魂
風斬りのシグマ
エルフ族の汚点とも呼ばれた男。
シグマは、46歳という若さにして自身の親を殺害。
その後、同年代の子供、約21人を殺害する。
その時に使った凶器は、ただの棒。
その辺に落ちていそうな、ただの棒だ。
エルフは基本、腕力の弱い種族とされている。
だが、例外も存在する。
風斬りのシグマ、風神サミットなどだ。
どちらも共通する点として、長身の刀を武器としているということがある。
なぜなのかは不明だが、エルフは身長が小さい。
その為、攻撃のリーチを長くするために使っているのだと考えられる。
風斬りのシグマ、彼は狂気そのものだ。
人を殺めることに対して、何の感情も抱かない。
親であっても、友人であっても、自身の為ならば殺す。
そんな彼が今対峙しているのは、シグマと同様の状態の勇者。
今のフォルネなら、魔王であっても怯むこともなく攻撃をしかけることができるだろう。
シグマとフォルネ、彼らは少し似ているのかもしれない。
根本的な部分が…
――
「はッ!」
攻撃は、未だ一発も当たっていない。
コイツ、動きが洗練されている。
いや、それもあるが…
エルフの小柄さを逆手に取り、攻撃を受けづらくしているんだ。
だが、それが分かったなら攻略は簡単。
さっきより攻撃範囲を大きくすればいいだけの話だ。
シグマは、刀を掲げ、何かの詠唱を始めた。
「そして、風の神よ。我が刀身へと宿りたまえ…」
「殺られる前に殺る…『炎飛斬』!」
「『風神雷斬』」
風が舞う。
ハリケーンを小さくして、刀身に纏わせているようなものだろう。
当たれば、炎は打ち消され俺の身体は細切れになる…
「私の風神雷斬は、ただの風系の攻撃じゃない。風の刃を剣に纏わせ、魔力で雷を纏わせている。この攻撃をくらえば、人間…いや魔物ですらただの肉片になるだろう」
「くっそ…まじか」
やはり、この攻撃はマトモに喰らうとやばい…
なら、どうする?
攻撃を喰らわないためには、避けるか、防御するか。
「それでは、さらばだ。行け! 風神雷斬…!」
俺の炎飛斬が届く直前に技を発動させやがった。
炎飛斬はかなりのスピードで飛んだはず…
なのに、なぜコイツに対してはスピードが落ちた?
本来なら、風神雷斬の説明をしている間に当たっていたはずだ。
なのに、どうしてだ。
やつには、物体の速度を落とす能力でもあんのかよ…?
疑問だけが、フォルネの脳に過る。
だが、その間にも風神雷斬はフォルネの直前まで近づいていた。
「はぁ!?」
電流が、フォルネの脳に走る。
そして、フォルネは動けない。
体の動きを電流により、一時的に止められたのだ。
こうなれば、もうフォルネには攻撃を喰らう以外の術がない。
風の刃は、フォルネの腹を切り裂いた。
腹に、大きな傷が残った。
もう一度攻撃すれば、フォルネの肉体は真っ二つに裂けてしまうだろう。
フォルネは、何も抵抗出来なかった。
ただ、自身の肉体を攻撃されるのを傍観していた。
もう、動くことは出来ない。
フォルネは、掠んだ声で喘いでいた。
それは、もう言葉ではない。
口をぱくぱくと動かし、何かを伝えているのだろうか。
だが、口から漏れるのは「あ…あ」という声。
フォルネは絶望した。
コイツをもし倒すことが出来ても、あと何体敵が残っているのか分からない。
それに、ボスだっている。
もう、いい。
リアムと同じ場所へいこう。
そして、俺とリアムは泣いて。
俺はごめんって言って。
それで…
その後、ちゃんと気持ちをつたえるんだ。
眠ろう。
永遠の眠りに、つこう。
――――――
――――
――
おい、フォルネ。テメェは勇者なんだろ?
