静寂の市街地
ガッケルの登場で、戦況は一気にひっくり返った……。
俺とメアリーさんとガッケル。
幸い、魔物一体一体のレベルはかなり低い。
このまま攻めれば勝てる。
それに、さっきより数もだいぶ減ってる……。
「しんど〜。ちょっと手痛くなってきたんだけど……」
メアリーが手をぶらぶらと揺らしている。
疲労で手が痛み、動きに鈍さが生じている。
だが、メアリーが魔物から目を逸らした途端。あるものを目撃する。
「……え? なにこれ」
メアリーが目撃したのは、後退して行く魔物達の姿であった。
先程まで自分達を捕らえようとしていた魔物達が、見向きもせずに反対方向へと移動しているのだ。
「フォルネ君。ガッケル君……これってどーゆう状況?」
「分かんねェ……。なんかに吸い寄せられてるみてぇだ」
おかしい。好戦的だった魔物達が、一斉に俺達に見向きもせず去って行く。
誰かに操られてるのか?
こんな大量の魔物。
一体どうやって操っているってんだ。
種類も全く違う魔物同士が、同じ方向に。
ガッケルが言ってた「吸い寄せられてるみたい」ってのも有力だな。
こんな一気に操れる力を持っているとしたら、考えうるのは……。
【ゼロ】。
考えすぎか? あいつに関しては謎が多い。
全く分かっていないことばかりだ。
いやいや、それは今じゃないだろ。
今はパッチンやサユリ姉さんの安否を確認しないと……!
「サユリ姉さぁーーん!!! パッチーン!!! どこだーーーー!」
返事は無い。
あの大群に流されて、何処かへ連れてかれてしまったのか?
早急に捜さないと、大変な事になる。
パッチンもサユリ姉さんは、俺達冒険者と違って戦闘技術が無い。
基礎的な技術はあっても、あの大群に対抗は出来ないだろう。
「エミリー。一回馬車に戻って、タリスとエル。後馬に回復魔法をかけて、再起を図ってくれ。馬車自体を直すのは、難しそうだな……。なら、ガッケルと俺がこの街を探索して、新しい馬車と2人を探そう」
「了解! 絶対にどっちも見つけ出す!」
「うちも絶対“ここ”。守るよ!」
エミリーは馬車に向かって走り去り、治療を始めた。
そして俺とガッケルの2人は静かな街に向かって歩き出した―――。
―――同時刻 ゼロは―。
「魔族の恥と呼ばれた者よ。我に何の用だ?」
古びて埃が被っている玉座に居座るゼロにひれ伏す青肌の男。
「旧友に対して、その対応は酷くないか? ゼロ」
ゼロはそう言われると、軽く口角を上げて青肌に対して言った。
「ふっ、旧友か……。貴様の旧友は我ではない。それは“零”であろう?」
「確かに。そうかもな。まあ、今日はそんな話をしにきた訳じゃなくてな」
青肌はかしこまってゼロの前に立って言った。
「俺の息子は……今何をしている?」
ゼロはそう言われると、少し黙ってから青肌に問う。
「…………。何故一度捨てた子を気にする? どうでも良いから捨てたのだろう?」
「まあ、そう言われればそうなのだが。最近、自分の子と同姓同名の者の名前を聞くようになってな。気になったんだ」
ゼロはこれを言うべきか悩んだ後、気だるそうに言った。
「まあ、1つ言える事があるとすれば、お前の息子はお主が思っているほど立派に育っては居ないという事だ 」
「そうか。なら良いんだ……。じゃーな。また来るよ」
――――
「にしても……あまりも静かすぎねェ?」
2人は近くの街に来ていた。
魔物の襲撃も終わり、少し一段落。
だが、未だにパッチンとサユリは見つからない。
この街にも、2人は居ない。
そう思わせるような、気味の悪い空気感と静けさが、この街にはあった。
先程までの騒がしさがまるで空想であるかのようだ。
この有様。
一言で表すんなら、“抜け殻”。
何かが居た形跡はあっても、そこには痕跡しか無い。
「おい。あれ見てみろ」
ガッケルが指差す方を見ると、八百屋があった。
何の変哲もないただの八百屋。
だが、そこには違和感があった。
「服だけ……?」
地面に転がった、店の名前と同じ文字がプリントされているエプロン。
恐らく、この店の従業員のものだろう。
この街の人々の姿が、頭の中に浮かぶ。
接客をしている従業員や、少し値上がりした野菜を買うか悩む主婦。
だが、そこにはその姿は無かった。
抜け殻だけだ。
不気味すぎる。
こんな事、あるのか?
一斉に人々が失踪するなんて。
エリグハス王国内で、こんな……
「あ、あの。すいません」
――――!!
