屋敷に仕える獣族
うぅ……ん。
一体、私は何時間寝ていたんだ。
確か、ガッケルと共に見張りをしていたんだ。
それで、それで……。
ああ、そうだ。
何者かの襲撃にあったんだ。
それで、ここはどこだ?
タリスは周りを見渡すと、納得した表情で言った。
「なるほど、敵の攻撃で森林内まで飛ばされてしまったというわけか。ならば、早急にガッケルの元へ戻らないとな。奴の実力は未だ不明だが、1人で仕留めきれるとも思えんしな」
とは言っても、どう戻ろうか。
私の【終いの鎮魂歌】には索敵能力なんて無い。
それに、どれだけ距離が離れているのかも不明だ。
どっちの方向へ向かえば良いのかも分からない……。
八方塞がりだな。
いや、待て。
もしかしたら私が飛ばされた時に残った魔力の残穢がまだ地面に残っているかもしれん。
それさえあれば、戻るのは容易なことだ。
タリスは胸元から何かを取り出し、それを目に装着した。
ふぅ、やはりこのサングラスは便利だな。
魔力を持たぬ者でも魔力の残穢を見ることが出来る。
魔力を持っていない私にしたら、このサングラスは最高の道具だ。
このサングラスさえあれば、敵が隠している魔法攻撃も見破る事もできる。
まあ、それなりに値も張ったが……。
値以上の価値があると言っても過言じゃないだろう。
いやいや、今はそんな事はどうだっていいんだ。
魔力の残穢は、タリスの眼の前を真っ直ぐに伸びていた。
それを辿り、タリスは進む。
枝を踏み、パキッという音が鳴る。
だが、それに全く反応する事なくタリスは進み続ける。
だが、タリスはあることに気づいた。
「残穢が、途切れている……!?」
なぜだ。なんで残穢が途切れて……。
……そうか。簡単な事じゃないか。
恐らく、奴に攻撃された瞬間に私の身体は宙に飛ばされた。
私はその状態のまま、遠くに飛ばされてしまったんだろう。
そして、この魔力の残穢。
これは、私が落下した時、地面に擦った私の身体に残っていた魔力によるものだろう。
これでは、全く持って手がかりが無いな。
地道に手がかりを探していくしかないか。
だが、急がないとな。
私がこうしている間にも、ガッケルは死にかけているかもしれないんだからな……!
タリスがそう考えていた時、茂みから何かが動く音が聞こえた。
“それ”は、徐々に徐々に、タリスの背後へと近付いている。
そして、“それ”がタリスに牙を剝こうとした時……!
「何者だ。一体私に、何の用だ?」
タリスのストレートが、“それ”に直撃した。
「た゛ッ!!!!!!!」
「私が気付いていないとでも思ったのか。馬鹿めが」
この状況で、魔物や動物が襲ってくることなんて分かっている。
奴らが最も狙いやすいのは、一人の人間だ。
分かりやすい奴だ。
「な、なぜ分かったニャ!?」
……ニャ?
よく見てみれば、私が殴った相手。
それは猫耳が生えた女だった。
かなり顔は整っている。
瞳は赤く、髪は黒く、顎と同じくらいの長さだ。
「なぜ分かった……って、雑音が凄かったからな。能力を使うまでも無かった」
猫耳はビックリした顔で言った。
「す、すごいニャ! あちしの接近に気がつくニャンて……」
いや、まあ気付くだろ。誰でも。
「完敗ニャ、諦めるニャ」
え、えぇ……。
私が言うのもなんだが、そんなすぐに諦めちゃだめだろ。
「……君、名前は?」
敵意はなさそうだし、何かしらの手がかりを持っているかもしれないしな。
積極的に、仲間は増やしていったほうがいい。
「あちし!? あちしの名前は【エル・マハムーラ】だニャ。よろしくニャ〜」
マハムーラ……? マハムーラといえば、エリグハスでも名がしれている貴族の名だ。
なぜこいつが、その名前を?
恐らく、エルは魔人か獣族だ。
多分獣族だ。
獣族の女は、16〜20歳にかけて獲物を取るために巣立つと聞く。
それまでは、男性の獣族が狩りをするのだが、もし男性が戦えなくなった時のため、自分達でも餌を取るための訓練として巣立つらしい。
無事、21歳の誕生日を迎える事が出来たのなら里に戻ることが許されるらしい。
ちなみに、男性の獣族は10〜14歳の間に巣立つらしい。
「マハムーラといえば、名の知れた貴族の姓だと思うが?」
そう言うと、エルはビクッとした。
「マ、マハムーラ……」
急に態度が変わったな。
何か、あったのだろうか?
