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根っこの部分

 

  その少年の声は、一分くらい前に吹き飛んだはずの声だった。

  雷鳴に飲み込まれ、跡形もなく焼け付きたのかと思っていたが、生きていた。


  恐る恐る、後ろを振り向く。

  震える瞳に映るのは、長髪金髪の少年であった。

 

  「ザーノ……てめぇ!」

  「やっほー。元気してた?」

 

  無傷……

  ザーノは傷一つなく、服に汚れもなく、最初のまま。

  そこに立っていた。


  「フォルネ君、なんか変だとは思わなかったわけ? この僕、ザーノ・エルヘンメスがあんなにあっさりとやられたことにさ。たしかに? 君の剣術は見事なもんだったよ、僕が見た中でもトップクラスさ」

  「…………何が言いたい」

  「でも、君じゃ僕には勝てないってことさ」


  「ならもっかいやるか? 多分俺が勝つけど」

  「いいけど……そんなみすぼらしい格好で僕に触れないで欲しいもんだね」


  ザーノは、俺の傷ついた服や身体を見てゴミでも見るような顔をした。

  その顔に、俺は腹の底から嫌悪感が湧いた。

 

  顔面を真っ二つに斬ってやりたい気分だったが、もうそんな気力もない。

 

  見ただけで分かる、ザーノは完璧に復活してる。

  もう、こいつに対抗できる力はない。

  さっきは余裕があったから、ほぼ一方的に攻撃をすることができた。

  だが、今はもう余裕がない。


  「そっかー。残念だよ、さっきの君の攻撃は結構強かったからね。でももう魔力枯渇とは……」

 魔力が少なくなっただけで、枯渇したわけじゃない。それに、お前をぶっ潰すだけの魔力がないってだけで普通に戦えるだけの魔力は残ってる。

 勘違いすんなよ、クソガキがぁ……!!


 「クソガキとは随分酷い物言いだ。見た感じ、君は13とかそこらかな? そんな年齢の子どもに、そんなことは言われたくないなー」

 「そうだよ、俺はまだガキだ。けど、こんな見た目でも数々の死線を越えてきた『勇者』だ。舐めんなよ」

「随分調子が良さそうじゃないか! よくそんな絞りカスみたいな魔力量でよく調子に乗れたもんだ。僕に勝てる算段なんてないくせに―――」


ないさ、たったの一つもない。

こいつに勝てる未来なんて見えやしない。

普段の魔力総量が100だとするなら、今の魔力量は25、全く無いわけじゃないし、戦えないわけじゃない。かと言って、ザーノと充分に戦える量かと言われると怪しい。


だけど、それでも戦わなくちゃならない。

勝てる見込みがなくても、目の前に世界を脅かす悪がいるなら、それから逃げる選択肢は勇者にはない。

俺は、勇者なのだから―――


「あのさ、一つ言うけど……」

「なんだ」


「勇者って言葉に、囚われすぎじゃないかな」


その一言、それが俺が動こうとする力を抑え込んだ。

勇者という言葉に囚われている。

ザーノの言ったその一言は、剣を持つ力を、立ち向かう勇気を、無くした。


俺は、旅に出てからずっとそうだ。

勇者だからしなきゃいけない、やれ、やるしかない。

そう思って、戦ってきた。

俺は勇者だから、この敵と戦って世界を救わなきゃならない。なんだよ、それ。

考えてみりゃ、あの日だって俺は行きたくて行ったんじゃなかったはずだ。圧に気圧されて、行けって言われて、だから旅に出た。


リアムと出会って、少しは勇者としてじゃなくて人として何か成せるかって期待していたけど、その望みも絶えた。パッチンやサユリ姉さんといるときは確かに勇者の使命を忘れて楽しく過ごせた。

けど、今じゃそのパッチンとサユリ姉さんも旅の一部になってる。

常に、勇者という言葉の呪縛が俺を苦しめている。


勇者ってなんだ。昔の勇者が強くて、世界を救って、そうゆう奴だったから次の勇者もそうだって……?

なわけないだろ……俺はただの人だ。

特別な力を持ってても、それはただ勝手に誰かが選んだだけで、俺が望んだわけじゃない。


いじめられてて、辛かった。

その状況をどうにかしたかった。

このフォルネっていう悪魔の名前が、俺を苦しめた。

なんで……なんで……

俺は、どうしたら…………


「立てやァア!!! クソガキが!」


「…………ぁ?」



フォルネが、自身の気持ちに疑念を抱いている頃。

ガストルは―――



残りの砲弾は、残り2発。

フォルネのやつ、エルフをぶっ倒したと思いきや仕留めきれてねーじゃねぇか。

ふざけやがって……


畜生、このままだと全員死ぬぞ……!?

フォルネの野郎、戦う気力がもうねーみてぇだし。

ガッケルはまだ前線に復帰できねぇのか!?


