真実
そこに立っていたのは、ガッケルでは無かった。
私の眼の前に立っていたのは、【勇者】フォルネ・ラリバーであった。
彼はまだ幼いながらも、とてつもなく頼りがいのある背をしていた――――
「増援か……。厄介だな」
刀矢は即座に後退し、鋭い眼でフォルネを睨んだ。
「【癒やしの暴風】……!」
フォルネはタリスの身体に手を翳し、回復魔法を施した。
だが、回復魔法と言っても体力まで完治する訳では無い。
あくまでも、身体に負ったダメージを治すだけだ。
そのため、タリスの身体には傷一つない。
だが、先の戦闘で体力を消耗し過ぎて、もはや立つことすらままならない状態となっていた。
「すまない。フォルネ……助けてもらったのは良いのだが、疲労でとても動けそうにない……」
「大丈夫、安心しろ! 俺がコイツぶっ倒して、タリスを馬車まで連れてくから……!」
刀矢はその会話を気だるげに小耳に挟んでいた。
だが、刀矢の怒りに限界が訪れた。
「勇者フォルネ……。直接見るのは2度目だ。少し前に、ザリバーム帝国で君を見たよ」
それを聞くと、フォルネは目を見開いて驚いた。
「マジか。あんとき居たのかよ。気付かなかった」
「君にはね、恨みがあるんだよ」
恨み……?
俺、なんかしたか。
ほぼ初対面だよな。俺達。
相手は見たことあるって言ってたけど、俺は会ってないしな。
「なんのことだ?」
刀矢の怒りはますます増していく。
「恍けるなよ。君がやったんだろ? 僕の、僕の……」
禍々しい魔力。
身体に粘り強く纏わりつくような気持ち悪い感覚。
そして、その圧で動けない。
この感覚。
圧倒的な殺意を向けられている時の感覚。
生きることを、諦めてしまうような……。
「僕のチームのTOPを……殺した……!」
フォルネには、心当たりが無かった。
あの場で、そんな気配のする奴がいたか。
もしかして、コイツは魔神軍の者ってことか。
なら、心当たりはある……!
「バヴァリアンの事か……!? なら俺は―――」
「違う。バヴァリアンなんてどうでも良いのさ。もういい、君が気付かないようならさ……」
…………。
魔神軍でも無い……。
なら、俺はあの時。
あの国で、誰を殺した。
思い出せ。
そして、フォルネの脳裏に過るもう一つの可能性。
なぜ思い出せなかったのか。
それは、その存在を記憶から抹消しようとしていたからではないか。
これから、フォルネが永遠に忘れることが出来ないような出来事。
リアムを……。
リアムの事を殺した暗殺者。
「…………そのTOPってやつの事。思い出した」
「五月蝿いなぁ。さっさと黙ってくれないかな」
フォルネには、再び怒りの炎が燃えたぎっていた。
「俺の大事な人を、殺した奴の事を忘れるわけねぇだろうが……!」
「あ〜、そういえばそうだっけ。君のお友達だったね。死んだの」
コイツが直接殺したわけじゃねえ。
けど……けど。
この怒りは、どうぶつければいいんだ……!!
「さあ、来いよ。フォルネ!!」
いや、怒りなんて忘れろ。
今は集中するんだ。
タリスを守り、コイツを倒す。
それだけを考えて、動け!
「うおォオりゃァア!!!!」
【雷炎剣】……。これが一番、使い勝手が良い……!
炎を纏った稲妻が、空中に舞う。
刀矢が黒刀を振り、隙が出来た瞬間、雷炎剣が刀矢の脇腹に直撃した――
だが刀矢も実力者。
この一瞬で、脇腹に魔力を集中させて防御する事に成功した。
「危ないなぁ。少しは気を使ってよ。僕だって唯の“人”なんだからさ」
クソ……! こいつが防御したせいで、マトモなダメージが入ってない……。
だが、大丈夫だ。
雷炎剣は、直撃した瞬間の破壊力も高いが、その後に来る電気ショックも半端ねェ……!
「ふー、電気ショックねぇ……。ごめんね、僕には効かないや」
戯言でも……無さそうだな。
確かに、ダメージは見られない。
そういえば、さっきも【雷光雨】が見えた。
どっちの攻撃かは分かんないけど、雷光雨は自分も巻き込む諸刃の技。
なのに、こいつには一切のダメージがない。
ここから考えられるのは……。
コイツには電気系統の攻撃が一切効かない。
ということ……!
「よーし、分かった。じゃあお前には電気は一切使わねー!!」
「そうしなよ。じゃないと負けるしね」
そういや、なんで俺にヒントを渡した……?
