鬼神
―――かつて、鬼族と呼ばれる種族が居た。
鬼族は他の獣族や人族に比べ、圧倒的に逞しい身体と強さを持っていた。
顔には歪な模様が刻み込まれ、肌は赤く、そして牙は鋭い。
誕生したばかりの頃は、野獣と言っても過言では無いほどに傍若無人で、他種族からも嫌悪されていた。
だが、鬼族にとっての転機は突然訪れた。
傍若無人で、乱暴な気性は緩和された。
そのような成長を促したのは、
二代目鬼王の言葉だ。
「我々が生まれ持つこの力を、他を傷つけるために使ってはならぬ。使うのは他を救うときのみだ」
この言葉を基本とし、鬼族全体は急激な発展を遂げた。
鬼族の弱点であった低知能という点は発展に伴い薄れていき、ついには知力、力共に頂点へと立った。
だが、頂点に立てば僻みが出てくるのは当然の事。
以前の鬼族を知る者達は皆こう言った。
「鬼族は悪魔の種族だ」
一時的にその噂は広まり、鬼族の評判は落ちた……。
だが、時が経ちそれも薄れていった頃―――
十代目鬼王に息子が産まれた。
この子はこれまでの王家とは異なる点が1つあった。
それは、顔の模様である。
その子だけが、顔の模様が歪であったのだ。
これまでの王家は皆、美しく整った模様であったのだ。
それだけならまだ許容範囲。
外部には隠しきれる程の事。
だが、隠せない事が一つあった。
それが肌の色。
鬼族は赤い肌が特徴的な種族。
時が流れてもそれは変わらない。
だが、その子はただ一人。人間と肌の色が同じだったのだ―――
◯ ◯ ◯
鬼王城 王座の間。
「貴様は死罪に値する。出てゆけ!!!!」
パチンと、乾いた音が鳴り響く。
床には血液が滴り、女性の泣き声も聞こえる。
ここに居るものは、ある一人を除き皆“赤い肌”であった。
ここは鬼王家。鬼族全体を仕切る為に生まれた王家である。
だが少し前、鬼王家にある波紋が走った。
それが息子である―――様の誕生だ。
これまでの習わしを覆す異端児が産まれ、王は悲しみに暮れた。
肌は赤ではなく、顔の模様は歪。
認めることが出来なかった。
自分の遺伝子から、このような屑が産まれた事を。
そこで王が考えたのが、全てを妻のせいにする。
ということである。
妻は人間との子を作り、それをあたかも王の子のように見せかけた。
そんな事だ。
そして、今。それについての話し合いをしている途中に王の怒りが爆発し、妻を打った。
王は息を荒げており、妻は地面に横たわって泣いていた。
「お、王!! それは……」
「黙っていろ! 貴様も殺すぞっ……。この私からこんな屑が産まれるはずがないんだ……。コイツのせいに決まっているっ!!!」
「アーベルさん……わたくしはあなた一筋で、これまでっ、過ごしてきました。気持ちが移り変わることや、自分の欲を満たすためにあなたを裏切る事などありえません……!」
「う、うるさいッ! 口ではなんとでも言えるさ。確かに、お前がこの城から出る時は常に護衛の者がついていたから、外で会ったとは限らん。だがな! 護衛の者と……という可能性もある!!」
「絶対にありえません。本当に、私の命に誓って……お願い。信じて……」
涙をポロポロと落とし、妻 エリナーラは絶望していた。
自分は一途に愛していたのに、こう疑われ、殺される日が来ることに。
「も、もう良い。処刑だ。晒し首にしろ。親子共々な!」
それを聞き、皆騒然とした。
護衛の騎士も、エリナーラも皆……。
だが、鬼王は鬼族で最も権力を握る者。
彼に逆らう事など、誰も出来ない。
処刑の日は突然だった。
その日は大雨で、雷神が怒り狂っていた。
王は厚手のマントを身に纏い、牢獄に入れていたエリナーラと息子を連れ出した。
エリナーラのハリのあった肌や美貌。 透き通るようなさらさらの髪の毛は見る影もなく、痩せこけてボサボサの髪の毛を垂らしていた。
「さあ、ここに立つんだ」
エリナーラと息子は、大きな高台に立たされた。
雨風が酷く、体力の無い2人は今にも飛ばされてしまいそうであったが、ふくよかな肉体を持つ鬼王には飛ばされる気配すらない。
この高台は、いわゆる「処刑台」。
本来は重罪を犯した者を晒し殺す為に使われるものだが、近年では処刑の際に晒す事はやめは、この場所は知る人ぞ知る曰く付きの場所としてしか知られぬようになった。
だがそんな場所に、彼女達は立っている。
設備が古く、今にも板が崩壊して落ちてしまいそうだ。
下には処刑台を求めて来た者達が居たが、皆揃ってこちらを奇怪な目で見る。
それもそのはず。
ここはもう使われていないはずの場所なのだから。
「こほん……。今ここに立つ女子供は、この私“アーベル”を裏切った者共だ! そして今、それに対する罰を与えるゥ!!」
