試合開始
「へへ…流石に俺もビビりそうだぜ。あの勇者様と戦えるなんてなぁ!」
あのってなんだ。俺、そこまで強くないんだけど。
もしかして、何か勘違いしていないか。コイツ。
正直、俺は魔法使いであるリアムにも負ける。
もしかして、コイツ俺の噂を聞いたんじゃないか…?
だとすると、俺の噂が廻りすぎて、大変なことになってる気がする…
「…!」
「ふんッ!」
俺にはその時、何が起こったか分からなかった。
なんだ? 俺の身体が、浮いてる。
いや、浮かされたといったほうが正しいかもしれない。
コイツ…動きが速すぎて、俺の脳が情報を受け取る前に攻撃することができたんだ。
現に、今も何秒経っているのか分からん。
いや、思考が出来ているということは、情報の伝達は済んでいる。
だが、俺はまだ空中にいる。
どうゆうことだ…?
「ぐっ!」
急に痛みが!!
胸に、強烈な痛みが。
ナイフでズタズタに刺された挙げ句、魔法で攻撃されたみたいな感覚だ。
実際にそんなことを体験したことはないけど。
「あれ? 勇者ってこんなもんなのかよ」
「は…ぁ!?」
もしかして、今まで脳に届いていた情報は、『攻撃された』という情報で、今俺に届いたのは『痛み』っていう情報ってことか?
だとすると、何でコイツは脳の情報を遅らせることが出来る。
速いだけじゃ説明がつかないぞ。
「次、行くぜ!」
来る!
2発目は、見える。
見えるが、速すぎて避けれない。
地面はチーズみたいに穴だらけになってる。
まただ。
また、感覚が遅れる。
一発目よりは情報が届くのが速い。
なんで、一発目は無理で2発目は見える!?
なんで、一発目より2発目ほうが痛みが来るのが速い!?
あーもう! んなこと、知らねぇよ!
俺は頭を使うのが苦手なんだ。
子供の時からそうだった。
何事も、頭を使うのは苦手だった。
だからパズルなんかもできなかったし、魔法だって簡単なものしか使えなかった。
「三発目…来いよ!!」
どんだけ考えても、コイツの謎は晴れない。
なら、コイツの攻撃に慣れるしかない。
慣れて、慣れまくるんだ。
「はは! 乗り気じゃねえか! おもしれぇ!」
三発、四発、五発!
何度も食らううちに分かった!
コイツの攻撃は、回数を増す毎に速度が落ちてる。
これは俺が慣れたのも関係しているかもしれないが、それだけじゃない。
確実に、避けられる速さになってきた。
まだ速いが、頑張れば避けられる。
「よし、次は俺の番だ!」
その瞬間、ガッケルの足が動いた。
見切れる。
さっきより格段に速度が落ちている。
これなら、攻撃を当てられる。
雷電を纏わせろ。
炎や氷と違って、雷電は当たりさえすれば確実にダメージを与えられる。
だが、その代償として雷電を剣に纏わせたとき、自分にも少しではあるが電気が流れる。
若干行動が制限されるが、それを加味しても雷剣の実用性は高い。
「属性変化『雷』」
まるで機械に動かされているかのように、フォルネの肉体はガッケルの攻撃を避けた。
ガッケルの攻撃を慣れさせる為に、攻撃を受け続けていたフォルネの肉体は、ガッケルの攻撃に対しての耐性を得た。
もうこれで、ガッケルは先程のようなスピードに任せた攻撃はできなくなったのだ。
フルオートでの避け。
慣れだけに全神経を注いだフォルネの得た能力。
だがこの避けは、ガッケルの直線のスピード攻撃にのみ適応されるものであり、他の攻撃に対してこの避けを発動することは出来ない。
「…はぁ? コイツの意志が避けようとしたんじゃない。コイツの肉体自身が避けただと? 俺の攻撃を」
「はぁ!」
ガッケルの攻撃はワンパターンだった。
直線上にいる対象の相手に、高速で攻撃を加える。
その相手は、ガッケルの動きについて行く事ができずに全ての情報がワンテンポ遅れる。
その繰り返しなのだ。
「クッソ!」
雷剣がガッケルの肉を切り裂く。
赤黒い血液が、ブシャーと流れ出た。
そしてここからが雷剣の真の恐ろしさ。
電気は傷口から肉体全てを回り、麻痺状態にさせる。
麻痺状態にされたものは、雷剣解除まで動くことは出来ない。
「…」
敵…だったが、ただの冒険者だ。
やり過ぎたか?
