速
――ガッケルが目覚める少し前――
「癒神……帝。あ、あぁ……!」
涙が出る。
俺は無力だ。目の前で死にゆく仲間を助けることも出来ないのか。
ホントに、最悪の勇者だ。
フォルネは拳を血だらけにしながら、地面を殴る。
地が凹んでも、ずっと、ずっと。
「あ……ぁあ!」
フォルネが嘆く。
その声で、異変は起きる。
ガッケルの身体の傷が全て治っていく。
髪も再生され、焦げた肌も治って普段の肌に戻る。
それは、わずか数秒の間に行われた事だった。
「……おはよ―――」
「…………」
ガッケルが、おきあがった。
なんで? どうして。
いや、今はそうじゃないだろ。
「よかった。ガッケル」
俺の不安は、一瞬にして消え去った。
「おう! 俺は元気だ!!」
「なら良かった。ガッケル!」
「相棒って言っても良いんだぜェ? 俺らはもう相棒だろッ!」
「ははっ、そうだな。俺達はもう、相棒だな。じゃあ改めて……」
「よくやった。相棒」
「これからも俺に任せろよな。相棒!」
魔物達は爆発でやられたのか、それとも退避したのか。
あの爆発の時、知能の高い奴らは逃げようとしていた。
もし生き残ることが出来ていたんなら、まだ敵は残ってる。
でも無理に倒す必要は無い。
今回はこっちが狙われたから、倒しただけだ。
もし魔物から人間に戻す術があるなら、なるべく殺さない方が良いだろうしな。
「フォルネ。私はハサドとツッツを呼びに向かう。少し待っていてくれ、すぐに終わる」
「分かった。俺達は一旦城の中に戻る、良いよな? ガストル」
煙草を吸っていて聞いていなかったのか、ガストルは戸惑った。
人差し指をピンと立て、「もう一度」と言わんばかりにウィンクをした。
「城の中、戻っても良いかって聞いてるんだ。あんまり調子乗るなよ」
「うお、怖えぇ。勇者様がキレると勇者パワーで殺されちまうからな。気をつけねぇと……お、この煙草案外いけるな。普段のと違うのに」
コイツには、後で必ず報いを受けてもらう。
絶対だ。
調子乗ってられるのも今のうちってことを身に沁みさせてやる。
「俺の身体、どーなっちまったんだろォ。傷が瞬時に治ってく……見たことねぇよ。こんなの」
ガッケルが、自分の手の甲を見て呟いていた。
ナイフで切り傷を入れても、すぐに治る。
「自動回復とか……俺にはもったいねェよなァ。元々頑丈だから、そんな攻撃効かないし」
「いいだろ。回復魔法無しだから、常に戦い続けれるぞ?」
「まあ、そうだけど……ちょっと怖いんだ。なんかもう、人じゃねェ気がしてさ。これがなんかの薬とか、人がこの力を作ったんならまだ良いんだ。でも、これが自然に現れた力なら、それは人の域を越えてると思う。それはもう、魔物とか……」
壁に、ナイフが突き刺さる。
ガッケルの首の真横だった。
「バカな事を言うな……!」
タリスが戻っていた。
額には、汗が数滴溢れ出ていた。
その顔は、冷静でたまに怒る。
そんなタリスから出るとは思えない。
“悲しみ”の顔だった。
「お前、なんでそんな顔……」
「ガッケル。 少し外すぞ、来い……!」
襟を引っ張って、無理矢理部屋の外へ連れ出されて行った。
「状況がわかんないんすけど、何があったんすか? フォルネさん」
「そっすよ。タリスさんなんで……」
「いや俺も分かんないんだ。なんか言っちゃいけない事でも言ったんじゃないか?」
◯ ◯ ◯
「お前なんだよ。急に」
「その力の事だ。その力、とても便利だな?」
「まだちゃんと効果みてないから分かんねェけど、便利だな」
タリスは革のソファに腰をかけた。
良い革が使われているのか、座り心地は良さそうだ。
ガッケルも、ソファに座った。
「ガッケル、さっきなんて言った?」
「さっき? んー、なんだっけ……」
「自分のその力……魔物の力と言ったな? 」
「あ? あァ……言ったな。それがどうした」