ざわつく人々。だが、その言葉はエリナーラには届かない。
豪雨が言葉をかき消してゆく。
雨水と共に、言葉も流れ消える。
「…………ごめんね」
涙も雨となり、謝罪の言葉も子には届かぬ。
そんな残酷な事。
その直後、強張った背中を思い切り押され、高台から2人は落ちた。
風と雨を纏い、落ちていく。
「ごめん……ごめんねぇ」
私はなんて愚かなんだ。
何も出来なかった。
まだ幼いこの子を殺してしまうことになるなんて、私は親失格だ。
なぜアーベルさんは怒ったんだろう。
いや、当たり前だ。
自分に全く似ていない子供が産まれて来たら、疑うことなんてある。
だけど、信じてほしかったな。
私はこんなにも、愛していたのに。
この子を抱きしめて、そのまま死にたい。
そう思った時。
雷電が高台を撃ち下ろし、周囲の雨が一箇所に集まりクッションのようになった。
そのクッションに落ちた私達は、そのまま地面に優しく着地した。
生き残ったことに安心しながらも、焦げ落ちた高台に目をくばせると、先程まで私達が立っていた場所には焦げた何か。
そう、アーベルが死んでいたのだ。
突然の落雷により、死んでしまったのだ。
「ど、どうゆうことなの……?」
突然の現象に、エリナーラは呆然としていた。
自然現象ではあり得ないこの事象は、“魔法”を使って行われたとしか考える事ができない。
だが、エリナーラは初級の治癒魔術を使える程度で他は使えぬ。
ならば、周囲に居た人々か。
そう考えるのが妥当なのだが、エリナーラは全く別のことを考えていた。
「あなたが、助けてくれたの?」
齢1歳半の自身の子を抱きしめ、問いかけていた。
それが、後に鬼神と呼ばれるものの話である。
「…………貴様、今鬼神と言ったか」
「あぁ、嘘偽りは無い。俺は鬼神だ」
「まさか、再びその名を聞くことになるとは思わんかったぞ」
「魔王が殺られて、お前が一番になったらしいな。ちょっと調子乗ってるんじゃねぇか?」
「な、なァ! 一体何モンなんだよ! それはフォルネの身体だぞッ」
ガッケルが立ち上がり、拳を構える。
「ふん。貴様は寝ていろ。【風斬千―――」
アリティムの指先がぽとりと地面に落ちた。
とてつもなく速い斬撃が、魔力を決める前に切り落としたのだ。
「待て。ソイツは俺の仲間だ。死にたくなきゃ、さっさとここから立ち去れ」
「随分、余裕そうだな」
「まぁな」
「どっちにしろ。今戦うつもりも無かった。最善の状態で戦おう。“ドーン”の肉体も万全ではないしな」
ドーン。
その名には聞き覚えがある。
確か、フォルネが前に助けようとした人の名前だ。
でも、敵組織に連れてかれちまったとか。
敵組織って、魔神軍の事だったのかよ。
「ドーンだと……? おい。ドーンで何するつもりだ。お前」
「それは言うことが出来ないな。なんせ、計画は始まったばかりだからな」
アリティムが地面に手を突き刺すと、辺り一面が青く輝き初め、巨神とアリティムの身体も蒼白く輝き出した―――
「な、なんだァ!? あれ」
「くッ、転移魔法か。阻止しないとまずい―――」
鬼神の拳が、アリティムに追突しそうになった瞬間。
アリティムと巨神の身体はすぐさま消えた。
「間に合わなかったか……。だが、まあ良い。奴らの転移先はあらかた予想がつく」
「……そんで、聞きてェ事があんだけど」
「なんだ?」
「あんたはなんでフォルネの身体使ってんだ? それに、アリティムの野郎と何かしらの関わりがあるみてェだし。俺には怪しいとしか思いようがねェ」
鬼神が地面に剣を突き刺し座った。
「そうだな。教えてやる」
そこから彼が話したのは、自分のこれまでの話だった。
「俺は鬼族と呼ばれる種族だった。その頃、他には人族 獣族 エルフ族とかしかいなかったな。俺は何故か、周りとは違う見た目だったから、迫害されてよ。一回王に殺されそうになったんだ」
「ちょっと待て。俺は鬼族なんて種族聞いたことがねェ。それいつの話だ?」
「分からない。だが、随分昔だ。まだ魔物が居なかったからな。じゃあ、続けるぞ」
魔物が居ない……。そんな時代があったなんて、信じられねェ……。
「けど、俺には力があった。幼子の時からずっと。莫大な魔力、筋力、頭脳。まだ餓鬼の俺は力を制御出来ず、雷を王に向けて落としたんだ。王は死に、俺は族の中で最強となった」
「そこから俺は上に立った。鬼族、いや……全ての。だが俺は……死んだ。寿命だ。で、ある能力に気付いたんだ。それが―――」
その時である。
彼らが到着したのは。
「エリグハス王国親衛隊隊長。【ハサド・ボレス】。ただいま到着いたしました」
エリグハス王国の者達の到着だ―――




