魔法使い
これから俺は、1人きりで旅をする。
でも旅といっても、そんな知識なんてないし……
それに、いまいち何をするのか分からない。
魔神軍なんて、そうそう現れるもんじゃないだろうしなぁ……
あ、そうだ。とりあえず近くの村まで行こう。
そこで宿を取って、何日かその周辺の探索へ行く。
そうすれば、何かしら手がかりも見つかるはず……!
物資は、その村で調達するとしよう。
そういや腹減ったなあ。
姉さんの弁当でも食べるか。
そう思い、街から離れた道を歩いている時。
北東から大きな音がした。
明らかに、自然に発生する音じゃない。
「何だ? 今の音……」
多分、ザラキムの大森林らへんからだ。
魔神軍か? それとも、大型の魔物が暴れているのか……
どっちにしろ、向かわない選択肢はない。
勇者としての初仕事、頑張っちゃうぞ!!
―――
俺は、全力で走った。
その結果、かなりの早さで着くことができた。
思ったけど、世界救いに行かせようとするのに金と剣しか渡さないって薄情だよなぁ。
馬の一頭くらい渡してくれればいいのに。
ザラキムの大森林は、やはり大きい。
こんなとこで迷ったら、生きて帰れる気がしない。
辺りを見ると、正面も背後も横も全て巨大な樹で埋め尽くされていた。
草の匂いが、少しばかり鼻をさす。
さっきの音は、どこから出ていたんだろう。
周りを見渡しても、音の原因となるようなものは見当たらない。
「木が倒れたのか? でもそれであんな音……」
そう思ったとき、森林の奥の方から何かの叫び声が聞こえた。
耳が痛くなるほどの叫びが、森全体に響き渡る。
何かの生物の鳴き声。
やっぱり俺の予想は当たっていた……!
俺は急いで、音の方向へ走った。
急がなきゃ、もしかしたら誰かが戦っているのかもしれない―――
「はあ…… はあ……」
音の元に到着すると、予想通り戦闘が行われていた。
あれは、冒険者か?
冒険者が、大型の魔物と戦っている。
たった……一人で。
魔物の周りには、死体が転がっている。
パーティメンバーだったのだろうか。
いやいや、そんなことより、早くあの人を助けよう。
「そこの人! 大丈夫ですかー!!!」
「これの……どこが! 大丈夫そうにぃ、見えるのよ」
「まあ、そうなんだけど……」
首を上に向けると、そこには巨大な化物がいた。
ぞっと、鳥肌がたつ。
見たことのある魔物は、よくてもゴブリンやスライムくらいだ。
あんな大きな魔物、みたことも無い……
俺が、どれだけ狭い世界にいたのかを思い知らされた。
でも落ち着け。今の俺なら、勇者の俺なら、こんな魔物ぐらい倒せるはずだ……!
「助けに来た。あとは任せてくれ!」
剣を構え、睨む。
身体が震えないように、必死に恐怖を押し込む。
息をほっと吐いて、深呼吸。
姉ちゃんが教えてくれた、安心するための秘訣だ……!
「バっ、あんた子供じゃん! あれは強獣牙! 相当強くないと倒せるわけ無い!」
「鞄、持ってて!」
「えぇ!?」
ただ、俺は早く弁当を食いたい。
それだけだ。
自然と、落ち着けた。
何故か、身体に力がみなぎる気がする。
温かい何かが、身体をつつんでいる感覚が俺を安心させた。
雄叫び、それと共にビースタムが攻撃を仕掛けてき。
その瞬間、腕に乗り、切り裂きながら進む。
大丈夫、デカい木に登る時と同じ感覚だ。
それプラス、枝を木にぶつけながら走ってるものだと思え……!
足を止めるな、止めたら垂直落下だ。
木の上まで到着し、それを斬る。
硬い皮膚のせいか、斬りづらく腕が吹っ飛びそうだった。
足に思い切り力を入れて、必ず落ちないように……!
木のような皮膚は、滑り止めの役割を果たしていた。
ビースタムが再び雄叫びをあげようとする瞬間、首に剣を突き刺し、雄叫びを止める。
剣を抜き、剣の向きを素早く変え、腕にありったけの力を込める。
首を断ち切ろうとするが、骨に邪魔をされて上手く斬れない。
それもそうだ、こんなデカい魔物、その分骨も太い。
おれの腕力じゃ……まるで蚊に刺されたみたいなもんじゃないか……!
