明かされる真実と名前
俺は、勇者だ。
けどそれは、『勇気』があるってわけじゃない。
勇者として、役目を与えられただけの凡人だ。
これまでは勇者だからとか、曖昧な理由で戦ってきた。いま思えば、それは過去の自分から逃れるための理由だったのかもしれない。
暴言、暴力、嫌気が増す。
苦しい過去が、心臓を強く握る。
名前というのは、人としての存在を強く決定づけるものでありながら、時に人としての存在を否定する要因にもなり得る。
だが『名前』というのは人を区別するための識別用語にしかすぎない。
人としての存在を決定づける、それは確かにそうだ。
貴族の者は、その名を持つだけで優遇される。
逆に、悪行を行ったものと同様の名であれば虐げられる。
ただの、名前なのに。
けれど、旅にでてからは違った。
俺の名前で、虐げる奴はいなかった。
俺はそれが嬉しくて、そんな奴らのために俺は戦っていた。
勇者として、だ。
もう、分からない。
俺は何のために戦えばいい? 何を原動力にして、うごけばいい。
分からない、分からないんだ。
俺はまだガキで、それは当たり前のことだったけど。
子供として、見られなくなった。
大人以上に期待の眼差しを向けられるようになって、全世界が俺のことを見ていた。
その視線が、重りが、俺の足枷になった。
緊張や恐怖、これまでに感じたことの無かった感覚がどっと押し寄せて来て、それが辛かった。
もう、何もしたくない。
そんな時だ、俺の頭の中に低くて怖いけど、頼りになる男の声が聞こえた。
その声は、いつも何かあるたびに助けてくれて、でもいつ何時でも助けてくれるわけじゃないけど、それでもカッコいいやつ。
そいつはこう言った。
「逃げるな」と。
逃げたいわけじゃない、逃げたわけじゃない。
ただの考え事なんだ。
だけど…………
そう考えていると、俺の意識は飛んだ。
◯ ◆ ◯
「よ、ビビリ野郎」
「……は? ここは…………」
そこは薄暗いながらも中央に吊るされる赤い灯りのお陰で、辺りがよく見えた。
薄暗い空間に、壁一面に敷き詰められる仮面。
…………ここ、一度来たことがある。
「思い出したかよ。で、何の用だって言いたいのか?」
「ああ、その通りだよ。鬼神」
鬼神は、鬼の面をした椅子に腰を掛けながら、ため息をついた。
「はぁ……流石に、お前は馬鹿すぎだ。フォルネ」
「…………」
何も言い返せない。
「敵の、そんな言葉に惑わされ、戦線離脱寸前とはな。流石勇者と言えど、精神は一般人以下か」
「もう、やめてくれ。俺を、勇者って……呼ばないでくれ」
「そりゃ無理だ。どこまでいっても、お前は勇者だ。その勇者という称号は、お前という存在が忘れられない限り永遠に残り続ける。仕方がないんだ。俺だって、同じさ。いつまでも、俺は昔の名で呼ばれ続ける」
「お前、有名なのか? 鬼神とか、お前に会うまで聞いたことも無かったけど」
そう言うと、鬼神は少しためを作ってから、息を深く吸って、何かを言おうとしてはためらった。
鬼神が、両手を膝に乗せて俺に視線をくべた。
「なんだよ、じっと見てきて」
「【鬼神】というのは、ただの仮名にすぎない。ってのはもう知ってるか?」
「そうなのか? てっきり、鬼族とか言ってた気がしたからそうゆうもんなのかと」
「違う、俺の名は別にある。母から付けられた立派な名がな」
そう言うと、壁一面に貼られていた仮面が割れて、灯りも消えた。
暗闇の中、じわじわと、光が差し込んでくる。
暗闇に、光が差し込む。
壁が、消えたのだ。
そこは、どこかの処刑台だった。
周りには雨が降っていて、処刑台は古びていかにも壊れそうだ。
だが、そこに俺と鬼神は立っていた。
雨の冷たさは、感じない。
当たる感覚はあっても、濡れもしないし冷たくもない。
あるのは、その景色だけだ。
「これはなんだよ。鬼神……?」
「フォルネ、お前には言わなければならないとずっと思っていた。が、言うタイミングを逃した」
「はぁ? ならいま言えよ」
珍しく、鬼神がうじうじしている。
奇妙だ。
「だな。なら、言う」
「早く言えよ」
雨がやみ、光が差す。
風が後ろから吹き、身体が押されて宙に飛びそうになる。
「俺の名は【フォルネ】最強の鬼族にして、悪魔と呼ばれた男だ」
言葉が、喉に引っかかって出ない。
呼吸が乱れる。
脳が、処理できない。
いや、できているけど、理解したくない。
でも、しなきゃ。
くそ……
お前が、【フォルネ】かよ。
俺を、こんな、苦しめて。
悪魔とか言われて、そんな。
あ、ぁああ。
「―――ざけんなよ……お前のせいで、俺は……俺はぁ……!」
「フォルネ、すまない。全責任は俺にある」