咄嗟に剣を抜き、飛び上がって屋根に上がる。
ガッケルも同じく、俺から見て右横の建物の屋根に上がっていた。
「誰だ……!? この街の住人か?」
「あ、えっと……すみません。あ、あ……」
…………。
俺は相手を観察して、彼に敵意が無いことを確認すると直ぐに屋根から降りた。
「ごめん。ビックリしたよな。俺はフォルネ。君は?」
手を差し伸べ、微笑む。
そうすると彼は嬉しそうに手を取った。
「あ! あの。僕はピルク、です。魔人と人のハーフ? ってやつで、急にお父さん以外みんな魔物になっちゃって、それで――――」
その言葉を聞いた瞬間。
直ぐに分かった。
彼は――――。ピルクはこの騒動を解決する上で、重要な存在だと。
「とりあえず、どこか中へ入って話そう。魔物が来るかもしれないしね」
こうして、2人はピルクの家へと案内された。
木製の戸を開けると、簡素な部屋が広がっていた。
部屋の奥には、粗末なベッドが一個あり、その上には緑色の肌の男が眠っていた。
息を荒くし、緑色の肌も少し火照っている。
「ピルク。あれがお父さん?」
ピルクは答えた。
「は、はい。みんなが魔物に変わった時から、なんか変で……。突然唸りだすし……」
風邪……では無いよな。
タイミング的に、その“魔物に変化する〟現象が関わってると考えるのが妥当か。
「ピルクゥ。とりあえず、その“魔物に変わった”っつー話について聞かせてくれェ」
ピルクはそう言われると、古びた椅子に座って話し始めた。
「あ、はい……。あれは今朝の事でした――――」
今日は街が活気立っていた。
1年に一度の祭り 『空龍祭』が行われるからだ。
これは、歴史上初めて龍が目覚めたとされる日を祝して開催された。
ちなみにその龍とは、暗黒龍だ。
龍の姿に似た生物は幾千も居ても、純粋な龍は暗黒龍しか居ない。
僕は本でしか見たことが無いけど、実際に見てみたい。
黒くて艶のある鱗に、鋭い牙と爪。
血みたいな真っ赤な紅色の眼を持った暗黒龍。
あー、会ってみたいなぁ……。
でも、僕は今日も仕事がある。
お父さんの代わりに出勤だ!
お父さんは身体が弱い。
昨日から、少し身体の調子が悪いから仕事を休んでる。
けど、少しでもお金を稼ぐために僕が代わりに仕事に行くことにした。
「お父さん! ちょっと行ってくる……!」
父はベッドに座りながら自家製のスープを飲み、僕に手を降った。
「すまんな。行ってらっしゃい」
父は満面の笑みで、僕を送った。
だが、その父の笑顔はどこか不安そうだった。
多分、初めての仕事をきちんと出来るか心配なんだろう。
でも大丈夫だ。僕は凄い! だからお父さんよりも凄い仕事をするんだ……!
僕は胸を弾ませ、街へと飛び出した。
するとそこには、普段よりも活気立っている人々がいた。
八百屋の店主は、いつもより張り切って野菜を売っている。
そしてみんな、笑顔だ。
「ふふ……。みんないっつも笑顔だったらいいのに」
ピルクは頬を緩めて笑った。
ピルクが職場までの道のりを淡々と歩いていると、何かおかしなことに気付いた。
さっきまではうるさいほどだった人々の声が、不気味なくらいに聴こえなくなっている。
さっと後ろに振り向くと、そこには“誰も居なかった”。
居たのは、宙に浮かぶ巨大な龍のみ。
「あ、あ……」
言葉が喉に張り付いて、何も出ない。
動けない。
全身が強張って、カチカチになってる。
真っ赤な瞳で、こちらを見つめる龍。
黒く、鱗は少し赤みがかっている。
真紅の翼は、今にも人を切り裂きそうな禍々しさがある。
鼓動が早く、どんどんと早く。
なっていく。
足の力が一気に抜け、腰が地につく。
必死に後退りするが、進まない。
「【……魔族か。貴様は】」
「あ……は、あ」
「【まあ良い。死にたくないなら、みっともなく走り去れ。今すぐに我の前から立ち去るんだ】」
僕はそう言われると、一目散に路地裏へと走り、家へ向かった。
後ろを見るのが嫌だった。
聞こえてくる。人の唸り声。
瞼の外で起こっている出来事に、目を向けるのが怖かったんだ。
ピルクは安堵した。
目線を上げると、そこには見慣れた光景があった。
父は相変わらず寝ているが、それがまるで平穏な日常がまだ続いているという事の証明であるかのようであった。
カーテンは締めた。
これで、もう安心だ。
だが、それから10分程経った後、ピルクの耳に1つの声が届いた。
「開けてくれ。頼む、身体が痒い。痛い、骨が折れそうだあ゛ぁかゆぅいいたぁあ」
男だ。
男の声はだんだんと低く、鈍くなっていき、
ついには“魔物”のような声になった。
「はぁ……はあ」
頭が痛い。
もう何も、見たくも聞きたくもない。
そんな事を思った時、ピルクの父が目覚めた。
「う゛ぅ……。ピルク……か? どうしたんだ。忘れ物か?」
「うん。ちょっとね……」
違う。
違うんだ父さん。
忘れ物じゃない。
僕は、逃げて来たんだ。
でも、僕は悪くない。
僕は心の中で、そう唱えながら眠りについた。