相手からしたら、俺がなにも知らないまま死んでったほうが都合が良いはずなのに。
勝つ気が無いのか? いや、そんなはずないだろ。
これは何かの策……? 油断した俺を狙って、斬る。
そんな分かりやすい事をするか? 普通。
仮にもコイツは山賊。
人の物奪って暮らしてる奴だ。
そんな奴が、これまでどう生きてきたか……。
考えられるのは、作戦による奇襲。
当たり前の事だが、それを実行するのは容易くない。
となれば、高度な作戦が必要なはず。
「あれ、動かないなら……!」
冷たい顔をした刀矢が、道の角から飛び出す子供のように素早く飛び出した。
だがそれは子の比にならず。
黒き雷が放たれた直後、黒刀はフォルネの右太腿を斬った。
「っ……!」
脚を斬られた……!
幸い、動ける程度の傷である。
だけど、このまま放っておいたら出血多量で死んじまう。
【癒やしの風】で早めに回復しないと不味いな。
「属性変化!【風土――――」
フォルネが技を放とうとした時、刀矢はフォルネの懐へ入り込み、先に技を放った――
「【黒煙斬・闇力】」
まじかよ……!
黒刀とは、闇に染まりし刀の事。
つまり、闇魔法により作成された禁断の刀。
魔法により作成された武器、衣服には特別な効力があることがある。
刀矢の黒刀 【死龍撲斬】にも、特別な効力があった―――
フォルネは刀矢の攻撃を瞬時にかわそうとするが、太腿に感じた鋭い痛みに邪魔をされ、一秒。
動きが止まってしまった。
黒刀には妙な魔法陣が書かれており、それが紫色に輝いたすぐ後。
フォルネの腕が斬り落とされた。
「あ゛ ッ゛っ!」
やべぇ……!
死ぬ。
……! まさか、コイツ腕を狙ってんのか!?
回復させないために……。
でもなんで首を狙わなかった?
今の攻撃で、俺の首を狙っていれば、一撃で仕留められたはず。
「なんで首を狙わなかったか……。君はそう考えているよね」
思考はバレバレかよ。
フォルネ・ラリバー。
本人は知らないかも知れないけど、『裏』では多額の賞金がかけられてる。
勇者となると、その存在を邪魔に思う人も多く居るからね。
早めに始末しておきたいから、依頼という形で頼んでいるんだろう。
僕達山賊は、そんな賞金首を殺して金を稼いでいる。
でも、今回は殺さない。
今回の依頼主の命令は、「生かして連れてこい」だ。
殺してしまったら、その時点で契約は破綻。
依頼は失敗だ。
僕のキャリアに傷を付けたくはない。
今まで依頼を失敗したことはなかった。
まあフォルネの方はおまけ。
本当の目的は、タリス。
タリスの能力が、依頼主の役に立つらしい。
僕にはよく分からないけど。
「【癒やしの――】」
フォルネが左腕で胸を掴んだ。
緑色の輝きが辺りに放たれようとしたすぐ後。
刀矢がフォルネの左腕を思い切り蹴った。
腕から、骨が折れる音がした。
これで、腕は完封された。
もう、俺は終わりだ。
脚で逃げる事も出来なければ、剣で戦うことすらできない。
万一逃げ切れたとして、出血で死ぬ。
こうなったら、あの手を使うしか無い――。
「大丈夫。二人共殺さないから安心して?」
刀矢は勝者の余裕を見せつけている。
2人を嘲笑うかのような顔だ。
「大丈夫……って、人の事心配してる余裕ねぇだろ。今から、俺がぶっ殺すんだから―――」
「あぁそう。勝手に言っててよ。フォルネラリバー」
タイマーが切れるまで、あと3秒……!
3秒が経過したその瞬間、フォルネの懐から大量の短剣が飛び出してきた―――。
短剣の一つ一つには、それぞれ別の【属性】が付与されていた。
フォルネの【属性変化】は複数の技がある。
まず属性同士の融合。
属性が変化するまでのタイマーを設定することも出来る。
そして、一度きりではあるが武器に属性を付与出来る技。
フォルネは今、短剣の全てに付けておいたタイマーを開始させ、発動させたのだ。
それも、属性が付与された短剣である。
「な……!!」
刀矢が防ぐ間も無く、大量の短剣が刀矢に刺さった。
身体が凍り、燃えた。
痛々しい叫びをあげて、刀矢は耐えていた。
刀矢に纏わりついていた炎が全身に回る前に、刀矢は即座に山の中へと消えて行った―――。
「よし……かっ――」
フォルネは、倒れた。




