昂り
その言葉に、ザーノは笑った。
力なく、薄い笑いであったが、それは俺を嘲笑うものではないことだけは分かった。
「……そうか、それ、が君の……答えなんだね」
「あぁ、ありがとう。ザーノ」
「なんの……礼だよ」
エルフは、毎回最期に優しくなる風習でもあんのかよ。
シグマの時も、こうだったな。
俺がそう考えていると、上から男の声が聞こえた。
「おいフォルネ! 早くそいつぶった斬れ、まだ敵城は壊されてねーんだぞ!!」
そう言われ、旧魔王城を見る。
確かに、掃討したはずの魔物がさらに湧いている。
あれが……魔王の残り香の力か。
「あぁ、少し待ってくれ! ガストル」
俺は魔力を込めて、ザーノに手のひらを向けた。
体内の魔力が、一斉に手のひらに集中している。
「じゃ、ぁねー? ……君たちが、楽に死ねるよう願う……よ」
「ありがとな、ザーノ。けどお前はまだ死なせない【癒しの暴風】」
ザーノも、ガストルも戸惑った顔をした。
緑色の、優しい光がザーノを包み込んで傷を完全に治した。
ガストルが怒る。
「……ってめぇ!! 一体何考えたら敵を回復するなんて発想になんだよ。今の俺らじゃ、もう一度こいつを倒す手段はねーんだぞ!!」
「あぁ、分かってる。けど……また誰かを殺すのは嫌だった。みんな、生きてるから」
「そんな甘いこと言ってられる世の中ならな、そもそも戦争も何も起きねーんだよ!! 生きてるから、だと? そんなの当たり前だ。だがこいつは、そんな生きている俺らを殺すようなやつだぞ」
ザーノがゆっくり立ち上がる。
「はぁ、君は本当に頭が悪いよ。フォルネラリバー」
指を、フォルネに向けて指す。
憎たらしい顔をして、今にも殴りたくなる。
だがその目に、殺意は籠もっていなかった。
「まぁ、俺は頭悪いからな。けど、正しい答えなんてない。頭悪いなりに、頑張って考えた結果がこれだ。俺たちを殺したいんなら、殺せ」
ザーノは数秒、沈黙を貫いた。
だが、すぐに口を開く。
「……んまぁ、いい判断だよ。この僕を生かすのはね、あーでも勘違いしないでほしい。僕は殺したいから殺すんじゃない、殺さなきゃいけないから殺すだけ。そこに想いなんて一個もありやしない、君たちの味方をしたら僕は殺されるけどね」
「じゃ、もっかいするか? どうせお前が勝つぞ」
「…………嘘だね、君には切り札がある。僕は今君の本心を聴いた。その切り札ってのは、多分さっき出てきた【鬼神】のことだろう。となれば、僕じゃ勝てない。君に傷は完治させてもらったが、魔力まで戻ったわけじゃないからね。勝てる見込みはないよ」
ザーノは、ポリポリと頭を書いて古城を見ていた。
その顔は少年のような大らかなであるが、そのうちには何百、何千も生きたエルフとしての貫禄がある。
「僕は、どっちにしろ殺されてしまう。今、こうやって任務を放棄して君たちと話しているせいだ。これは全て、アリティムに聞かれているんだよ。そもそも、僕が忠誠を誓ったのは野郎じゃない。魔王様だ」
ガストルが、防壁の上に座って煙草を吸う。
煙草の火が、少しだけ暗くなってきた事を気づかせなかった。
「まぁ、ザーノ……だっけ。俺はお前を生かす気はねーよ、てか俺もこの戦いが一段落したらそこの奴に斬り殺されるしな」
ガストルは、親指でフォルネを指してそう言った。
はぁとため息をついて、煙草の火を消す。
フォルネは指を刺され、少し戸惑う。
「はぁ? 斬り殺すって何のことだよ。覚悟しておけ……とは言ったけど、殺すなんて言ってないぞ」
そう言うと、ガストルは少し驚いた。
だが少しの間が空くと、再び煙草を吸い始めた。
「2本目、身体に悪いぞ」
「2本どころじゃねぇよ。もう残り1本で終わりだ、楽しませろ」
ぼーっと、魔物の大群がゆっくりこちらに向かうのを見る。
ガストルの火で照らされた瞳には、輝きがあった。
火によるものではなく、単なる希望の―――
「ザーノ、お前どうする。この戦いに関しちゃ、もう逃亡出来る。その後がどうかは知らねぇけど、俺はここにお前が留まるっつーなら戦う、まあおれの実力じゃあそこの魔物を何体か殺れるかどうかってとこだろうがな」
ザーノは風魔法を応用して、宙に浮いた。
そうすれば、周りがよくみえるからだ。
「どうしようか、僕はどっちにしろ死ぬ。けど最期に君達の為に命を捧げるなんて事はしたくない、敵であることには変わりないからね。けど、少し今機嫌悪いんだ、僕」
「そうかよ、どうでもいいが早くしろ。そろそろ容赦無くお前を殴り飛ばす野郎が来るぞ」
「だから、ちょっと発散してくるよ。この苛々を、アリティム達に対する不満を全部ぶつけてくる。その後に、君達ともう一度やり合う。それでいいかい?」
ザーノの考えは、正直よくわからない。
俺は、こいつのように心の声を聴く事もできないし、なんとなくで心情を察することもできない。
なんでわざわざ、奴らに敵対するような事をして、俺達の味方につくわけでもない、なのに何故戦おうとするんだ。