「あちしは、マハムーラって人に飼われたニャ」
そこからエルが話し始めた内容は、聞くに耐えないものだった。
獣族の里から出てすぐに、人間に捕獲され、商品として売られた。
獣族は数も少ないし、美形な者が多いから高値で売れるんだそうだ。
エルはこの通り、かなり顔が整っている。
だから、エルはすぐに買われた。
値段は金貨10枚。
巨大な城をまるごと買えるぐらいの値段だ。
そんな金をかけてまで、貴族はエルを買った。
自身の欲をぶつけるために。
エルが買われた先は、マハムーラ家であった。
マハムーラ家には、自分の他にも獣族がいた。
だが、そのそれぞれは死んだ魚の目のような目をしていたらしい。
そこからは、地獄の日々だった。
朝、残飯を獣族の皆で分けさせられた。
唾がついていて、決して美味しいとはいえないものだ。
それに、量も少ない。
エルが言うには、屋敷に獣族は約50人程度居たと言う。
そして、エルが屋敷に来てから1ヶ月が経って、エルは気付いた。
「あ、自分はここでの立場なんかないんだ」と。
獣族の間でも、位のようなものが出来ていた。
一番上の位に居るのは、主人に気に入られた獣族達。
彼女らの顔や服には汚れ1つ無く、本当に気に入られている事が分かった。
エルは、彼女らに虐げられた。
新入りということもあったのだろう。
だがなにより、彼女らは嫉妬していたのだ。
エルは、屋敷の中でも頭一つ抜けて美形だった。
そのせいで、彼女らは注目されなくなり始めた。
それが、エルがターゲットになった理由だ。
朝は残飯を食らい、昼は虐げられ、夜は主人の欲をぶつけられる。暴行だ。
そんな生活が、2年続いたある日。
エルに転機が訪れた。
何故かは分からないが、マハムーラ家の人間が突如として消えたのだ。
玄関の戸も開きっぱなしで、これまで囚われていた皆は喜んで飛び出した。
エルも、その中に居た。
だが、外に出てその喜びは一瞬で消えることになる。
「外に、大量の魔物がいた……だと?」
タリスはその話を聞き、眉をひそめていた。
「そうニャ、あちしの友達もみんな魔物に殺されて、あちしはそいつらから必死に逃げたニャ。それで、この森に逃げて来たんだニャ。でも、食べ物が尽きてしまって襲ってしまったのニャ」
なぜ、エリグハス王国内に魔物が?
あそこは厳重な警備が有名だが。
いや、それよりも今はエルの身の安全を確保しよう。
いつまた魔物共が襲ってくるかわからない。
それに、速くこの情報を皆に伝えないと……!
「エル、よく逃げてきた。あと、すまない。さっきは殴ってしまって……」
エルはなぐられた頬から手を避けて、腰に手を当ててドヤ顔で言った。
「あちしは強いからニャ!! あの程度の攻撃で怯むほど……いてっ、弱くないニャ!」
タリスはひそめていた眉を緩めて、エルに言った。
「私の仲間に、回復魔法を使える者がいる。“一応”かけておくか?」
そう言うと、エルはニコっとして「ニャン!」と言った。
「【炎帝】」
は?
攻撃!?
「危ない!!! エル!」
エルを庇おうと、タリスが身体を犠牲にして守ったのだ。
タリスの肩には、大きな穴が空いていた。
肩には火傷の跡が残っている。
「大丈夫かニャ!?」
くっ……まさか魔物が近付いていたとは。
エルの話に夢中で気付かなかった。
先程もそうだった。
【終いの鎮魂歌】を発動するのを怠ったからだ。
私は、弱い!
油断しすぎなんだ。
常に敵がいる可能性を考えていない。
「【終いの鎮魂歌】!」
「き、き気付いたか!」
「ッ!?」
タリスを攻撃していた相手。
それは人間だった。
貴族のような服装で、タリスとエルを狙う彼。
一体彼は、何者なのだろうか……!