「くっそぉ!!!」
コイツ、尋常じゃなく……硬い。
いや、待て。
考えろ。
俺の攻撃は、確かに通った。
肩にだって、骨はある。
だけど俺は斬れた。
なのに、なんで首を斬ることは出来ない?
思い出してみると、肩の攻撃の時には関節の部分を斬っていた。
意図的なものじゃなく、偶然によるものだ。
なら、首の柔らかい部分、つまり人でいう首関節のとこをぶった斬れば……!!
試してみる価値しかねー!!
「おっりゃぁあ!!!」
俺は勢いに任せて、剣を喉元に突き刺した。
その勢いを止めることなく、俺は首を斬り裂いた。
プツンと、ビースタムの全身から力が抜け、森林に勢いよく倒れる。
俺はビースタムの身体に剣を刺し、落ちないようしっかりと掴んだ。
「ホントに……倒しちゃったのね」
紫髪の女性は、驚いて固まっていた。
「危なかったぁ、怪我は……ない?」
フォルネが疲れからか、疲労しながら話しかけた、だが反応はない。
あれ? 生きてる……よな。
立ちながら気絶してるのか? いや気絶してるわけじゃなさそうだけど。
「おーい、おーいって」
手を振っても、反応しない。
やっぱり気絶してるんだな、うん。
けどもし起きてたらあれだし……うーん、自己紹介くらいしとくか。
「おれ、フォルネ・ラリバー。あんたは?」
どーしよう。ここに放っておくわけにもいかないし。
担いで村まで連れていくかぁ? ちょっとやだな。
「あっ」
反応した。
「まずはありがとう。ラリバー君」
女性は服についているホコリを払っているようだ。
埃を払い終わったのか、女性がむすっとした顔で見てきた。
「私はリアム・パリア、魔法使いよ」
魔法使い……! 街にいる魔法使いはみんな冒険に出てたからなぁ、本物は始めてみた!
「それで、あんた何者? 」
「あぁ、俺は勇者です」
そう言うと、リアムは変な顔をした。
唇を尖らせて、眉をあげた。
「はぁ? 意味分かんないんだけど」
「んーと、まあ色々あって勇者になったんだよ。俺もまだよくわかんないんだけどさ」
「ふーん、まあいいんだけど。その名前なんなのよ、勇者って言ってるのに悪魔の名前なんておかしいと思うわ。別にあんたが悪魔とか言うわけじゃないんだろうけど、本名は隠したほうがいいわよ」
やっぱり、名前については言われたか。
旅に出る以上、これは覚悟していたことだ。
リアムが、俺の身体を舐めるように見る。
つま先から髪の先まで、ジトッとした目で見てきた。
なんだか少し緊張したが、見終わったのか再び視線が顔に戻った。
「勇者……ねぇ? あんたみたいなガキが?」
この人なんなんだ。背は……俺より少し高いくらいなのに。
「パーティメンバーも全滅しちゃったし……」
リアムは、悩ましげに転がっている死体を見ていた。
やっぱり、パーティメンバーだったのか。
「リアム……さん。俺に手伝えることある?」
「あら、いいの? じゃあとりあえず、この人たちを運ぶの手伝って。あとビースタムの毛皮と牙を馬車に乗る限り持って行ってちょうだい」
「はい。分かりました!」
流石に、自分以外仲間が死んでしまったのは可哀想だ。
俺がそんな状態になったら、正気を保っていられないかもしれない。
「そんな哀れまなくても……別に悲しくないわよ。この人たちと組むのはこれが初めてだったし」
俺とリアムはとりあえず、近くの村まで向かうことになった。
馬車に揺られ、2人は談話していた。
「へー、デレーズから来たの。なら大森林からはかなり近かったのね。それに、その年齢であの強さ……ビースタムなんてそうそう倒せないわよ」
「まあ、運が良かっただけだよ」
「運だけじゃ、ビースタムは倒せないわよ。私達も調子に乗りすぎてた。あんなのに勝てるわけなかったのに」
死体の数は合計3つ。
男二人女一人
死体を回収したのは、きちんと処理して、成仏してもらうためというのもあるが、そのまま放置しているとアンデッドになって人を襲う事があるからだそうだ。
そんなこんなで時間は流れ、馬車が止まった。
「ラリバー君、着いたみたいよ。降りましょ」
馬車から降りて、村の中に入る。
パーティメンバーの処理を店に任せ、その間に魔物屋で毛皮と牙を買い取ってもらう。
埋葬も終わり、日も暮れてきていたので宿を取って、その村で1日を過ごすことにした。
