ゼロ
ヒュウ、っと冷たい風が通り抜けた。
【氷山散】で空いた穴へ。
「ソノ程度カ。暗黒龍とイッテモ、このマルク様ニハ敵わナイみたいだナ」
マルクは、自身で展開した魔法陣の上に依然として佇んでいた。
その一方、フォルネとガッケルは未だ倒れている。
マルクは、「役立たず共ガ」と思っていた。
が、その時。
ガッケルはふらついてはいるが、立ちあがった。
「うし、復活……!」
「オソイ。もうオワッタ」
マルクがそう言うと、ガッケルは驚いた表情をした。
「まじ? 倒したのかよ。デカイ龍」
ガッケルが指差す先には、腹部に大きな風穴が空いている暗黒龍がいた。
それは、外側から見れば死んでいると思われるだろう。
だが、暗黒龍は生きている。
それを、彼らは知らない―――
「って……あったま痛え」
「コシヌケ」
「黙れ。片言野郎が!」
「ハ?」
そんな、くだらない口喧嘩をしている間に暗黒龍が動き始めた。
大きな身体を震わせ、マルク達へと意識を向けた。
「…………?」
マルクは、戸惑いを隠せなかった。
確実に、死んだものと思っていた。
なのに、なぜ生きている…………?
普通、腹にデカイ穴が開けば死ぬだろ。
そう考えていた。
だが、現実は甘くない。
その程度では、暗黒龍を倒すことは愚か、怯ませることすら敵わないだろう。
「【愚かな生命体よ。よく聞け】」
二人の脳内に走る、何者かの声。
電流の如く、一瞬にしてそれは流れた。
「【我の名は『ゼロ』。お主らよりも、遥かに格上に降臨する生命体である】」
その衝撃に、二人は身体を震わすことすら出来ない。
金縛りにあっているかのようだ。
「【お主らは、我の事を『暗黒龍』などとほざいているが、それは間違っている。我はゼロだ】」
「…………で、何が言いてぇんだよ。“ゼロ”さん」
「【そうだな。要件は―――】」
沈黙が流れているこの空間には、ピリピリとした雰囲気が張り巡らされていた。
「【勇者の剣を頂戴しに来た】」
勇者の剣……? マルクは、その存在を知らない。
厳密に言えば、存在自体は知っているが。
ガッケルも、勇者の剣。
『聖剣 カリバス』の事は知っている。
それが、どこかの地に封印されていることも知っているが、フォルネを見る限り、それらしきものを持っている気配はない。
「おい、少し待ってくれ。俺達は勇者の剣なんて持っちゃいねぇよ」
「【何を言っている? 確かに、『聖剣カリバス』はここにあるはずだが……】」
俺は、嘘なんてついてねぇ……。
俺にはわかる。
コイツにもう一度抗えば、死ぬ。
だから、ここで嘘なんてついても死ぬだけだ。
マルク、お前か?
お前なのか? カリバスを持ってんのは。
「ぐふっ゙……おい、暗黒龍……」
フォルネが立ちあがった。
まだ体制を立て直しきれてないのか、ゆらゆらと身体が揺れている。
「【お主か。新時代の勇者というのは……。中々良い目付きをしているでないか。それで、お主か? 聖剣カリバスを所有しているのは】」
「はぁ? 聖剣カリバスぅ? なんだよそれ」
そう。フォルネは知らない。
カリバスの存在を……!
「【とぼけるのも大概にしたまえ……。勇者ともあろう者が、聖剣カリバスを知らぬはずがなかろう?】」
聖剣カリバス……ってなんだ。
聞いたことも、見たことは……多分ない。
まあ、この口ぶりからするに伝説の剣といったところだろ。
そんなもんがあるなら、とっくにアリティム殺してるっつーの。
「聖剣カリバスってのは知らないけど、俺は剣を持ってるぜ? リアムに買ってもらったやつ」
「【金で買える剣など、所詮はガラクタに過ぎん】」
ぴっきーん。
こいつ、俺の剣馬鹿にしやがった…。
この剣。
結構斬れ味良いし、刃こぼれもしないんだよな。
名前とかは特に無いと思うけど。
その時、ゼロの動きが変化した。
戸惑い、焦っている。
「【ん? カリバスの気配が消滅したのか……? たった今、ここにあったというのに】」
マジで、何が起こってんのか理解出来ねぇ。
寝て起きたら、暗黒龍は喋ってるわ聖剣カリバスがどうだとか。
ぜんっぜん脳みそに入ってこない。
「【もうここに、目的の物は無いようだ……。さらばだ。勇者よ】」
…………。
なんだ。この龍。
突然来たと思えば、突然去ろうとしている。
俺は一発攻撃をくらったのに……。
俺はマトモにダメージを与えることも出来ないのか。
いや、でも尾は斬ったしダメージは与えてるのか。
でもコイツ、全然怯んでる様子がない……。
暗黒龍にとっては、俺達の攻撃なんか蚊に刺される程度のことってことか……。
なら、俺は負けたままじゃないか。
くっそ。
そんなの……嫌だ。
「待てよ。暗黒龍!」
ゼロがその一声に振り向いた。
「【なんだ。勇者】」
フォルネは、一筋の汗を垂らしながらニヤけた。
そして、こう言い放った。
「1対1でやろうぜ……。今度こそ決着を付けるために……!」
ゼロは羽ばたこうとしていた翼の動きを止めて、フォルネへと向かい合う。
「【ふむ……。勇者直々での宣戦布告か。良いだろう。受けて立つ】」
ゼロはそう言った後、自身の身体を丸め込み、肉体を変化させた。
龍の翼が、背中の中に押し込まれる。
鋭い爪、長い足。
全てが、身体の中へと押し込まれていった。
「なんだ? ありゃ……」
「肉体ガ、変化シテイル……。変身カ?」
数秒、時間が経ったあと。
ゼロの身体中から、蒸気が溢れ出た。
その蒸気の中から、スリムな男が現れた。
その男の見た目は、フォルネと同年代くらいの少年に見える。
そして、その少年は一言言い放った。
「さあ、始めるとしようか。勇者」
その少年の名は【ゼロ】。
今の今まで、龍の姿をしていた者だ。
「変身……。こっちがホントの姿か?」
ゴツい龍の姿から、俺と同じくらいの背丈の人間になりやがった。
暗黒龍のヤツ、本当は人間だったのか……?
それか、こっちが偽物の姿か……。
まあ、そんな事はどうでもいいや。
今はただ、コイツに勝つ事だけ考えろ!
「オレ達モ加勢するゾ。ガッケル、イクゾ!」
「いいや、待ちやがれ。フォルネは言った。『1対1』ってなぁ……。けど、俺らが加勢したら、それは『3体1』になっちまうだろーが」
「ソンナくだらない理由デ、勇者をコロスキカ。マア、俺はベツに死んでもイインダガ。困るのはセカイやオマエだろ」
「けッ、黙って見てろよ。フォルネは絶てぇ勝つ……」
人間の姿に変貌したゼロ。
それに対する、勇者フォルネ。
二人の力の差は、歴然としている。
一体、この戦いの結末はどうなるのだろうか……!
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