制限
「人間……?」
この辺りに、人が住んでいる集落なんてあったのか?
でも、なんなんだ……? 何かおかしい気もする。
そもそも、相手に対して全く危害を加えていないにも関わらず、なぜ魔法を放ってきた。
タリスは思考を巡らせていた。
この状況から脱する為にはどうすれば良いかを。
「エル、とりあえず君は逃げてくれ……」
私は死んでも良い。
とりあえず、エルを逃がすことを最優先にするんだ。
彼女には、幸せな人生を歩んで欲しいから……!
「近付くな。貴様は一体何者だ?」
タリスがそう言うと、相手の動きは静止した。
やはりコイツは人間なのか? 人の言葉も理解出来ているようだし……。
「……自己紹介です、か。こ、ここんにち、は」
……? コイツ、何か挙動がおかしい。
よくみてみれば、顔色も変だ。
顔全体が充血していて、紫色になっている。
【終いの鎮魂歌】で、奴の肉体を作成……!
終いの鎮魂歌の使い方は、模型に攻撃をする事だけじゃない。
この能力によって作り出されるこの『模型』は対象の姿を完璧に再現する事が出来る。
だがあくまでも、この模型によって再現出来るのは“能力発動時”の相手の状態になる。
もし、この後に奴の肉体が大幅に変化したりすれば、その状態を再現する事は出来ない。
それに、私のこの能力には“条件”がある。
この能力は、正直言ってかなり強い。
だがもちろん、無条件で能力を使える訳じゃない。
私の能力には、大まかに分けて2つの条件がある。
まず、能力を使用するために必要な条件。この条件を設定しなければ、能力の発動自体ができないようになっている。
そしてもう一つ。
能力使用中、または使用後に発動する条件。
主にこの2つが、基本の条件となる。
私が自分自身に課している条件は3つ。
① 対象の肉体が元の形と大幅に変わってしまった場合、能力は“強制的”に解除され、その後1時間の間能力の使用が不可となる。
② 対象の攻撃対象が、“自分”だけに向いていない場合には、能力の使用が出来ない。
③ 模型に施した攻撃の4分の1が自分に返ってくる。
ただし、③の条件には例外がある。
もしも相手が模型による攻撃で死に至った場合、私自身に跳ね返ってくるダメージは無い。
その代わり、この模型による攻撃で相手を殺した回数が100を超えた時。
その使用者は“死ぬ”。
このような制約を施して、私はやっとこの能力を使うことができる。
慎重にいかなければな。
エルを守り、奴を首を跳ねる。
タリスの手のひらには、中指くらいの大きさの模型がちょこんと座っていた。
この模型の強みは1つじゃない。
もう一つは、相手の状態そのものを完璧に再現出来る事にある。
それは、相手の隠された能力、武器を見破る事にも役に立つ。
「うっぶぉ゛!!!」
なんだ!? 奴の顔が破裂したのか?
自害したってことか……? だとしても、なんで急に……。
森に佇む、2人の白い影と1人の黒い影。
その両極に位置する影達は、死なずまいと戦いを始めようとしていた。
「ニャ、ニャんなんだ……? 爆弾みたいに顔が吹き飛んじゃったニャ?」
あまりにも不自然すぎる。
まるで、最初から陽動のためだけに来たような……。
いや、まさか……。
そんな非人道的な事をする者が居るのか?
いや、あり得る。
私の考えが正しければ、敵は物凄く恐ろしい事をしている……!
タリスは身を屈め、小声でエルと話し始めた。
「エル、敵は恐らく洗脳系の魔法を使っている。それもかなり強力な……。その術中にハマれば、もう抜け出すことは出来ないだろう」
エルは周りをキョロキョロと見回し、周囲の様子を確認した。
だが、見る限り異変は見つからない。
どこかに身を潜めている可能性を内に秘めながら、エルは少し安心した。
「それじゃあ、君もあちしと一緒に逃げるニャ。君でも魔法をかけられたらひとたまりもないのニャ」
確かに、私には魔法に対する耐性はない。
魔法を魔法で中和する事や、結界を張ることすら出来ない。
私には魔力が無いから……!
なら魔道具等を使って防ぐか……?
だがそれはあくまでも、「防御を出来た場合」の話。
防御が間に合わなかったり、不意打ちで攻撃されれば……あまり考えたくも無いが、致命傷。もしくは“死”……!
「そう……だな。本当に危機に瀕した時には、逃げる事も頭の片隅に入れておくとしよう。だが、私の最優先事項は君を出来るだけ遠くへ逃がすこと。私自身の事は二の次だ」
正直、私はどうなったっていい。
これまでの人生、充分に楽しんできたと思っている。
暖かな生活を常に遅れることが当たり前の状態で生きてきて、そんな楽観的な考えで今日まで生きてきた。
「人は皆平等だ」なんて言葉を聞いて、感心していた事もあった。
だが、そんなに世界は甘くない。
所詮、実力が有無を言うんだ。
この世界は……
弱きものは死に、強きものは弱きものを喰らう。
弱肉強食が当たり前の世だ。
だが、エルは違う。
暖かな生活とは、縁の無かったんだ。
里を出て、すぐに捕らえられて……。
そんなの、酷いじゃないか。
だから私は、自分を犠牲にしてでも彼女には幸せになってもらう!!!!
