魔道士 バヴァリアン
かつての魔王軍は、圧倒的な強さを持つ『魔王 ネルフォル』により結成された。
この世の魔物は、全て魔王の手下につき、世界は混沌に支配された。
その魔王軍には、魔王すらも凌ぐ魔力を持つ者がいた。
もちろん、強さでは圧倒的な差があった。
だが、魔力総量だけでいえばその者の方が多かったのだ。
その者の名は『魔道士 バヴァリアン』
バヴァリアンは、魔王に大きく貢献していたのだが、ある日事件は起こる。
バヴァリアンの魔力総量の多さに腹を立てた魔王が、バヴァリアンをザリバーム帝国に封印してしまったのだ。
それが、なぜなのかは分からない。
だが、その魔道士は今目覚める。
「ふーッ…」
久しぶりの地に、肩をボキボキ鳴らす。
眠そうな顔で、周囲を見渡すと、自分が最後に見た景色とはまるで違う光景に、目を細める。
「何年ほど経ったのでしょう? 数百年か、数億年か…」
まあ、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに、バヴァリアンは欠伸をする。
「とりあえず、杖を探すとしましょう」
「あ、あんた…うちの店を壊しといて何勝手に出ようとしているんだ! ふざけるな!」
「人間ですか。人間はいつの時代も生意気なものですな。この魔道士バヴァリアン様に歯向かうなど」
店主は、後ろの扉に娘と妻を逃がし、護身用の剣をバヴァリアンに向けた。
「私に勝てるわけ無いのに…『岩剣』」
店主の首が跳ねる。
赤い鮮血が店の料理にべっとりとつき、店主の身体はぴくりとも動かなくなる。
「剣…こんなカス、要らないですね」
「ひ、ひぃ…俺はただここに飯を食いに来ただけなんだ…! 殺さないでくれぇ!」
「そうですか。それは災難でしたね」
その男は上半身と下半身が真っ二つに斬れ、死んだ。
「では、そろそろ杖を…っと忘れていました」
背後にある扉に、ゆっくりと近づいていく。
トン、トン、トン。
床が軋む音、内蔵を踏み潰す音など、いろいろな音が混ざり合っている。
「お父さんは、死んでしまったみたいですよ」
扉の向こう側にいる者に、バヴァリアンは優しく話しかける。
声色は天使のように優しかったが、その声のどこかに、闇を感じる。
「あら? なんで出てこないんですか?」
扉を足で蹴り飛ばし、その扉の向こう側を見て、バヴァリアンの表情は怒りへと変わる。
「裏出口ですか…あのクソ野郎めが」
「ですが、まぁいいでしょう」
手を横にバッと振りかざす。
魔力を左腕に集中させ、振りかざすと同時に放射。
「魔力暴走」
魔力による爆発。
紫の炎のような魔力が、爆発する。
辺りは燃え盛り、女児の悲鳴も轟く。
「この声は、先程の娘ですか」
ローブをはためかせ、その声の方へと向かう直前。
バヴァリアンの足は止められた。
「ん?」
そこにいたのは、一人の少女。
魔法使いだろうか。少し幼い見た目だが、その顔は強い顔だった。
そう、リアムである。
「あの子には、近づかせない…」
「ふん。くだらないですね。手早く始末してあげましょう」
「私の事を、あんたは殺せない! 『炎帝』」
リアムの杖が、折れる。
発動しかかっていた魔法も、中断された。
リアムは、それでも諦めず魔法を繰り出そうとしたが、間に合わない。
「あなた程度の魔法使いが、私に勝てると思ったのが間違いでしたね」
「くっ…! 『龍炎』」
その魔法も、あっという間に退けられた。
もう、リアムにはかつ手段がない。
もう、だめなんだ。
下手に勝負なんて挑むんじゃなかったよ…
ごめん。フォルネ。
私、フォルネの事を心配してたけど、また会う前に殺されてしまいそうだ。
「『水刃斬』」
水の刃が、衝突する。
何かと。
刃と刃が衝突した。
「お前が、この国を…」
「貴様は、まさか――」
バヴァリアンは蹴り上げられ、宙に舞った所を剣で刺される。
刺される直前に、魔力でガードし、ギリギリの所で致命傷は免れた。
「バヴァリアン…か」
バヴァリアンは、平然とした表情を崩し、焦った。
「なぜお前がいる…?」
「さぁ、何でだろうな?」
疾風の如く剣は動く。
稲妻のような速度で剣はバヴァリアンを切り刻む。
「フォルネ! じゃなくて…えっと」
「おい、お前は逃げていろ。国の門に人が1人残っている。そいつと共に逃げるんだ」
「え!? あ、分かった」
リアムは、隙だらけの走り方だったが、なんとか逃げて行ったようだった。
「よお、バヴァリアン」
「お前は…鬼神か」
鬼神。
魔王が誕生するよりも遥か昔。
この世を治め、支配した者である。
鬼神は、長い間頂点に君臨していた。
だが、鬼神はある日死んだ。
死因は、不明。