ただ俺の実力を確かめたかっただけだし…
このままだと失血で死んじまうな。
放置するのも、駄目だし。
ここで解除して、回復魔法を掛けてやるか。
「属性解除…」
ガッケルの麻痺が解除され、ガッケルは倒れ込んだ。
血が流れ出て、血溜まりがガッケルの身体の下にできている。
今にも死にそうだ。
「『癒やしの風』」
みるみる傷が塞がっていく。回復魔法では下位の魔法だが、斬り傷を治すことも出来るなんて便利だな。
はて、中位回復魔法の『癒やしの暴風』はどんな効果があるんだろ。
回復魔法の位は4つ‥下位 中位 上位 超上位
超上位は肉体の欠損を治し、体力を全回復させる最強の回復魔法。
中位と上位‥その二つの回復魔法の違いは一体何なんだ‥
「げふっ」
あ、息した。
良かった〜生きてて。
てっきりもう死んじまったのかと思ったよ。
焦った焦った。
ま、これで一安心。
俺は旅に専念出来るってわけだ。
そういえば、もう体の痛みが消えている。
まだ少しジンジンとはするが、かなり和らいでる。
ホントなら、骨が折れていてもいいくらいなのだけどな。
癒やしの耳飾り‥これはかなり便利かもしれない。
「おい…お前待て」
背後から、掠れた男の声が聞こえた。
先程の武道家の声だ。
武道家の道着はボロボロになっていて、赤黒い染みが出来ていた。
鮮やかな赤色の毛髪も、自身の血液でカサカサになっている。
「ん?」
「へへ…」
男はにやにやと口元を緩めて、気持ち悪い笑みを浮かべていた。
「すげえよ! お前!」
「は?」
なんだなんだ。
急に。
目が光ってるー。すげえ…人間って、嬉しい時に目が光るんだな。
てか、何でコイツは喜んでんの? 俺にやられて。
「俺の超速度攻撃! 避けれたのはお前が…えっと、350人目くらい? だ! 」
350…
それって、凄いのか?
いやまあ、コイツが仮に10万の敵と戦っていたとしよう。
その中で、350人なら良い方だと思う。
だがもし、コイツが500人としか戦ってなかったら、それは凄くないよな。
「ちなみに、お前は大体今までどんぐらいの敵と戦ってきたんだ?」
指を折り、1、2、3と数を数えている。
少なくとも、350人とは戦ってるわけだし、その数え方だと途方もないんじゃないか?
「あー、メンドクセ‼ 多分大体1000くらい?」
1000か…
うーむ、700人の敵にはこれが通用して、残りの300は避けた。
うん、あんまり凄くないな。
「なあ! お前面白いな。名前は?」
「あ、フォルネです」
「フォルネか! 俺はガッケル。ガッケル・サラバーン。よろしくな」
「よろしく。ガッケル」
ガッケル、握力つよ。
手潰れそう。
「それで、急なんだが1つ頼みがあるんだ」
面倒くさいやつじゃなければ是非受けたいところなんだが…
洞窟に入って、なんかの宝玉とかを持って来いとかは無理だぞ?
俺はアリティムを倒すのに精一杯なんだから。
「俺を、仲間に入れてくれッ!」
ガッケルは身を乗り出し、目を見開いて俺にそう言った。
仲間? 仲間か。
でも俺は、もう仲間は作らないと誓ったんだ。
また傷つかないために。
リアムが死んで、俺は1度おかしくなった。
誰を殺しても、何をしても良いと思った。
また、失うのか?