「私は、その力の正体を知っている……」
その力、自動回復の事だ。
俺に突然現れたものなのに、何故タリスは知っているのだろうか。
「それは……魔物の力などではないのだ」
「じゃ、なんの力なんだよ」
「言っておくが、ガッケル。君は魔物の血など引いていない。立派な人だ」
「なら、良かったよ。俺ちょっと不安でよ……魔物の血引いてたとしたら、周りが離れちまうんじゃねェかって」
「安心しろ。フォルネも私も、他のみんなも君からは離れない。死ぬまで一緒だ」
タリスは、とても柔らかく笑っていた。
「簡潔に言うと、ガッケルの力の正体は―――」
静かな城内に、不規則な足音が聞こえる。
足音と共に聞こえるのは、水の音。
水が滴り落ちる時の音。
「ん、なんだァ? あの部屋からは随分離れてるはずだよな?」
ガッケルの口をタリスの手が覆い被す。
「静かに……敵襲の可能性もある。私について来い」
タリスとガッケルが、物陰を辿りながら進む。
棚の陰、ゴミ山の陰。
そこから足音がする近くへと近づく。
「…………まさか……いや、そんなはず!」
タリスがガッケルの手を引き、走る。
それも足音の正体の方へと。
二人が近くに来た事に気付くと、足が止まった。
ボロ雑巾のような男だった。
「……あ、やっと見つけた」
力ない声で、そう呟く。
ガッケルが、その顔を見て驚いた顔をした。
それもそのはず、男は……。
「ハサド……てめェ!! どうした!!」
ハサドの肩を掴むと、ハサドは力なく跪いた。
全身は焼け爛れ、片目はどこを向いているのか分からない程に潰れていた。
「【癒やしの風】!」
タリスが最後の魔力を振り絞って出力した癒やしの風も、ハサドの完治には届かない。
「ダメだ。治んねぇ……嘘だろ」
「私の魔法技術と、魔力では届かなかった……ガッケル! 貴様の魔法でどうにかならないのか!」
「俺は無理だ! 魔法も身体能力を増加させたりするようなやつしか会得してねェ。ましてや回復魔法なんて、難しすぎて出来たもんじゃねェよ!」
ハサドが途切れ途切れ、言葉を発する。
「敵が……来た……ひと……り……」
「ハサド……! まだ息が……たった1人に、やられたのか? フォルネとガストルは……!?」
「多分生き……てる…………俺……もう……無理……っす」
ハサドの口から、赤い血が垂れ出る。
止まらない。血が、出続ける。
咳き込むと共に、血が顔につく。
その血液が、ガッケルの涙と混ざって濁る。
涙が落ちた時。
葉が落ちれば自身も死ぬという話と同じように。
ハサドが死んだ。
血液の涙と共に、昇った。
「…………こんな事が、なぜ起こる。フォルネが付いていながら、どうしてこんな事が起こったのだ……いや、私の注意不足か。ここは敵陣、やすやすと長話をしている場合ではなかった……! なのに……」
「悔やんでも、ハサドは戻んねぇ……なら、俺らにできんのはァ、ハサドを殺したヤツをぶっ殺す事だろーがァ!!!」
ガッケルは熱く燃え、さらに激しくなった。
血を握りしめ、その血が蒸発してしまうほどの高温を発していた。
「【虎脚の如く】+【速赤神雷】……!!」
ガッケルの出せる最高速度。
音速以上の速度で、目標地点まで向かう。
速赤神雷により、肉体全体の強度の上昇。
さらに脚に魔力を集中させる事で通常の約2.5倍の速度を出せることが可能となる。
それにプラスして、虎脚の如くは肉体全体の速さを2倍にする。
ガッケルは元々、速度に特化した戦士であった。
初対面のフォルネでは反応することが出来ないほどの速度を出し、感覚を遅らせた。
この脅威は、敵からすればまさに悪夢であろう。
移動した瞬間に、辺りの壁が崩れる。
異次元の速度で“あの部屋”へと向かう
かかった時間は、0.01秒。
「んで、何があった!!!」
戦士の到来である。