翌朝、疲れからかかなりの空腹で、2人は宿近くの店に来ていた。
「はあ、これからどーしよ」
頬杖をつきながら、リアムはサラダを食べていた。
「俺は、物資を揃えて情報収集しようかなって思ってる! 魔神軍についても、動向さぐんないとな!」
「まあ、そうよね。君には明確な目標があるもの、でも私はパーティメンバー全員死んじゃったし、任務を受けるにしても魔法使い単体はなぁ……」
魔法使いは、特殊な能力でも無い限り、魔力を込めるまでに時間を要する。
そのため、前衛を剣士 後衛を魔法使いが担当することが多いそうだ。
だからリアムはまた誰かと組まないと、任務を受けることは難しい。
どうにか出来ないものか、俺に手伝えることなんて、何も……
いや、あった。
そうだ。
そうじゃないか。
「あの、リアムさん」
「なに?」
「俺と、組みません……か?」
「は?」
リアムは唐突の事に、首を傾げて黙った。
確かに、急だったかもだけど。
「―――ちょっと待って、私とラリバー君が組むってこと?」
「そう! いい案だろ!!」
「え、まあ組む人も居なかったし、別にいいけど……」
俺は席から立ち上がり、リアムに言った。
「じゃあ決まり。今日から俺とあんたはパーティだ。よろしくな、リアム」
「分かったから……座りなさいよ」
そう言われて、周りを見ると、他の客が変な目でおれを見ていた。
恥ずかしかった。
こうして、俺とリアムは正式にパーティを組むことになった。
「ねぇ」
宿に置いてあった荷物を持って、冒険者ギルドへ向かう。
「なんだ? 今さらやめたいなんてのは無しだぞ」
「んなこと言わないわよ。私が言いたいのはそんなことじゃない。パーティ組んでもらってる立場から言うのもあれだけど、今の時代2人じゃ受けられる任務は少ないの。だからパーティメンバーをもう少し探したくて……」
まあそうか。
でも入りそうな奴はみんなもうどこかしらのパーティに入ってるようだし……
「なら、とりあえずは危険度の低い任務を受けて、それで有名になっていけば入りたいってやつも増えるだろ! どうだ?」
「まぁそうね。私達の活躍が耳に届けば、強い人だってパーティに入りたがるかもだし!」
街路をずっと歩いていると、ずっしりとした鞄が疲労感を高める。
「おい、そこのガキ共」
誰かの声が背後から聞こえる。
誰だ? 知り合いなんてのはまだ居ないし―――
チンピラか何かか?
「てめぇら見かけない顔だな。どっかから来たのか?」
振り返ると、4人の男達がいた。
「俺はデレーズから来た、こっちはどこからか来た魔法使いだ。俺らはさっき組んだばっかの新米パーティ、よろしくな。先輩」
「っ! ばか」
リアムは急いで俺に言った。
「こいつらは、新米狩りを趣味にしてるパーティ! 何馬鹿正直に言ってんのよ!!」
新米狩り……悪趣味な奴らだな。
ごあいにく、こっちは勇者なんだ。
こんなチンピラにはやられる気はない。
「あっれれー、片方の女ってこの間ボコしたパーティにいた奴じゃん! もー全滅すか」
なんだこいつ……
確かに、リアムはまだ組んで日が浅いと言っていたがこいつらに手出されてたのか。
ふざけやがって……
リーダー格の男が、後ろに対して手招きをした。
「やれ、ターム」
ターム? 誰のことだ。
リーダーらしき男の後ろから、巨漢が出てきた。
タームと呼ばれている男は、腕が太く、体つきがガッシリしている男だった。
一目で分かる、結構強い。
「女でも、俺は容赦しねェぞ」
手をゴキゴキと鳴らせ、拳を握る。
「ちなみに、お前が倒したビースタムって魔物はデカいだけのマヌケさ。あんな野郎倒したからって、強い気になんじゃねぇよ」
俺でも簡単に倒せたから、あながち間違ってないのかもしれないけど、リアム達が弱らせてくれてたのもあるんだろう。
「まあ、そんな雑魚魔物に全滅……いや、女1人しか生き残らなかったなんて、どんだけ弱いやつが集まってたんだよ」
「なああんた、俺は斬れ味のいい剣持ってんだ、これで斬られたら、お前死んじまうかもな」
剣を抜き、タームに向ける。
「ふーん。じゃあ斬られなければいい話だな」
タームは先制攻撃を仕掛けてきた。
素早く拳を突き、俺の腹に打ち付ける。
その巨体から、そんなスピード出んのかよ……!
