START
「な、なぁ、お前ら一旦この空気やめよう。な?」
ハサドはピリピリしたこの空気を嫌がり、皆を静止させようとした。
だが、ハサド程度の力では到底この空気を戻すことはできない。
「なァんか怪しいな。ガストルさんよォ!」
「待て、一旦話を聞こう」
状況はかなり悪い。
やっぱり今の一言は余計だったか?
「良いから黙れガキ共……。俺はな、奴らから指示を受けてんだよ」
「奴ら? 奴らって一体誰のこと―――」
「魔神軍に決まってんだろ。俺が逆らえないのはそいつらくらいだ」
魔神軍……? なんで、なんの目的があって、エリグハスに対して連絡をしたんだ。
そういえば、魔神軍の目的について考えたことはなかった。
奴らはこれまでなんの目的があって、活動してきたか。
おれは勝手に、魔王の意志を継いで世界を滅ぼすことだと思っていた。
だが、そんな単純なことじゃなかったのかもしれない。
奴らの目的が、破壊ではないとしたら。
エリグハス王国という国を失えば世界の均衡は崩れる。
世界中が無法地帯になる。
最も力を持つエリグハスが敗れたのなら、他の国も他国との戦争を始める。
そうなれば、もはや魔神軍だけで止めるのは難しい。
だからストッパーとして、エリグハス王国を置いているんだ。
『世界を統一する』。それが奴らの目的?
だとするなら、ザリバームでの出来事も納得いく。
奴らがなぜ、一時的にザリバーム帝国に居座ったか。
それは手始めに、最も国民の統治が簡単そうなザリバームを選んだのではないか。
武力だけで解決するわけじゃない。
「なあ、ガストルさん。あんた……」
「何も言うな。俺は奴らに生かされているようなもの。俺だけがこうやって生きてるのも、この部屋にだけ結界を張ってもらったからだ」
「教えてくれ。あんたは奴らの味方なのか?」
俯いて、ポケットの中から1枚の紙を取り出した。
無言でそれを開き、突き出す。
【暗殺依頼 リアム・パリア及びフォルネ・ラリバーの殺害。その近くにいる者の殺害。
報酬 100金 依頼者 ガストル・J・エリグハス】
言葉が出ない。
そこに書いてあったのは確かに俺とリアムの名前で、依頼者は今目の前にいるやつだった。
どうにかなりそうだ。
今すぐに、目の前にいるこの腐った野郎を殺したい。
例えあいつらに脅されてたんだとしても、俺は許せない。
刀矢もそうだった。俺はあいつと戦って少しはわかったが、でも許すことはできない。
もちろん。こんなのを依頼した魔神軍共も、全員。
「あんたはこれを魔神軍に依頼されたのか? そうじゃないのか。どっちだ」
「魔神軍が……金のある俺の国に頼んだんだ。結局人は金で動くからってな」
それはそうだけど、だからって……。
俺は手に魔力を込めていた。
炎が、俺の手を赤く照らさせる。
「あんたなら、エリグハス王国の力なら……。魔神軍の命令に従う必要なんてなかったはずだ! 軍隊を用意して、そしたら奴らを制圧することだって……できただろ」
「あぁ、出来た。だが、しなかった」
「なんでだよ……。教えてくれ、ガストルさん」
ガストルは眉を潜めて頭をかいた。
ぐしゃぐしゃになった髪の毛が絡まり、不格好だ。
「あぁ、仕方ない……。お前はさっきから殺気剥き出しだし、他の奴らもいつでも攻撃しようとしてきやがる。こうなったら、もう言うしかねぇだろ」
「あぁ、今お前にできるのはそれしかないんだ」
「ちっ……。エリグハス王国の建国理由は知ってっか?」
そのことについて、この中の誰もが頷かなかった。
「ま、そりゃそうか。国家機密だもんなぁ、じゃあこの事は他言無用で頼むんだが、エリグハス初代王は魔族なんだ。
というか、エリグハス王国自体、元は鬼族って言われる種族の国でな。そんで時が経つにつれて人間の方が多くなった。
でも当時はそこまでデカい国じゃなかった。このへんでは少し有名程度の知名度さ」
「じゃあ、なんで今みたくデカく……」
「そりゃ魔王軍の助けがあったからだ。あいつ等が手助けしてくれたおかげでこの国は世界一になった。その代わり、ほぼ全ての権利は魔王軍にあるってことになったけどな」
「は? ちょ、何言って」
理解ができなかった。
エリグハス王国が、まさか魔王軍と繋がってたなんて―――
ガッケルは歯をガタガタ揺らせ、拳を握りしめた。
「くッ……ぅ―――テメェ、何言ってんだよォ! 魔王軍と繋がってんなんて、あいつらは多くの人を―――」
「なぁんも事情分かってねぇガキがガタガタ抜かすな。俺は直接魔王軍とは関わっていたわけじゃねぇ。いや、今は“魔神軍”か」
あまりの衝撃に、俺はあまり話を聞けなかった。
「てことで、残念だがお前らに船は渡さねぇ。渡したら俺の命が危ないんでな」
「ンならァ! 力ずくでも奪い取ってやる……」
ガッケルの拳に、薄く赤色の魔力が立ち昇る。
沸騰するかのうように、血液が煮えたぎる。
「…………。ガッケル、私はその考えにはあまり乗り気ではない。確実に手に入れるのが先決だろう? 何しろ、魔王の地に行くためには頑丈な船が必要不可欠。ここは話し合いで解決――― ? この音は……」
地響き。
揺れて揺れて、棚の酒瓶が落ち割れる。
魔物共だ。
「まさか、来やがった……。おい、お前ら! 一旦協力だ。いいな?」
この焦りよう、まさか……。
コイツも魔物には襲われるってことか。
知能のない奴らには、アリティムの命令なんて耳に入らない。
なら、これは絶好の好機なんじゃ……!
「てメェとは協力しねェよ。俺達だけで、魔物は殺す 」
「ガッケル、俺らだけじゃ乗り切れるか分からない。“一旦”協力してもらうぞ」
「そうだ。流石勇者は理解が早い」
「黙っていろ。貴様はただ、我々の邪魔をせずに魔物を殺せばよいだけだ」
城の窓から見える景色は、一面魔物の群体で埋め尽くされていた