いや、次は仲間が傷付く番かもしれない。
俺が死に、仲間が傷つく。
その痛みは、充分分かっているんだ。
その痛みを、誰かに受けてほしくない。
「頼む…! お前みたいな奴を、俺は探してたんだ」
「いや…」
「足手まといにはならねぇよ! だから…な?」
確かに、足手まといにはならないだろう。
戦力的にも、アリティムを倒すのにも役に立つ。
ガッケルの、この能力は強力だ。
相手の思考や感覚を遅らせる能力。
だが、駄目だ。
俺は誓った。
1度誓ったことを曲げるわけにはいかない。
ここはきっぱり、断ろう。
そうだ。
ガッケルの為にもなる。
「…俺は前に1度仲間を失ってから、仲間を作らないと誓ったんだ」
ガッケルの表情は、全く変わることはない。
必ず仲間になるという決意が伝わる。
だけど、俺はその決意に応える事ができない。
「だから悪いが、諦めてくれ。お前を仲間には出来ないんだ」
少しの沈黙が流れて、ガッケルは一言。
こう発した。
「そうかよ…‥ じゃあな。フォルネ」
そう言い、ガッケルは反対の方向へと走り去っていった。
この辺りにはなにも無い。
少しばかり木々が生えているだけだ。
静けさだけが残る。
耳をすませば聞こえるのは、鳥の羽ばたく音だけ。
後悔はない。
これで、良いんだ。
これで…良いんだ。
仲間は、もう作らない。
これでいいよな? リアム。
◆ ◆ ◆
三十分ほど歩くと、人の気配がしてきた。
商人だって、さっきよりも多くすれ違うし、冒険者とも多くすれ違う。
もちろん、魔物もいた。
ここら辺の魔物はレベルが高い。
一発一発の攻撃は強いんだ。
だが、倒せないほどじゃない。
体内を焼き尽くせば、大抵の魔物は死ぬ。
だから、苦戦はしなかった。
木々が生い茂ってきていた。
民家も数軒建っていた。
そろそろ、街につく頃だな。
そんなことを考えていると、遠方に大きな闘技場のようなものが見えた。
そういえばそうか。
ここは『ドンラの大橋』と呼ばれている所だ。
ドンラの大橋は、俺達が今までいた『ザーバーム大陸』から『エリグハス王国』へ移動するために作成された世界最大の橋。
まあ、橋と名はついているが、細長い大陸のようなものだ。
人工的に作られたものだが、何万年も経ち、それが自然と大陸へ変化していったらしい。
それで、ドンラの大橋の道中にあるのが世界最大の闘技場『リムルダ』。
リムルダの闘技場は、数々の戦士達が戦い、血を流した場所。
死者も多く出ているが、その勢いは留まることを知らない。
「せっかくだし、少し寄っていくか」
ま、時間はある。
ゆっくり行こう。
焦ったって良いこと無いし!
――
「お! そこのあんた新入りかい?」
一人の男が俺に話しかけてくる。
いかにも胡散臭そうな顔だ。
「リムルダの闘技場に用なら、今はやめといたほうがいいぜぇ?」
「え? 何故ですか?」
やめといたほうが良いって…そりゃ知ってるけどさ。
でも少しは見たいよなぁ、やっぱり。
「今よ、リムルダの闘技場に新しく入った奴が暴れてんだよ。通称『デーモンチェーン』。既に100人以上殺してる。それでソイツさ、観戦者席まで攻撃することがあんだよ。それでみんな怖くて行けないってわけ」
100人も? しかも、新入りだぞ…!?
どんだけ強いんだよ。そいつ。
少しあってみたい気もするが、そんな奴とやり合いたくは無いしな。
うーむ。ま、見るだけ見るか。
人混みを掻き分けて、闘技場までの道のりを歩いていると、やっと闘技場が近づいてきた。
人混みが少なくなってきた時。
その隙を狙って、俺は闘技場の入口へと走った。
血生臭い匂いがぷんぷんする。
闘技場の方から流れ出ているんだろうか。
こりゃ闘技場の周りに人が集まらないのも分かる。
「うっす。あんた、要件は?」
よそ見をしていると、受付の男に話しかけられた。
受付にしては、かなり強そうだ。
この受付も戦うんだろうか。
けど、その風貌の割には可愛い服を着ている。
猫の顔が描かれた服。
幼児向けの服にこんなものがあった気がする。
「あ、観戦に来ました」
少しがっかりしたのか、いじけた顔をして俺に紙を手渡した。
「ちッ…観戦かよ。まあいい。行け」
こ、こえぇ〜
今の俺、顔どうなってた。
多分ピクピク震えてただろうな。
恥ずかし〜
入口を通って、少し歩くと分かれ道があった。
右が…観戦用入口。
左が、選手入口。
俺は、右だよな。
やっぱり、あんまり客がいない。
あの胡散臭い男が言っていた事は本当だったのか。
胡散臭いとか言ってごめん。おっさん。
「デーモンチェーン…一体どんなやつなんだろ。楽しみだな〜」
名前からするに、鎖を使って戦うのは間違いない。
みんなボコボコにしてるって話だし…
観戦者席への門を潜ろうとすると、一人の兵士に呼び止められた。
「ちょっと君。その紙少し見してよ」
俺は受付の男から貰った紙を渡すと、兵士はじっくりとその紙を見て、俺の顔を見た。
「お! 君、これ選手用のチケットだね」
「選手?」
え? なんだ選手用のチケットって。
俺はしっかり観戦って言ったぞ。
「こっちは観戦席。選手用はあっちに曲がればあるよ! はぁ、よかったー。困ってたんだよね。デーモンチェーンのせいで中々新しい選手が入ってこなくてさぁ」
選手って、ここでは闘技場に出て、戦う人のことだよな。
嘘だろ。
いや、もう一度発行してもらおう。
そうだよ。
間違えたのはあっちだ。
俺は悪くない。
出なくって良いんだ。
うん…
「はーい! 時間でございます! 只今の時間より、受付は終了とさせていだきますので、ご了承ください」
え!?