「お前以外の……誰に責任があるってんだよ―――お前しか居ないだろうがぁ!」
鬼神の顔が、曇っていた。
俯いて、床を見つめて無言のまま座っていたのだ。
それを見て、憤怒のあまり立ち上がった身体を落ち着かせて座った。
「ちょっと、いや、だいぶ言い過ぎた。ごめん、お前も辛い思いとかしてたんだよな」
「いや、それに関しては謝る必要は微塵もない。どんな形であれ、俺はお前に苦しい時を過ごさせてしまったからな。ここまで言ったんだ、全て話そう。これまでの事、全部」
鬼神はそう言うと、ゆっくり語り始めた。
◯ ◯ ◯
【鬼神】フォルネ。彼は幼い頃、母を救い父を殺した。
処刑台から自らを落とそうとする愚かなる父に対し、反逆の刃を向けたのだ。
胎児の頃から鬼神には特殊な魔力器官が備わっていた。
それは【胞】である。
胞が発現するのは、一億年に一度と言われる。
このような長く遠い期間に一度のみ発現するこの器官は、通常者の血液中の魔力量は23.41%なのに対し、血液中の魔力量を79.34%に上昇させる。
尚且つ、異常なまでの魔力消費量の減少。
例をあげると、全体の魔力総量数が100と仮定し冒険者Aが消費魔力80の魔法を撃つとき。
胞の所有者はその魔法を消費魔力5で放つ事ができる。
このように、胞の所有者には魔法技術関連での利点が大きい。
だが、光があれば影もある。
胞を持つと、寿命が大幅に縮む。
胞の所有者は、命を受けてから20年以内に死ぬ。
それは、鬼神も例外ではなく……
鬼神が王を殺害してから
約14年後。
「今回も、俺達鬼族の勝利だ。見たか母上! 俺達はまたも勝利を掴み取ったぞ!!!!」
鬼神が空に剣を突き立て、叫んだ。
勝利に対しての、祝の叫びである。
「フォルネ様、今回の人族の村にこんなものが……」
鬼族の男が、フォルネに紙包みを手渡す。
おにぎりサイズの紙包みだ。
「なんだ、俺は今非常に気分が良い。興をそがれるようなことであれば、許さないぞ……!」
鬼神が、真剣な顔をして男に剣を突き立てる。
だが、その直後―――
「なんてな! どこに仲間を斬るバカがいる。それで、なんだこれは」
ゆっくり紙包みを開くと、 そこにあったのは一つの宝石であった。
黒色の、勾玉のような形状のものだ。
不思議に思い、鬼神は手に取った。
「素晴らしい……人族にこんなものが作れるなんてな。これを作った奴を殺してしまったのは非常に残念だが、この宝石は俺が持っておこう」
鬼神が懐にその宝石を入れる。
「では、進め!!!!」
―――
「帰還したぞ。母上」
「おかえり、フォルネ」
あれから14年。俺はあの腐った国を滅ぼし、国のほとんどを殺した。
俺の意見に賛同し、共に戦ってくれた仲間達とその家族以外。
俺が新たなる王となって、新国家【エリグハス】を作り出した。
国である以上、他国との戦争は避けられない。
ましてや人族でない者が作り出した国だ、反発的な意見が多くて仕方ない……だからといって、それが戦わない理由にはならないけどな。
この手は、もう血に塗れている。
他の仲間と違う肌の色、それを感じさせないように、俺の手は常に血で赤く染まっている。
こうしていれば、俺も仲間達と同じだと思えるからだ。
俺は、戦いの疲れでため息をつく。
獣皮のソファに腰掛け、亀の血を飲み干す。
口から垂れる血液が、鬼族であることを物語っていた。
「このまま行けば、全ての国を潰すことが……いや、エルフの国とは友好的な関係を築きたいな。奴らの技術力はかなり高い。軍事利用力は高そうだ……だが―――」
独り言をつぶやくフォルネに、母は心配して話しかける。
「フォルネ……ちょっと最近気張りすきじゃないの? 少しは休んだほうが―――」
「――ちょっと静かにしていてくれ! 忙しいんだ……」
鬼神の母は、悲しそうな顔で部屋を出ていった。
「やはり、俺1人では限界があるな。戦闘経験も指揮経験も豊富だが、作戦や外交に関しては得意分野ではない。他の者に任すべきか」
その時、懐に何かあることに気づいた。
思い当たる節もなく、とりあえず取り出してみる。
そこにあったのは、紙包みだ。
そこで思い出す。先の戦闘にて、部下のアルへが戦利品として持ってきた宝石だ。
人族が作り出した宝飾品のようだが、鬼族の俺から見てもかなり綺麗で美しい。
俺は紙包みを開き、宝石に紐を通して首に掛けた。
その宝石は、綺麗でありながらも内に何かを秘めていそうな感覚がある。それが薄々分かっていながらも、その宝石に目が惹かれてしまう。
「では、行くか」
鬼神は、戸を開いて食事をしに行った―――
◆ ◆ ◆
4年後 チャープレインの戦い
「はぁあ!!!」