なら、さっさと起きて、ドーンを助けに行きやがれ。
「あ゛…」
そうだ。
俺は勇者だ。
ドーンを、俺が助けなくちゃならない。
どうせ、気絶した所で鬼神が目覚めるだけだ。
結局、俺は鬼神に頼ってばっかり。
勇者勇者言いながら、何一つ俺は成していないじゃないか。
「う゛ぅ…オォオオオオッ゛!!!」
震える肉体を必死に鼓舞し、立ち上がらせる。
無理にでも動かすんだ。
自分の使命を果たすため…!
八つ当たりではなく、勇者として。
人を救うため。
俺は、俺は!
「お前を殺さなきゃいけないんだ…!」
「ん? まだ動けたとは…驚きだ」
シグマの肉体は、まだ傷一つついていない。
肉体も、魔力も。
そして剣術も。
ほとんどの分野において、フォルネはシグマに敵わないだろう。
だが、たった1つだけ勝てる分野があるとすれば。
その、根性だ。
「うおおおお!!」
「ははっ! こい!」
まだまだ荒削りのフォルネの剣術は、シグマの洗練されている剣術にはまだまだ実力不足。
それを証明するかのように、フォルネの剣術は全くと言っていいほどシグマには当たっていない。
「まだまだだな。フォルネよ! これで本当のトドメよ…! 『風努』!」
荒削りの剣術であろうと、素人の剣術であろうと。
洗練された剣術に勝てる術がある。
それは、古から同じ。
どれだけ強力な相手であろうと、どれだけ実力の差があろうと、関係ない。
「うわァアッ!!」
その術とは、自身の魂を剣に乗せて攻撃する『魂の一撃』である。
それは、どれだけ相手に対する思いが大きいか。
それにより、威力が決まるのだ。
そして、フォルネのシグマを殺す。という思いは、数値で表せば120%。
「はっ…!? まじか…」
シグマは魂の一撃の存在を知っている。
なぜなら、彼も、過去に魂の一撃を出したことがあるからだ。
それは、彼が46歳。
つまり200年前のことだ。
エルフ族の大量虐殺。
その事件を引き起こしたのは、シグマ。
シグマは、なぜただの棒でこれほどまでの事を出来たのか。
それは、彼が魂の一撃を使うことができたからだ。
「勇者フォルネ…お前も、使うことが出来たか…!」
恨み、悲しみ、喜び、何でもいい。
相手に対しての、思いが強ければ何でもいい。
魂の一撃を出せるのは、感情が昂り、魂の形すらも変えてしまう状態。
「ぐ…っそ!」
そして、一発。
シグマに魂の一撃が与えられた。
シグマは強力。
一発では、大きなダメージは喰らうが、死にはしない。
だが、フォルネの魂は解除されていない。
剣に込められた魂が、まだ宿っている。
すなわち、まだフォルネの猛攻は続く。
その事実に、シグマは喜びを感じていた。
「ふぅ…どうだ。俺の攻撃は!」
「最高だ! これからは僕も、感情を抑えずに戦わせてもらう!」
両者の攻防は激しかった。
フォルネの肉体に、またも攻撃を加えたシグマだが、その攻撃を受け流し、シグマへと一撃を与えた。
またもや、シグマはダメージをくらってしまう。
だが、シグマにとってはその痛みが心地良い。
久方ぶりの、強者。
自身と同レベルの強者。
それと出会ったのは、何十年ぶりだろうか。
自分よりも圧倒的な強者はいた。
魔王ネルフォルや、魔人アリティム。
だが、自分と戦うのはいつもいつも格下の者ばかり。
やはり、勇者は違う。
勇者という称号に酔った、ただの人間が来ると思っていた。
でも、違った。
実際に来たのは、自分と同じ魂の一撃の使い手。
しかも、それは戦いの中で芽生えた才能。
戦いが、楽しい。
もっと戦いたい。
そして、永遠に戦っていたい!