鬱憤を晴らす、という目的なら俺たちを倒せばいい。
鬼神という切り札はあるものの、任意で切替出来るわけじゃない、切替には鬼神本人の意思が重要だ。
いや、鬼神は『手札』じゃない。
『仲間』だ。
だが、もし仮に戦うとしても少しだけでも魔力量が減っていた方が有利。
なら、ザーノに大人しく行ってもらうのが一番良い。
「わかったよ、ザーノ。……けど俺らは容赦しない、やられる覚悟はしておけよ」
「了解だよ、フォルネラリバー」
ザーノは全身に魔力の膜を張って、足から風力を発生させて飛んだ。
空中にいる魔物がザーノを見る。
魔物達は、ザーノを味方だと思っているのか敵意は全く無さそうだった。
「さ、ちょっとやりますか」
急停止し、ザーノが魔力の膜を解く。
魔物の大群が、そんなザーノを不思議そうに見つめている―――
「魔力制御解除 解放度25%」
ザーノの魔力量が、異常なほどに上昇する。
さっき戦っていたザーノは、全力ではなかったのだ。
それもそのはず、ザーノは元より彼らを倒すつもりはなかったのだ。
邪魔をするつもりはあれど、ザーノがフォルネ達を倒すまでの恨みはない。
それが命令であっても、ザーノは背く。
ザーノという男は、自由気ままに生きるのだ。
時に相対し、時に傍観する。
魔神軍は、その本質を理解していなかった。
だがそれであっても、ザーノではアリティムに勝つことはできない。
それが、アリティムという魔人の恐ろしさを物語っていた。
「おいフォルネ、あのエルフのガキ。さっきのが本気じゃねぇのかよ……? 俺は魔力探知については多少心得があるが、あんなのは見たことない。お前、あんなやつによく互角に戦えたな?」
その驚きの顔は、俺にも伝染した。
まさか、あの強さでも本気じゃなかったのかよ。
その魔力量は、魔導士バヴァリアンにも匹敵するものであった。
「いや、俺とやり合った時はあんな強くなかった。よくても、俺より少し強いくらいで……なんであいつは本気出さなかったんだ、殺されかけてたのに……まるで、俺があいつを回復させることが分かってたみたいじゃ―――」
肩に、ゴツゴツとした何かが触れる感触があった。
手、だろうか。
後ろを振り向くと、そこに居たのは―――
「よォ、フォルネ。それにクソ野郎、少し遅れた。」
「ガッケル……!!」
「そんなに驚くなよな、俺があんなしょぼいビームで死ぬと思ったかァ? なわけねェよな。内臓抉れて、ちょっとばかし時間かかっただけだ」
この力は、えぐれた内臓まで完治するのか。
まあ、全身が焼け焦げて死ぬ寸前になっても完治するくらいだからそれも当たり前か。
だとしても、便利な能力すぎる。
何か裏があるとしか考えられないが、そんな様子は見当たらない。 一体何による力なんだろう。
「んで、なんでお前ら戦ってねェんだ? あそこにバカみたいに敵がいんだろォが」
指差す方角には、言う通り大量の敵が居た。
俺達は動けない、その事をまだガッケルは知らない。
ザーノは今大量の魔力を出しっぱなしにしている状態、おそらく魔力制御解除状態で放った魔法は通常よりも威力がかなり高くなるはず。
近寄れば、俺達も攻撃の余波に巻き込まれる可能性がある。
それは避けたい。
ガッケルが、ザーノを見た。
その顔は、驚きというよりは疑念を抱いているように見えた。
「おいフォルネ。あの空中にいる奴はなんだ、あいつだけ気が違ェ……強すぎる」
「まあ、簡単に言えば……」
ここでガッケルに「やつは敵だ」と言えば、こいつの性格的に挑みに行くに違いない。
なら、ここでザーノの事を明かすよりも今は―――
「ガッケルあの飛んでる人が、そこにいる魔物を掃討してくれる、国外から来た最高峰の魔法使い。あの人ならきっと、魔物共を殲滅してくれるはずだ!」
「なるほどォ、この野郎が呼んでいた助太刀か?」
ガッケルはガストルに目線をくばせる。
「んぁ? そうだよ、俺が呼んだ。文句あるか?」
「ほォ? 魔神軍様からの助太刀ってとこかよ。あァ!?」
ガッケルが思い切り胸ぐらを掴んで叫ぶ。
不快な顔をして、その手を振りほどいた。
「黙れ、てかハサド……とタリスって奴らはどこ行った? ハサドは見たが、タリスはてめぇと一緒にいたんじゃねーのかよ」
その質問に、ガッケルは青ざめた。
そういえばそうじゃないか、ハサドが死んだから来た。けどハサドは生きていた、タリスはそのハサドといたじゃないか、と。
「クッソ……寝てる場合じゃねェよ! 早くタリスのとこ行かねェと―――」
ガストルが再び、城に向かって走り出す。
それに理解が追いつかない。
「そういえば、ガッケルのやつ……来た時になんか言ってたな。まさか……!」
「フォルネ、気持ちは分かる。だが今俺らはザーノが戻るまで待たなきゃなんねーだろ。くそが」
煙草をふかして、煙をはいた。
その目には、ザーノの魔力が反射して映っていた。