俺は無駄な争いに参加して、死ぬわけにはいかねぇ。

こんなくだらねー死に方してたまるかよ。

俺はエリグハス王国現国王 ガストルだ。

俺が死んじまえば、この国は終わり。


そんなの、だめだよな―――


だが、ここでガストルは一つの疑念を抱いた。

フォルネと同じように、物事の根本を変えるような疑念だ。


もし、この国から魔物が全部駆逐されたとして、

この国はどうなるんだ。


国民のほとんどが魔物になり、国の統制組織も壊滅した。今や、この国をまとめることはできない。

そもそも、まとめるほど人がいないのだから。


となれば、この国を復興すればいい。

だがこの国の復興に、一体どれだけの時間がかかる。

どれだけの人間がいる。

復興したさきにあるのはなんだ。

人の居ない空っぽの家が広がるだけじゃないか。


こんな国の王をやっていて、生き残っても、

なんの意味も、ない。


なら、俺は今何をすべきだ。

生き残ることじゃなく、他のことがあるはずだ。

この知識と技能を活かしてできることがあるはずだ。

考えろ、考えろ。


そう思い、城壁からフォルネ達がいる場所を覗く。


フォルネが、地面に倒れて泣いていた。

何故だ、何故泣く。

俺にはそれは分からない。


だが、覚悟を決めろ。

死ぬ覚悟で、戦え。


「すーーーっ」



「立てやァア!! クソガキがァア!!!」



そして、視点はフォルネへと移り変わる。


ガストルの声、何故ガストルが自分の命を顧みずに叫んだ。

アイツは、自分の命のことしか考えないような下衆野郎だったろ。


なら、なんで……


俺は、なんのために立つんだ。

誰のために立つんだ。

もう、分からない。


俺は一体、なんで戦う……


「もう、君に動く力はない。精神的な原動力を失った人間に、何かを成そうとする力は無いんだ。こんな一言で、あっさりと君は負けてしまった。僕の勝利だ、勇者フォルネ・ラリバーを精神的な死(ころしたのは)僕だ。やはり人間に一番効くのは痛みじゃなくて言葉だよ、ねぇ!!」


ザーノは高笑いをして、肩を震わせていた。

嘲笑い、自分の勝利に酔いしれて、そんなザーノを虚ろな目で見ることしか出来なかった。

人の不幸は蜜の味というが、ザーノにとってフォルネの不幸は蜜どころか快感すら感じるほどのものなのだろう。


ほぼ壊れた防衛拠点で、ガストルは汗を垂らしながらフォルネを観ている。

フォルネを視るガストルの眼差しは、濁っていなく、純粋な期待の眼であった。


「フォルネ……頼むぜほんとに。お前とガッケルの野郎だけが頼りなんだ」


その直後。

ザーノの目線が、フォルネから別の方へ向く。


その目線の先にあるのは、防衛拠点であった。


風よりも早く、ザーノが防衛拠点まで飛んだ。

その動きに、ガストルは直前まで気付くことがでこなかった。


「な……!?」

「どうもこんにちわ! エリグハス王国“現”国王ガストル・J・エリグハスさん」

「存じていただきありがとうございます……なんて事言う状況じゃねーのは明白だな」


ガストルの面構えは、やる気も生気もない数分前とは違って輝いていた。

なにかに没頭する少年のような、ただひたすらにまっすぐな顔だった。


「安心しなよ、僕は君を殺せない。君は魔神軍にとってまだ駒の一つ。それがどれだけ弱いものだとしても、今の僕にその駒を捨てる決断権はないからね」

「ま、確かに俺は駒だな。魔神軍が上に登るための足場だ。てめーらの最終目標のための、小さな駒」

「うん、御名答だよ! 僕たちの最終目標は魔王様が果たせなかった『世界統一』をすること。全ての国家を魔物中心として、この人尊魔卑の社会を覆す。その過程で、要らない人間は皆殺す。それが魔王様の遺した意思さ」


魔王の意思、それを達成するために魔神軍は動いていた。世界統一、つまり魔物による『支配』だ。

魔王は、人族を陥れ、支配しようとしていたのだ。


「ほぉ、随分とご立派な目標だな。……けど、てめぇらの目標が叶うことはねーだろ。なんでか分かるか?」

ザーノは声を出して笑った。

無邪気な少年の笑いである。

「ははは! あー、何を言うかと思えばそんなことか。人間風情が僕達の結末を予想するなんて、愚かだね。たかだか数十年生きただけのくせにさー?」

「だな。けどこれは予想じゃねぇ、確定した“結論”だ。そこんとこ、理解しろよ」


ザーノはこのとき、ガストルの心中を探るのを怠っていた。読心術は、任意の機会(タイミング)にて発動するものである故、使用者本人が発動させなければ心は閉ざされる。

このときのガストルの心は、完全に封鎖されていた。


「……どうゆうことだい? ちょっと僕には―――まさか」


そして、違和感を感じた。

ザーノの脳内に、一つの疑問が浮かぶ。

「この男は、何故こんなにも敵対的なのか。彼は魔神軍の支配下にあるんじゃないのか?」

と。

ザーノはその違和感を解消するために、読心術(テレパシー)を発動させた―――が


『ちょっと心読むの、遅かったな』


ザーノの背後に、何かの影が雷のような速度で現れた―――


「【魔神斬(まじんざん)】」


ザーノの背が、切り裂かれた。

鮮血が、血しぶきが木の葉のように舞う。


「なんで……お前が―――」

「あ? 誰だてめぇ」


身体から力が抜け、ザーノが地面に落下した。

落下の衝撃と斬撃で、既に立つことすらできない状態となっていた。


薄ぼけた視界の中で、1人の男がこちらに歩いてくるのが見える。

聴覚は鮮明で、足音の一つ一つがはっきりと聞こえる。

温かく、ぬめりが強い液体が背中から溢れ出て止まらない。

これは、なんだろう。


「…………なんで、動け……」


「惨めだな。エルフ族のガキ」


男が、立っていた。

ザーノを見下すようにしていて、その眼光が鋭く突き刺さる。


「誰だ、よ」


「フォルネ・ラリバー……の中にいる悪魔(鬼神)だ」



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