道草は終わり
土に血液が染み込み、紅くなる。
折れた木々からは虫が飛び出し、また別の木へと移った。
鳥は鳴き、仲間を引き連れ飛んでいる。
そんな光景が続く中、フォルネは倒れていた。
刀矢との戦いに勝利し、安心したからであろうか。
フォルネは剣を握る手すら無い。
傷口からは大量に血液が流れ出、いつ死んでも可笑しくない状態だ。
それに追い打ちをかけるように、ある攻撃がフォルネを襲う。
それは、刀矢の【死龍撲斬】にあったある能力―――
フォルネの傷口が紫色に汚染されて行く、その紫色の“何か”は瞬く間にフォルネの身体をどんどんと汚染していった。
数秒後には、フォルネの足先までもが汚染されていた。
これは、【血毒】である。
血毒は、生物の血に反応して広がっていく毒。
その力は数分で命を落すと言われている。
だが、この毒にはある弱点もあり、それが空気だ。
毒が空気に触れた瞬間、血毒は蒸発し、毒としての効力を完全に失ってしまう。
そんな弱点はありながらも、やはりこの毒は強力なものだ。
「……フォルネ? 無、事か?」
タリスが目覚め、重たい瞼を開きフォルネの元へと這いずる。
土汚れが酷くなるタリスの衣服には、葉の破片や小さな虫の死体がくっついている。
フォルネへとかけた言葉に対する返答はなく、タリスは焦った。
もしフォルネが死んでいたらどうしようかと。
そうなれば、それは自分のせいだ。
そう思った。
その不安も束の間、フォルネが目覚めた。
不安が解消されたと思ったが、その直後タリスは絶望する。
先程までとは比べ物にならない程の不安。
目覚めた喜びに、圧倒的に優る不安。
タリスが見た光景は、まさに〝終わり〟であった。
身体が欠損し、毒が全身を回り今にも死にそうなフォルネの姿。
「タリスか。生きてた、のか」
毒に喉をやられ、まともに話すことすらできなくなっている。
血毒が脳へと行くと、即座に死に至らしめる。
喉まで毒が回っているということは、毒が脳に行くのも時間の問題であろう。
「フォルネ! それは毒……か」
私は、ただ衰弱していくフォルネを見ることしか出来ないのか……。
フォルネは、私を命がけで助けに来てくれたにも関わらず。
そのせいで、こんなにも大怪我を負ってしまったのに……!
情けない。
私は、自分以外を無能だと思っていた。
あるいは、守る対象として考えていた。
エルの時もそうだ。
私はエルを無能だと思い、「守る対象」として見ていた。
全て、1人で終わらせようとしていた。
他人の助けなど、要らないと思っていた。
だけど、違った。
今考えれば、私は常に1人では無かった。
パッチン達と出会ったあの日も―――――。
1人で戦っていると思っていても、結局は誰かが居た。
直接戦闘に加担した訳では無くても……。
その時、タリスはフォルネの近くに“ある物”を見つけた。
「……ん? これは――――――」
◆ ◆ ◆
「3人共、ぐっすり寝てんね〜」
エミリーが疲労で眠っている3人を見て、優しくそう言う。
「そうだね。タリスはまだ良いけど、エルちゃんとフォルネはかなり傷が酷いからね……」
エルは多くの箇所が骨折。
あと少し遅れていたら、危なかったそうだ。
だが、一番やばいのはフォルネだ。
まずは血毒による身体機能の低下。
これは、僧侶であるメアリーのお陰か、先程よりかは症状が良くなっているようだ。
良くなっていると言っても、毒の進行が遅れているだけだが。
血毒は道中の街で血清を手に入れれば、すぐに治る。
不味いのは腕の方だ。
回復魔法で、出血は止まっている。
だが、あくまでも出血が止まっているだけで、腕が生えてきた訳じゃない。
それに、これまで体外に出た血液も元には戻っていない。
パッチンが、馬車の暖簾を掻き分けて3人にこう伝えた。
「メアリー、サユリ、ガッケル。そろそろ大きな街に着くみたいだ。街に着いたら、3人を連れて病院へ行く」
メアリー達は、それに対して頷き、しばしの時を待った。
街に着くのを待っている中、ガッケルが他の3人に疑問を問いかけた。
「そういやァ、あの炎なんだったんだ? ま、アレのお陰でタリスとフォルネを見つけれたけど」
「ん〜、分かんない。フォルネは意識無かったし、タリスじゃないかな? タリスが自分達の位置を伝える為にやったとか……」