こんなの何発も食らったら、死んじまう……!
体勢を立て直そうとする。
だが、また次の攻撃が来た。
次は顔に足を蹴りつけ、腕を掴む。
そして、俺を蹴り飛ばした。
痛え…
これまで食らったどんな攻撃より、痛い。
冒険者はやっぱり違うな。
街でしてた喧嘩とはわけが違う。
「けど……油断しすぎだバカ野郎!!」
油断していたタームの顔面に一発、渾身の殴りを入れた。
だが、その巨体は動かない。
石像のように、硬かった。
「バカ野郎は、お前だ」
タームは首を掴んで、思い切り地面に叩きつける。
街路が、割れる。
そんな姿の俺をみて、リアムが激怒した。
「フォルネ……!! この!! あんた何すんのよ!」
リアムは、タームの目を見て怒っている。
だけど、やめろ。
こいつにそんな事言うと、リアムまで……!
そして、タームはリアムの横腹を蹴り、何度も、何度も蹴った。
「おいおい、もう前のパーティメンバーに会いに行くのか? なぁ?」
リアムは、杖を落とし、血反吐を吐いて倒れている。
なぜだ。
何故俺の体は動かない。
骨は折れている。
内臓も傷ついているだろう。
だが、理由はそれじゃない。
さっきあんなにボコボコにされたから、怖くて動けない。
「なにが、勇者だよ」
俺の瞼はゆっくり落ちて、俺は眠った。
―
――ぇ
――――ねぇ
「ねえってば!!」
その声に驚き、目を開く。
ここは、泊まっていた宿か。
「初日から大変だったわね。てかあれなによ!」
あれ…ってタームとか言う奴らのことか。
ああ、それなら俺もムカつくよ。
あんな奴ら相手に勝てなかったのが、情けない。
「とりあえず、怪我は治癒魔法でなおした」
「ありがとう」
治癒魔法ってのは凄いな、どこも痛くない。
だけど悔しい。
あいつらを倒せなかったのが。
「あの顔に浮かんだ変な模様、あんたまるで人が変わったようだったわ」
「え、なんのこと?」
「はあ? だから私がボコられてる時に、あんたが急に立ち上がってあいつら全員ボコしてたじゃん」
「はぁ?」
そんなこと、俺してないよな。
「ほんと、なんだったんだろ。まあいいけどさ」
「よくないって、俺は全く見に覚え無いんだけど」
まさか、俺の力……とか?
だとしたらカッチョいー!
「多分あれよ。命の危機になると、自分の身体能力が覚醒する〜みたいな」
なんだ、急に現実に戻された。
俺の中に秘めてた勇者としての力が覚醒したのかと思ったのに…
「そんなのあんの?」
「多分ね。私の友達が、なったことあるって言ってた。あんたと少し状況は違うけど、同じようなものよ」
そうなのか…
とりあえず、リアムにも俺にも怪我は無いみたいだし、任務でも受けに行くか。
「いらっしゃいませ」
ここがギルドか。
始めて来た。
「あのー、とりあえず今受けられる任務見せてもらえます?」
「分かりました。人数はどのくらいでしょうか?」
「二人です。新人なので、結構簡単なやつだとありがたいです」
どんなのが来るんだろうな。
どうしよう、迷子の子猫ちゃん探しとかだったら。
受付の女の人は、奥の棚からいくつかの紙を持ってまた受付に戻ってきた。
「今受けられるのだと、この3つになりますね」
1.村の井戸に住みついている魔物の討伐
2.村近くの平原で巣を作ってる魔物の討伐
3.宝石に化けている魔物を三体討伐
今受けられるのは、その3つであった。
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