悲劇
「ふー…」
久しぶりに、疲れた。
こんなの、何百年ぶりだ。
これが、魔王軍の力か。
「魔王軍…俺がマトモに殺り合ってたら、多分勝てなかっただろうな」
魔道士バヴァリアン…奴は、早めに片付けられたから良かったが、復活してから少し時間が経っていれば、負けていたかもしれない。
「てか、あの女は無事か?」
まあ、大丈夫だ。
あいつが技を放ったのは、国の門辺りではないし。
「この身体…魔道士にしては鍛え抜かれた肉体だ。切り落とした首の断面から分かる」
緻密な筋肉。
普通の剣だったら、刃が通らないな。
そういえば、なぜこの剣はこんなに斬れ味が良いのだ。業物か?
名のある刀鍛冶が作ったんだろう。
剣の節々から、愛が感じられる。
ん? 愛が籠もっているが、少し変なものが混ざっているようだな。
剣への愛というか、その所有者への愛のような…
まあいい。
とりあえず、早くドーンの所へ向かおう。
―――
「うわーん! うわーん! おかあさーん!!!」
燃え盛る火炎の中で、少女が一人、母の亡骸を見て泣いていた。
逃げろと言われた。
けど、私にはあの子を見捨てることはできない。
「そこの女の子! 早くこっちに!」
「うわーん! お母さんを助けてぇえ!」
さっきの魔力爆発で被害にあったのか?
いや、ここはギリギリ爆発の被害はないはず。
「分かった! 落ち着いて待ってて!」
この炎を消すために、使うしか無い。
「『水球』」
火は消し止めた。
一時的なものになるだろうが、それでもいい。
「お母さんは私が連れて行くから、あなたはあの光っているところに行って!」
「おかあさーん! おかあさーん!」
平常を保てていない。
それはそうだ。
母親が息をしていないんだから。
「これは酷い…」
爆発によって飛んできた瓦礫に衝突したのだろうか。
半身が削れている。
これは、もう助からない…
「きみ! 走って!」
重い…成人女性1人を抱えながら走るのは、結構大変だ。
出口までは、あともう少し。
間に合いそうだな。
「お? まだ生き残りが! 早く走るでやんす!」
門に、人がいる。
一体だれだ?
あぁ、あの人が言っていた人か。
「ねえ、お姉ちゃん」
「ん?」
「あれ、なに?」
少女が指を指す方向。
そこには、目が眩むほどの光がある。
それは、瞬く間に国のほとんどの領土を削りきってしまった。
瓦礫が、降る。
私達の周囲にも、瓦礫が雨のように降る。
「ひ、ひぃ! 早くするでやんすよ!」
「分かった! あなたも早く!」
少女の方を振り向いた時ぶちゅ、と嫌な音がした。
それは、少女が居た所から鳴った。
瓦礫に、“何か”が潰されている。
赤いペンキが、地面に塗られているようだ。
少女は、どこに行ったんだ?
「あ、あぁ! うわああ! あんたも早く! しんじまいますよ!」
瓦礫を、破壊する。
何が潰されたのか確認するために。
そこには、赤いリボンと人の抜け殻のようなものがペチャンコになっていた。
私は、気づいた。
「守れなかったの…?」
頭が、痛い。
私が油断したから、あの子は死んだ?
必ず守ると誓ったのに。
「あ…あ」
私は、なんて弱いんだ。
ただの少女1人すら守れないなんて。
まだ、握っていた手の感触が残っている。
温かい手。
だが、今となってはその握る手すら無い。
無力だ。
どうして、私はこんなにも無力なんだ。
いつも、誰かに頼ってばかりだ。
自分ひとりでは、いつも何もできない。
「…ごめんなさい」
返答はない。
私は崩れていた足を元に戻し、立つ。
「………がとう」
血溜まりから、声が聞こえた。
ありがとう。
そう聞こえた。
私の幻聴かもしれない。
あまりにショックを受けたあまり、少女の言葉を捏造したのかも知れない。
もしくは、気の所為かもしれない。
「ありがとう。お姉ちゃん」
私は、何もしていないのに。
感謝される筋合いなんてあるのか?