サユリがそれに対しての回答をするが、ガッケルの疑問はまだ晴れていないようだ。
「いや、つってもタリスは魔力がねぇのに、どうやって炎なんて出すんだよ」
その事について話すには、話を少し前に戻す必要があるだろう――――。
4時間前 森林。
「ん? これは――短剣………?」
タリスが手に取ったのは、たった一つの短剣であった。
傍から見れば、何の変哲もない“唯の短剣”。
だが、タリスは理解した。
これはフォルネが最後に残してくれた属性変化なのだと。
そう理解した瞬間、タリスは最後の力で短剣を上空まで飛ばした。
タリスが決死で短剣を投げたお陰で、0.1秒間のタイマーが始動し、即座に短剣が風力と火炎によりさらに上空へと舞い上がった。
それは、まるで花火のように―――。
ガッケルが声を少し荒げたせいか、タリスがゆっくりと瞼を開いた。
「ここ……は……?」
周囲を見渡し、見慣れた顔ぶれがいる事を確認するとタリスはゆっくりと起き上がり、席に座り直した。
「……そうか。情けないな。私はまた君達に助けてもらった」
「タリス? 私達は仲間よ。仲間なんだか。助け合うのは当然じゃない。情けないなんて思っちゃ駄目。貴方のお陰で、エルちゃんは助かったんだから」
サユリが優しい、おっとりとした声でタリスを慰めていた。
「ありがとう……サユリ。そういえば、他の二人はまだ起きていないのか? 」
タリスは馬車の中で横になっているエルとフォルネを見て、罪悪感に駆られた表情をしていた。
「あァ、まだ起きてねぇよ。寝返りすら打ちやしねェ。そーとお疲れてたんだろーな」
パッチンが手を叩き、皆の注目を集めた。
「ひとまずタリス。お疲れ様」
皆の拍手がタリスに飛び交う。
死線を潜りぬけ、生き残ったタリスへの称賛である。
「……よし。タリス、ここからが本題だ。エルは、何か言っていたか?」
「…………。あぁ、エルはこう言った―――」
タリスが話し始めたのは、エルから聞いた話についてだ。
その日は館に自分達以外に誰も居らず、外に出ると大量の魔物が発生していた。
そのことについてだった。
「そんな事が……。でも、あまりにも不自然だ。エリグハス王国の領内にある村、街、その全てに魔物が入らない為に兵士が見守っているはずだ。もし門が突破されたとしても緊急用の警備機能が作動し、迎撃するよう設計されているし……」
パッチンが自身の考えを話したあと、タリスがそれに対し話し始めた。
「確かに、エリグハス王国は厳重な警備で有名な国だ。どれだけ小規模の村でも、領内にある限りは立派な国の“一部”。それを破壊することは許されていない。それに、エルが居たのは館。館があるということは、それなりに大きな街であることが推測できる……。私の考えでは、エルが来たのはエリグハス領内にある【ブリンケルノ】という街だと思われる」
「なんでブリンケルノから来たって思うんだい?」
パッチンがそう問うと、タリスは負傷人では無いかと思うほどに話し始めた。
「普通に考えればわかる事だと思うが、考えても分からないお前の為に説明してやる。この近隣にある街は3つ。ここまでは理解していると思うが、理解していないならついてこなくて結構。その街の中で、最も大きな街はロンドウィンズ。だが、ロンドウィンズは魔法都市と呼ばれる場所。ロンドウィンズの民家は全てが最低限の暮らしを出来るだけの設計になっていて、館なぞ作ろうものなら即解体。まあ、知っているとは思う―――――」
タリスの話が長いのにうんざりしたガッケルが、怒った口調でタリスに怒鳴った。
「うるせぇよォ! お前のさっきの落ち着いた雰囲気はどこ行ったんだ!? 説明するだけならまだしも、言葉言葉の間はなんで煽り口調なんだよ!!! やっぱりお前嫌いだわ! もういい! 寝る―――」
心の中に秘めていた言葉を全て口に出したガッケルは、その言葉の通りぐっすり眠った。
だが、タリスはそれに怒っていた。
そう。タリスはキレさせるのも上手いが、キレるのも早いのだ。
「はあ? 貴様も大概――」
今まで黙っていたパッチンも、ついにタリスをなだめた。
「はは……タリスも、その煽り癖直さないとな。俺達は慣れてたけど、やっぱりガッケルみたいに不快になる人もいるしさ!」
パッチンがタリスにそう言うと、タリスの怒りは鎮まった。
こうして、道中での戦いは幕を閉じたのだった―――。