「ちょっとまって! キャンセルしたいんですけど!」
「はーい。あれ? これ選手用のチケットですよね〜 申し訳ありません。選手の方はもうキャンセル不可なんです」
まじかよ。
これは夢だ。
誰か夢だと言ってくれ。
俺のことを殴って起こしてくれ。
「そろそろ準備時間終わりますけど、大丈夫ですか?」
「え?」
もう駄目だ。
扉も閉まっちゃった。
いや、まだ助かる!
「あの〜」
女の子だ。
この子なら助けてくれそう…なきがする。
「選手だよね!君! 私も選手なんだ!」
あ、まずい。
「私も迷ってたんだぁ! 良かった。他に人がいて…じゃあ行こう!」
あ…終わった。
ここで俺の旅は終わるんだ。
姉さん、パッチン、リアム、ごめん。
俺、死ぬわ。
されるがままに引っ張られて付いたのは『選手待機室』と看板が貼ってある部屋であった。
「ふーん。なんだここ」
汗臭い…
なんか血の匂いも充満してるし…
「お? 女じゃねぇか」
大柄な男が近づいてくる。
一歩踏み出すたび、汗臭い匂いが俺の鼻をツンと刺す。
「女でも、俺は容赦しねぇぞ?」
「手加減なぞ元々求めていない」
バチバチの喧嘩だ。
電撃が走ってるみたいに、部屋がピリピリする。
「はい! それでは選手の皆さん。入場を!」
げ、始まった。
ここは大人しく隅っこの方で座ってやり過ごそう。
デーモンチェーンとエンカウントしないために…
「さ、行こう!」
フォルネの背後に、一人の男が立っていた。
赤い髪を靡かせ、拳を握りしめている。
「ぜってぇ仲間になれ。兄さんならそう言うだろ? だから俺は絶対フォルネと仲間になる!」
―――
「さあ! ただいまよりリムルダの闘技場 第205369回目の戦いが始まります!」
歓声が轟く。
人が少ないと聞いていたが、そんなに少なくないじゃないか。
席の10分の7ぐらいはいるぞ…!
「それでは、『連勝50回 デーモンチェーン選手』以外は二人でペアを組んでください!」
ペアぁ…?
まだ初めましての人しか居ないんだけど…
というか、普通1人で戦うもんじゃないのかよ。これって…
「お! じゃあ俺が――」
「君、一緒に組もう!」
ん? なんか聞いたことある声が聞こえた気がするが、気の所為だろうか。
まあ、この町に知り合いが来てたとしても、選手として出ているわけないか。
そんな偶然あるはずがない。
差し伸べられていた手を握り、対面する。
「よろしくお願いします! 俺はフォルネ・ラリバー」
「私はアリサ・レオノワ! よろしくフォルネ 」
こうして、闘技場での戦いは幕を開けるのであった…!
同時刻。闘技場に先に居た選手。
そう、『デーモンチェーン』である。
デーモンチェーンは1つ前、505368回目の戦いの時から、ずっと闘技場の中央に居座っていた。
「ヤット来たか。フォルネ・ラリバー」
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