通過点
一瞬にして、現れたガッケルに
場は静まりを忘れた。
「ガッケル……? お前、来てたのか」
「フォルネ! 生きてたのかァ! どういう状況だ?今ァ!」
「どうゆう状況って……そっちがどうゆう状況だよ。そんなに焦って」
この場にいるもの全員が、戸惑った。
「いや、ハサドが……」
「ハサドがどうしたんだよ。さっきからここに居るぞ」
ガッケルの視線の端には、確かにハサドがいた。
先程のボロ雑巾のような状態ではなく、素のままの……
「なら……さっきのはなんだァ?」
頭を抱えるしかなかった。
ガッケルの頭の中では、ハサドは2人存在していることになっている。
「さっきの……? ガッケル、お前一回落ち着けよ。ほらこれ飲め」
フォルネが差し出したのはカップに入った茶だった。
そういえばツッツが居ない。
どこに行った?
「ツッツ、どこだ?」
「ツッツって、あのハサドの仲間の奴か? そういや見てないな」
その時である。
ガッケルの胸を、一筋の光が貫いたのは―――
光が差す方向にあるのは、山のように巨大な何かである。
だが、ガストルはそれを知っている。
あの“何か”の正体を。
幼少期から、彼は世界の歴史や古代技術など、エリグハス王国が所有する重大な情報を脳に焼き付けられていた。
もちろん他言は出来ず、ガストルが関わることが出来たのは深い血縁関係がある者だけである。
それ以外は厳重な管理をされた。人格が歪んでしまうほどに。
その中で学んだものに、フォルネが使おうとした【癒神帝】もあった。
あれは本来、古代魔法の一つで、その使用方法や技術どころか存在を知るものすらいないとされていた。
そして、あの山のように大きな何か。
それは―――
「旧魔王城かよ……!」
旧 魔王城
魔王城は確認できる限りでは2つ残されている。
1つ目は約100年前 魔王ネルフォルが住まった魔王城
(新魔王城)
そして2つ目が観測できないほどの古来に建設された魔王城。
それが旧 魔王城である。
一説によれば、邪神ダガーによって世界が魔物と人族の2つに別れたと言われている。
「おい、ありゃなんだよ。なんか知ってんのか? ガストル、おい。返事しろよ!!」
ガストルの怒号が轟く。
「ガキ黙れ! ハサドとかいうやつみたいに、少しは静かにしとけ……今の状況かなりやべーんだよ。旧魔王城は手入れもなんもできないくらい魔の気が強いんだ。そんなもんが突然、テレポートしてきやがった……どうゆう意味か分かるか?」
「分かんねぇ」
「生き残った魔物共、新たに引き寄せられる奴ら。そんな奴がぞろぞろ現れる。今回の規模は、確実にさっきより大きい。被害は国全体、いや全世界にまで及ぶ可能性だってある。そんぐらいやばいもんが、人里に降りてきちまったんだ……」
ガストルが言ってる事が本当なら、これはかなり不味い事態なんじゃ……
さっきよりも大きな規模なら、突破するのは不可能だ……! ガッケルの機転があってこそ、あの特攻は成せた。だが、いくら傷が完治したとは言え失われた魔力までは戻らない。
ガッケルはそもそもの魔力量が多い方ではないのに、落下の際にかなりの魔力を消費していた。
杜撰な魔力操作が、元々少ない魔力をすり減らした。
しかもガッケルのやつ、無駄に【虎脚の如く】と【速赤神雷】を併用して使いやがった。
確かに強力な合わせ技だが、その分かかる負荷も大きいはず……! となれば、さっきのような特攻作戦は叶わない。
こっちにはもう、大技なんて残っちゃいないっての……!
「…………戦闘態勢に入れ。タリスとかいう奴も連れてこい、今は戦力になれば誰でもいい。数が欲しい、こっちは数があまりにも少なすぎんだ」
やるしか無いのかよ。こんな勝ち目もねー試合に、命張って戦う……まあそれが勇者ってもんなのか?
いや……ここは勇者としての通過点にすぎない。
そうだ、思い出せ。俺が旅に出た意味を。
世界を、魔の支配から取り戻すためだろ。
なら、こんなとこで引くわけにはいかない。
ゼロだろうと、アリティムだろうと……
全員ぶっ倒して、さっさと帰る。
そして、サユリ姉さんとパッチンも必ず見つけ出す。
「俺が先頭を切る、後方支援を頼んだぞ。ガストル」
「あぁ? ガキがあんまり調子に乗るなよ。ここは全員で陣形組んで数減らしてくしかねーんだよ」
もう時間がない。
旧魔王城から昇り立つ魔の気。禍々しくて、今にも目眩がしそうな気持ち悪い気だ。
けど、怖くない。
今はただ、剣を振るいたい。
城の窓を突き破り、身体に硝子の破片が付く。
硝子に反射して写る、大量の敵の姿。
「ガッケル。最近は、お前ばっか活躍してたな。たまには、勇者の俺にも出番をよこしやがれ……!」
自分に対する自信を最大限まで高める。
魔力を全開にして、一定期間最大の力を出力し続けることが可能になった。
そして、魔力量と感情の高ぶり、その2つの総量が限界値を超えた時、フォルネは―――
「【属性変化 灼焔】」
属性変化の、さらなる高みへと到達した―――
なんだ……? 頭の中に、急に灼焔の二文字が思い浮かんだ。
鬼神、お前なのか?