「てぁァァァッ!」
「!」
魂の一撃は、シグマの左腕を切り落とした。
シグマはその光景に、一瞬の戸惑いを見せるも、その直後にフォルネへと蹴りを入れる。
攻撃をしてから約0.5秒の間、そのフォルネの隙を蹴った。
もちろん、フォルネは防ぐことが出来ずに飛ばされてしまう。
「ぐふ゛ぅ…」
血を吐き、立ち上がり、歯を食いしばる。
魂を乗せた剣。
魂の剣は、未だその状態が途切れることはない。
「ホント、僕はそうゆう戦いがしたかったんだ。もっと楽しませてくれよ!」
「あ゛ぁ゛、もちろんだ」
その時、戦況に変化が訪れる。
シグマの薙刀に、魂が宿った。
「お!? 来たァ!」
「んだよ! それ!」
二人の攻撃が重なり、魂同士がぶつかる。
シグマは、フォルネに対する『もっと戦いたい』という思いにより、魂の剣が出来上がった。
シグマの喜び。
それは、フォルネの決意と同等の力。
風斬りのシグマの正体は、戦闘狂だったのである。
「ははっ! ホント最高だよ! 勇者ってのはさ!」
「そりゃ、ありがとう…なぁ!!!」
薙刀が、宙を舞う。
剣に弾かれた。
「ッ!!!!」
薙刀を掴み取る間もなく、フォルネの攻撃は続けられる。
薙刀は、攻防一体。
攻撃も防御も出来る、優れものだった。
だが、薙刀がない以上、防御の手段が無くなったのだ。
「これでトドメだ!!!」
いいや、まだある。
魔法があるじゃないか。
「『氷の螺旋』ッ!」
氷は、空気を凍らせ、フォルネへと直撃する。
皮膚はその温度で凍り、固まる。
傷口すらも凍り、固まってしまう。
だが、それを無視して、フォルネはシグマへの攻撃を続けた。
「『物体停止』!」
フォルネの動きが、一瞬止まる。
その時間、約0.1秒。
だが、それだけあればシグマが薙刀を拾うには充分だった。
「ふんッ!」
攻撃同士が、衝突し、火花が散る。
シグマは、本気でたたかっている。
フォルネも、本気だ。
だが、両者には実力の差があったはずなのだが、今は同等。
魂の剣が完成した途端、同等になった。
魂の剣には、魂の一撃を出すことが出来る以外に効果はないはず。
だが、まるでフォルネは強化されたのかと勘違いするぐらいに、強くなっている。
それは、何故なんだ。
おそらく、フォルネの魂の剣と、勇者の力が上手く融合し、強力になったのだ。
「斬られ…たのか?」
「はぁ…はぁ…」
かったのはフォルネだ。
シグマの肉体が、切り裂かれていた。
魂の一撃で攻撃されれば、それは魔法では治せない。
治す事が、出来ないんだ。
「うっ…」
フォルネの肉体は、既に限界を超えている。
さっき凍った部分も、更に酷くなっている。
このまま放置すれば、フォルネは死ぬ。
勝者なのに、死ぬのだ。
「フォルネ、君には天晴だ」
シグマの手のひらが、フォルネの肉体を掴む。
「はぁ…は…ぁ…じゃあな。フォルネ。これは、土産だよ。『癒神…帝』」
フォルネの肉体がみるみると治っていく。
全ての傷が、跡1つ残らずに。
そして、フォルネの肉体が完治すると共に、シグマは息絶えた。
「う…ぅ」
俺は、アイツを倒したのか。
負けたのか。
目を開くと、そこはさっきまで戦っていた場所だった。
俺は勝った。
けど、傷が…
そう思い、お腹に触れると、傷は無かった。
また、鬼神に頼ったのか?
俺は、いつもいつも。
その時、俺は自分の足を握る何かに気づいた。
先程まで戦っていた相手が、そこに居た。
そこで、俺は全て理解した。
コイツが、治してくれたんだ。
俺を…
「ありがとう。シグマ」
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