何故死んだのかは分からないが、突然死んだのだ。
その時、この世界の頂点に君臨していた者達。
鬼神の一族 鬼族 もまた、突然死した。
そして、当時の文献にはこう残されている。
鬼神は、誰よりも強く、誰も抗うことは出来ない。
残虐な男で悪魔のようだ。
と。
「ほう? 俺を見たことがあるのか?」
「まぁ、小さい頃に1度だけですが」
「ですが、なぜ鬼神ともあろう者がそのような姿になってしまったのですか?」
「知らねぇよ。気づいたらこの身体になってた」
「そうですか…まあいいです。早く始めましょうか」
瞬く間に、また攻撃が始まる。
どちらが劣勢なのかすら分からないほど、異次元の戦いである。
「くっ…! 防御魔法か」
「ふふふ…流石の貴方でも、この高度な魔法は貫通できないよ―――」
鬼神の剣は防御魔法陣をいともたやすく貫通し、剣はバヴァリアンの肩まで届いていた。
「なんだって? もう一度いってみろ」
「くぅァア! 『氷の散乱銃』」
大量の氷の弾丸が、天を撃つ。
だが、その弾丸は一発も鬼神に当たることは無い。
それどころか、ダメージを負っているのはバヴァリアンの方だ。
鬼神の剣術は 異常 である。
最強の剣士と唄われる者には、一歩及ばないが、たったの“一歩”だ。
最強から、一歩後退りすればいいだけなのだ。
最強ではないにしろ。それに近しいものであることは間違いない。
だが、これも忘れてはならない。
バヴァリアンも、魔王と同レベルの魔力総量を持ち、魔術の扱いも魔王から一歩及ばない程度ということを。
「『風輪鳳』!」
一方的にやられていたバヴァリアンが、風を起こし、猛攻を切り抜ける。
「させるか…!」
鬼神が見せた一瞬の隙。
それを、バヴァリアンは狙った。
「『雷斬林』」
これは魔法ではない。
バヴァリアンだけが使う『神術』というものだ。
「なんだ…それは?」
鬼神の肩が、なにかに噛みつかれたかのように千切れる。
それから続けて、右足、左腕。
どんどんと、千切れる。
「くはははは! どうだ。鬼神よ! 我が神術により、圧倒される気分は!」
「ぐっ…なんだって? 気分?」
猛攻が止まり、ボロボロの状態で鬼神は跪く。
血液が大量に流れ、血溜まりが出来ていた。
これで死なないのは、彼が今鬼神だからであろう。
もしこれが、フォルネだった場合。
確実に死んでいる。
「ちょっと痛いってとこだな…」
「ふん。流石は鬼神…といった所でしょうか」
「『癒神帝』」
傷が、欠損していた腕が元通りにくっついていく。
さき程ついていた傷も、見る影もなくなっているようだった。
「それは、癒神帝ですか。それ、私でも中々使いこなせないですよ」
「さ、ラウンド2…早く始めんぞ」
「そうですね。先行は、私からいかせてもらいます」
時計の針の音のようなものが鳴り、バヴァリアンの肉体に、魔法陣が刻まれていく。
少しずつ、少しずつ。
そして、身体全体が魔法陣で包まれた時。
バヴァリアンが立っていた地面にも、巨大な魔法陣が貼られる。
「その魔法陣。魔力増幅の効果があるやつか」
「御名答。今、私の魔力を限界まで高めました。これで、あなたを楽に殺すことが出来る」
「そうか。やってみろ」
「では、いきますよ」
地面が激しく揺れ、立っているのも難しいくらいになる。
地割れがおこり、どこかでは波が大きく立つ。
空は薄暗く濁り、雷鳴が轟く。
「はぁっ! 『神術奥義・蕾蒼炎湖風』!!!!!」
すべての属性が混ざり合う。
雷も、炎も。
その威力は、強大なものだった。
国の2分の1が破壊されるほどの、大きな爆発。
普通の人間ならば、消し炭になるほどの威力。
この勝負。
バヴァリアンの勝ちなのか。
いや、まだだ。
その技を受けても尚、立ち上がる者がいた。
焦げた身体だった。
皮膚は焼け爛れ、髪の毛も焼けていた。
だが、緑色の光が発された瞬間。
みるみると皮膚は治り、髪の毛ももとに戻っていった。
あの技をくらった剣は、無事である。
一切の傷は無かった。
「あー、フォルネの服焼けちまったよ」
鬼神は、服のほとんどが焼けていた。
残っていたのは、ズボンの一部と、腹の部分だけだ。
「ふー、じゃあ次…俺の番な」
「まだ生きていたとは…! 次こそトドメで―――」
バヴァリアンの右腕が、落ちていた。
地に、ついていた。
バヴァリアンは悟った。
コイツには勝てないと。
もう、勝ち筋はないと。
「久しぶりに、楽しめた」
「ふふ…私も、結構楽しめましたよ」
「そりゃどうも。それじゃあな」
「はい」
そしてバヴァリアンの首は、墜ちた
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