属性変化の進化、これが覚醒。
「よし、全員焼き尽くしてやる……! かかってこい!」
ガッケルには超再生がある。
あの光線でくたばるほど、軟でもないはずだ。
絶対的な信頼を置いているから、ガッケルの処置はガッケル自身に任せる。
なら俺は何をするか、今できるのは
戦うことだけだ。
―――
同時刻 タリス
ガッケルは瞬く間に飛び去って消えてしまった。
あれがガッケルの最高速度か……恐ろしいな。
あんなものが飛んでくれば、死は免れられないだろう。
今私にできることはなんだ? ハサドを弔って墓でも作ってやることだろうか。
戦うことか?だが【終いの鎮魂歌】には、あまりにも制限が多すぎる。
神術はまだ謎が多すぎる。解明されていないことのほうが多い。当たり前のことだ。今この世界にいる神術使いはバヴァリアンと私……
終いの鎮魂歌も、最初はこんなに制限の多い能力ではなかった。
だが、威力や効果が無いに等しいほどに弱かったのだ。
いつの間にか、戦いを見ていく中で威力は強化された。
そして、その対価に私の身体は蝕まれ支配された。
神術に……
「ハサド……一体、何があったと言うんだ」
もう、何を問いても声が返る事はない。
その現実が、胸を締め付ける。
ハサドとは正直、会ってからそこまでの時も経っていない。それに、最初は我々から金品を奪おうとしたりする下衆な奴だった。
だが、少しの間は仲間だった。
決していい奴ではなかった。だが、やはり悲しいものは悲しいな。
だが駄目だ。こんなところで立ち止まっていては、これからの戦いで歩けなくなる。
死体の数だけ、歩みを止めてはならないんだ。
そう思い、私は足を踏み出した。
ハサドの焼死体を背に向けて、冷たい大理石の上を進んだ。
元は美麗であったはずのエリグハス城は、壁が崩れ日が差している。
その明るさが、この静まりかえった城を少しだけ賑やかにしてくれているような感覚があった。
次に向けて、ガッケルが飛び去った方角へと足を進めていると物音がした。
動物だろうか。
何かが能動的に動いた音だ。
私は、興味本位で後ろを振り返ってみた。
そこにあったのはやはり、ハサドの焼死体だけである。
気の所為かとも思った。だが、私は一縷の望みに賭けた。
ハサドがまだ生きている可能性が1%、0.1でもいい。
あるのなら、救いたい。
私はハサドを背負い、一息ついた。
私は周囲に敵がいないことを確認するために、【終いの鎮魂歌】を発動させた。
その手の中、敵がいなければ何も出てこないはずのこの能力が反応した。
【模型】が生成されたのだ。
その模型の姿形は、今背に居る〝彼〟と瓜二つであった。
「……! 遅れ―――」
背中に、鈍い痛みが奔る。
生暖かく、体内と体外が一本のトンネルでつながったように、外気が一気に体内に入り込んできた。
寒いけど、暖かい。この矛盾を考える余地も無く、私は倒れた。
けたたましい笑い声が、遠くなった私の耳に届いた。
狙われたのは膵臓だろうか。
いや腎臓かもしれない。
そんなの、どうだって良いか。
さっきまで、暖かかったのに……
いまはとても寒い。
血液が出ていったからか。
さっき、魔法を使ってしまって魔力はもう一滴も残ってない。
うっすらと、何か聞こえる。
「―――この国に入って来た時から、全員ころすつもりだった―――」
この声は、ツッツ…………という名の男だろうか。
あまりハサドほど関わりはなかったが、まさか彼が裏切り者だったとは………
状況から考えるに、魔神軍の手先か何かだろう。
山道にいた暗殺軍団の奴らも、実際は魔神軍から王、王から依頼を受けて行った。
と、こんな事を考えている内にもう思考が回らなく………
最期に、私にできることはなんだろう。
私は最期の力を振り絞った―――
「ふぅ、やっとくたばってくれたぜ。この女気が強いから苦手だったんだよ。まずは1人、か。そういや、上から殺す時は完全に燃やせって言われたな……従わないと俺が殺されそうだし、燃やしとくか!」
ツッツの指先で、小さな炎球が燃えていた。
パチパチと小さな音を鳴らしている。
指先から、タリスの肉体に燃え移り一瞬にして全身を炎で包みこんだ。
「うーし! 任務まずは一つ達成! これで12金とかうますぎるぜぇ!!」
ツッツが、両手でガッツポーズをした途端。
ポキリ、と首が落ちた。
床に落ちる、生首。
滴る血。
首が折れる瞬間はまさに、模型のパーツが壊れる時のようであった―――