太く、筋肉質な腕で大剣を振り下ろす。
その一太刀で、人間の柔らかな肉体は半分になり、臓物が飛び散る。
血濡れた戦場に、最後まで立っていたのは鬼族の王であった。
歪な顔の模様が、その異常なまでの強さを表現している。
「ようやく、終わったようだな……今時の戦闘はかなりの犠牲を払い、苦戦を強いられた。流石、人族最高峰とも呼ばれる戦闘員が集まっていただけある。だが、俺達鬼族には手も足も出なかったようだ。アルへ、見ろ! この景色を!」
「素晴らしい景色です。フォルネ様、もうこれで我々に相対する者共は消え失せました。ついに、我々鬼族の時代が訪れたのです……!」
「そうだな。ようやく、俺達は開始地点に着けたというわけだ。だが、ここからが本番だ。これからも、生命を込めて戦い続けろ、我々にできるのはそれだけだ! だが今は勝利に酔え、叫べ!!!!」
鬼神が我先にと叫ぶ。その声に続き、全員から叫びが放たれた。
「いい景色だ。この鮮血に染まる、紅い大地は―――」
その時である。
唐突に、鬼神の心臓が痛みだした。
脈打って、鼓動が一度鳴るたびに激痛が走る。
「う……ぁっ」
掠れた声しか出ない、感じたことのない痛みと、それに……これは
「恐怖」、なのか。
俺が、死に対して恐れ慄いている。
まだ、俺は……俺にはやるべきことがある。
その意思とは相反して、身体の動きはどんどんと鈍る。
もう、暗黒だ。
アルへや、友の声が聞こえる。
俺の最期は、こんなに呆気ないものなのか―――
俺の生命は、そこで尽きた。
―――
「…………は? そこで終わりかよ。それじゃ、なんでお前ここに居るんだ? 意味がわかんねぇよ」
「そこからは、とても長い記憶だ。何万年、俺は現世に居たんだろうな」
「俺に聞かれても、そんなこと知らねーよ。分かったのは、お前はエリグハス王国の初代王だったってことと、すげぇ力の持ち主だったってことだけだ」
「俺は……まあいい、この先の事も話そう。とても、長い道のりだった」
鬼神は、目を閉じて、これまでの軌跡を振り返った。
―――
鬼神 【フォルネ】の死から1500年。
戦の時代は過ぎ、争いは一旦の終息を迎えた。
鬼族は、王が死んだことによって混乱がおこったが側近のアルへによる力で混乱も収まった。
その後、仮の次世代王はアルへとなる。
フォルネの子の存在が発覚するまでは……
1500年も経てば、フォルネがいた時代の鬼族は皆衰え、ほとんどが死した。
だが、フォルネはまだ死していなかった。
暗闇の中、たまに見える光に向けて、フォルネは進む。身体はない、魂だけの存在だ。
それが1500年、続いたのだ。
そして、その日。
フォルネの魂は再び、肉体を取り戻した。
「……ここは?」
その身体は、ゴブリンの子供のものであった。
深い緑の森林で、座り込んでいた。
理由もわからず、戸惑った。
そんな時、後ろから甲高い声が聞こえた
「ゴンちゃん!!! こんなとこにいたの、危ないからお家に戻りなさい!!」
無理やり引っ張られ、俺はゴブリンの集落に行かされた。
―――18年後
この身体で18年過ごした。
狩人として、この村を支えてきた。
何故俺がゴブリンになったのか、俺の考えだとこうだ。
俺が死んで、魂だけが何らかの理由で生き残った。
それが何故なのかは分からないが、そこは今いい。
その魂は新たな肉体を探して、彷徨い続けた。
その結果、適合する身体が見つかり再び現世に舞い降りた。
確か、俺はあの時心臓が酷く痛んで死んだ。
傷も何も無い、医師の検診でも何も見つからなかった。
ここが、前の世界と同じ世界かすら分からない。
そろそろ、この村を出てみるべきだろうか。
そんな時、村長であるブハイユが話を持ちかけてきた。今度この村から3人王都に出向くそうだ、理由としては、ゴブリンの偏見を無くす為に慈善活動をするらしい。なんともくだらない理由で、退屈そうな活動だ。
だが、王都へ行けば何か情報が掴めることは間違いない。
俺は、その話に乗った。
―――王都―――
この王国の名は、ポレスタリヘン王国というらしい。
以前では、聞いたことのない名だ。
やはり、ここは違う世界なのか。
大図書館にある文献を読み漁るうちに、一つの興味深い本を見つけた。
それは世界地図についての解説本だ。
いわば子供用の簡単な学習本、というわけだ。
だが、俺もこの世界についての知識は子供以下、その本をめくって読んでみる。
ここ、ポレスタリヘン王国は最東端に位置する王国なんだそう。この大陸は他の大陸と繋がっておらず、孤立しているのだ。
そして、俺は視た。
中央大陸の少し上、そこにあった国を
「エリグハス……王国」