いいや、少女が感謝しているんだ。
その感謝を、私が受け取らきゃどうする。
「名前も分からなかった…けど、君は私の大事な友達だよ」
「うん。お姉ちゃんも、わたしのともだ――」
血溜まりから浮き出ていた少女の霊は、風と共に外へ散っていった。
「な、なんだったんでやんすか?」
「分からない。けど、あれは偽物じゃない。本物のあの子」
「そう…でやんすね。それじゃあ、外に出ましょう」
私は、少女のリボンをしっかりと持ち、門へと向かった。
その時、隣から何か痛々しい音がなった。
誰かが、何かで刺されるような音。
「え?」
つい今まで、隣で話していた小太りの男性。
彼の息がない。
心臓の部分に、ピンポイントで何かが刺さっている。
毒針だ。
刺せば、3分程度で毒は全身に回り、死に至る。
小太りの男を刺したのは、その背後に立っていた男だ。
フードを被っており、顔はよく見えない。
だが、服にはカピカピになった血液が、至る所に付いている。
「うわぁあぁっ!!! 『龍炎』! 『炎帝』! 」
「ふん…!」
男は、避けようとするが、それに対応し、大量の魔法をリアムは打ち込む。
「『炎刃』! 『炎虎』!」
「…っ!」
炎が盛り、豪炎の刃が男に走る。
炎の刃が男の腹を切り裂く寸前で、男は攻撃を避けた。
次の動作へと移ろうとした時、炎で象られた虎が男を噛み、飲み込もうとする。
「ふんっ! 『水遊斬』ッ!」
剣は水を纏い、虎を討った。
「甘いぞ。確実に仕留めたいなら、そんな魔法を使うんじゃない…!」
「何アドバイスしてんだよ! 死ねぇ!」
リアムがまた魔法を放とうとした時、リアムは魔力を込めることが出来なかった。
「え…?」
「阿呆め」
なぜ、魔力を込められなかった。
魔力切れか? いいや、リアムは炎魔法に制限はない。
なぜか、それは。
『リアムの腕が、無かった』
「うわぁぁ!!」
リアムは叫び、自身の無くなった腕を見て叫びをあげた。
「喚くな。耳障りだ」
そして、リアムの叫びは途絶えた。
―――
頭が痛む。
久しぶりに起きた気分だ。
ずっと、どこかにいた気がする。
誰かの叫びが、俺を目覚めさせた。
目の前に広がっているのは、地獄の景色。
街は崩壊し、消し飛んでいる。
「え?」
俺は、精神世界にいたはずだ。
アイツ、つまり鬼神が俺の身体を操作していたはずなのに。
なぜ俺は今、ここにいる。
「おい! 鬼神! 出てこいよ!」
応答はない。
「突然どうしたんだよ」
前へ前へと歩き、誰かいないか探る。
あるのは、瓦礫と死体の山。
生きているものなんて、誰も…
いた。
男はそこに立っていた。
フードを被り、カピカピになった血液が、服についている。
その足元には、2つの死体があった。
小太りの男が1人。
それと――
それ…と
そ…れ…と
「あ…ああ」
良く見た顔だ。
俺の、パーティメンバー。
可愛らしい顔をして、まだサイズがあっていない帽子を被っている。
「リアム…?」
そこに倒れていたのは、リアムだった。
「あ? まだ生き残りが…」
アイツが殺したのか。
ならば、こちらもあっちを仕留める。
風を切り、腕を斬り、首を斬る。
アイツはあっという間に死んでいた。
原型はとどめていない。
俺は、何をしてんだ。
リアムの亡骸を抱え、涙が落ちた。
リアムが戦っている間、俺は何も出来なかった。
俺は、眠っていた。
知っている限りの回復魔法を、リアムに放つ。
だが、治るのは外傷だけ。
息は戻らない。
リアムの顔は、綺麗だった。
「くっそ…」
大切な、俺の仲間が。
リアムとは、これからも長くやっていきたかった。
仲間1人救えないで、何がこの世界を救うだ。
俺は、世界なんかより、仲間や友達のほうが大事だ。
見ず知らずの人間の為に、なんで俺が戦わなきゃならない。
「リアム…ごめん。ごめん」
そうだ。
バルセルに言われていたじゃないか。
どちらともいつ死ぬかなんて分からないって。
だから、気持ちは早めに伝えたほうが良いって。
決意したんだ。
けど、勇気は出なかった。
寸前で、止まってしまった。
なんで、俺はこの気持ちにハッキリと気付くことができなかったんだ。
俺は、リアムが好きだったんだ。
最初に会ったときから。
なぜ、俺はそれに気づかず、曖昧にしてしまっていたんだ。
俺は…大馬鹿だ。
―――
「それじゃあ…ドーンを助けに行くか」
洞窟までの道のりは長かった。
けど、リアムを失ったことに比べれば全くキツくない。
「お客さん。どうしたんです? そんな顔して」
「まあ、仲間が死にまして」
「あ…それはすみません。失礼でしたね」
「いえ、いいんです」
勇者なんて、なりたくなかった。
勇者になったから、リアムが死んだ。
俺がリアムを誘っていなければ、リアムが死ぬことはなかった。
全部、俺のせいなんだ―――
◆ ◆ ◆
「着きましたよ。私はここから離れさせていただきます。ガッサン大洞窟は危険ですから気をつけて」
「…ありがとうございます」
魔物を皆殺しにすればいいんだろ。
今、丁度何かを痛めつけたかったんだ。
洞窟の入り口には、門番らしき魔物が二匹立っていた。
「お? テメェ誰だ。まさか、俺らを倒しに来たとか言うんじゃねぇだろうな」
「そのまさかだ。お前ら全員…殺しに来た」
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