっと暇だし入れてくれや。一瞬でぶちのめすからよォ」
それは勇者と戦士であった。
そんな2人を前にして、ザーノは動じない。
溜めに溜めて、ザーノは口を開いた。
「やる気満々な所悪いんだけど、僕ちょっと疲れたし戦うのやめにするよ。また今度にしようか」
急に何言ってんだこいつ。
「あれ程の魔法を撃ったら僕だって疲れるよ。君達だって、魔力を使った後は疲れるだろ? それと同じさ」
「まあ俺達からしたら、戦わないに越した事は無いけど」
「じゃあ決まり、一時休戦だ。僕は久々に森に帰って一休みするよ」
ザーノがふわりと、宙に浮いた。
飛び立つ直前に、ザーノは言い残した事があったのかこちらを向いた。
「あ、ドーン・ボレスについてだけど、彼はまだ生きてる。詳しい事は良くわからない。興味もなかったしね、けれど彼の底に眠る何かが魔神軍の新たな兵器に必要だったらしい。多分今は、兵器開発の手助けになってるんじゃないかな」
新たな兵器か……ドーンさん、まだ生きていて良かった。ザーノですら知らないとなると、本当に知っているのはアリティムしかいないのかもしれないな。
何にせよ、一刻も早く魔神軍を落とすしか選択肢はないみたいだな。
「ああただ、彼らの計画について話す事は出来る。ドーンの力が、兵器開発に必要な事はもう言ったから―――そう、アリティムはこうも言ってた。前回の戦いの反省を踏まえ、第一目標を勇者にするってね。恐らく前回の目標が、勇者でなく聖剣であったからだろうね」
「前回ってのは、第四次魔聖大戦の事か?」
「そ、魔王と勇者の戦い、100年くらい前のやつさ。僕個人の考えだけど、前回の戦いで聖剣を第一目標にしたのは勇者ではなく聖剣自体が魔を討つ力があると思われていたからだと思うんだ。つまり何が言いたいかと言うと―――」
フォルネの目をじっと見つめて、空中でにこっと微笑んだ。
「君には秘められた力がある、ということだよ。まぁ今の君じゃ、魔神軍を撃ち落とすどころか幹部を倒せるかどうかも怪しいけどね」
俺に秘められた何か、か。確かに先代勇者がどうやって魔王を倒したのかも分かっていない。
聖剣の力だと思っていたけど、違ったのか……?
勇者自体に何かしらの力があるんなら、それは俺にもあるはずだ。
「……ザーノ、見てろよ。俺は必ず魔神軍をぶっ倒す、その秘められた力ってやつを無理矢理にでも引き出してやる」
それを聞き、再び微笑んだ。
「じゃ、もう行くよ。またねー」
足から大量の魔力を放出して、ザーノはどこかへ飛んでいった。
彼の底は知れなかった。目的も、力も。
だけどなぜか、敵対心は無いように思えた。