「私の【終いの鎮魂歌】はその範囲を広げる事で探査能力としても使うことが出来る。まあもちろん、相手の攻撃対象が私に向いていないと使うことは出来ないがな」
エルを逃がしたいのは、エルを守りたいからという理由だけではない。
正直、私は1人で戦った方がやりやすい。
1人じゃないと、そもそも能力の使用自体が困難なんだ。
「エル。君は何処か、人の居る所へ逃げるんだ」
「だ、駄目ニャ……! あちしも君と一緒に戦うのニャ!」
「無理だ! エル、君の力では操られて足手まといになるだけ。それに、私の能力は一体一専用みたいな能力だしな」
エルは必死に抵抗するが、タリスはその全てに同じ回答をした。
「邪魔だ」と。
エルは何度も言われて諦めたのか、森の中へと走って行った。
だが、何かに気付いたのかエルは足を止めた。
「そういえば、君の名前聞いて無かったのニャ」
「ん? 私か……? 私の名はタリス・アレリンドット。宜しく頼む」
「タリスアレリンドット……! 良い名前なのニャ。またニャ! タリス〜!」
良い名前……か。
私にとっては、嫌なものなんだがな。
あれから時間が経ったな。
だが、全く攻撃を仕掛けてこない。
まあいい。そろそろエルも逃げた頃だろう。
「出てこい。既にこの場には私と貴様しか居ない。早急に出てこないのなら、こちらから行かせてもらうぞ」
……返答は無し。
だが、逃亡した、という訳でもないだろう。
相手にとって、私は絶好の的だ。
いくら私と言えど、数で攻められれば死ぬ。
相手の洗脳魔法の精度がどんな物かは判断出来ないが、かなり強力なものであると考えられる。
洗脳魔法は、その習得自体が高難易度で、並の魔法使いでは習得することすら困難。
習得出来たとして、初級の洗脳魔法では虫一匹を操るのが限界。
それから血の滲むような努力を積んで、やっと人間を操作する事が出来るようになる。
だが、そこまでの洗脳魔法を習得するには他の魔法を習得せず、洗脳魔法一本を極め続ける必要がある。
私は魔法を使えない。
だから、私は常に『対魔法使い戦』の事を考えている。
もちろん。洗脳魔法を使う者との戦いも予測していた。
私が考えた策。
それは……!
「【水球】!」
来た。攻撃!
だが、この速度なら……止めれる!
タリスが水球を止めようとした時、タリスの背後にいた何かが蠢いた。
「なっ!?」
その“何か”は腰に携えていた剣をすっと抜き、それをタリスに向かって振るった。
タリスはそれに瞬時に反応し、攻撃を避けようとするが剣はタリスの指を掠めた。
それに気付く暇すら無く、タリスは【終いの鎮魂歌】を発動する。
だが、ここでタリスはあることに気付いた。
能力が……出ない。
まさか、さっきの充血人間に【終いの鎮魂歌】を使ってしまったから能力が使えないのか!
そう、タリスは条件を果たしてしまった。
「① 対象の肉体が元の形と大幅に変わってしまった場合、能力は“強制的”に解除され、その後1時間の間能力の使用が不可となる。」
奴は頭が破裂して、肉体の形が大幅に変わってしまった……!
だから、能力の使用が1時間制限されたんだ。
それでは、私はマトモに戦う事ができない。
誤ったな……
どうする。
このままでは、奴らはエルを追いかける可能性もあるだろう。
それに、『対魔法使い戦』で有効打となるのは私の【終いの鎮魂歌】だけだ。
他の武器や魔道具なんかじゃ、対抗策としては薄い。
彼女が逃げ切るまで私が、時間を稼がなくてはならないのに。
「洗脳魔法でも使ってると思った? 残念。不正解」
タリスに奇襲を仕掛けた男だ。
瞳は暗く、永遠の闇を体現しているかのようだった。
全体的に暗い格好をしている。
剣も黒刀と言われている類のもので、刃こぼれはしやすいが威力は高い物だ。
「……ということは、自分の信者でも使ったのか? ただ、見る限り普通の人間じゃなさそうだったがな」
「んー、半分正解かな。信者というより、自分の家族だよ。ある意味、僕に盲信している信者だけどね」
「下衆め……」
何分だ……20分もあれば充分か?
私が、1人でこいつを食い止める―――
真夜中の山中で、孤独な戦いが始まった。




