旅立ちの声
新王は隣国の勇者で、女神信仰がなかった。
新しくできた神殿には、よくわからない誰かが始めた信仰の神が祀られている。
「待遇がいいぞ、こっちへ来ないか」
なんていう先輩神官が来たけど、簡単に信仰を変えるのは嫌だな。
「神官長や取り巻きがいなくなって、若い神官が権力争いをしているところだ、早く来ないと負けてしまうぞ」
げんなりしますよ、そんなの。
「力がある神官だが来ない、と思っていいのだな?」
はいはい、確認に来たらしい。それでいいですよ、と言うとうれしそうに帰って行った。
礼拝堂に戻ると、信者のおばあさんが来ていた。
「アレン様、魔族が攻めて来るんですって」
はあ、魔族なんてまだいたっけ?
「王様は勇者でしたから、魔族と戦っても負けませんでしょう」
勇者って、一応魔族を倒した人ってことになっている。
「魔族が来るなんて恐ろしい事になるんでしょうねえ」
ほんとに来たら恐ろしい事でしょうね。
「勇者様が王様ですからなんとかしますよ、大丈夫ですよ」
なんて言ってみたけど変な話だ、なぜ今、伝説を再現するような勇者と魔族が突然出てきたんだろう?
「危険だから家から出てはいけないそうですよ、新しい規則ですって」
新しい規則ねえ。
その新しい規則のおかげで、また祈祷所に籠っていていいことになった。
「暇だわ、やっと外へ出られるようになったのに」
ナナは1日に何回町へ買い物に行くんだろう。
「あ、そうだ、何かがないわ」
何が? 監禁生活が終わってうれしいのはわかるんだけど、新しい規則はどうするの?
ナナが規則を守るようなら監禁されていなかったんだけどね。
おばばは元々神殿の中の小屋で生活している。
この広い神殿の中に住むのはわたしだけになった、あ、ナナはいるけど本当はこの神殿の人ではない。
(行きなさい)
青い壁の前に立っていると、壁から声がきこえた。
よくあることで、女神様の声は人間の声と違って深い音の響きが残る、こんな発声は人間にはできない。
強制されたことはないんだけど、この声に逆らい続けることはできない。今までずっとそうだったから、今回もそうなるんだろう。どうしようかな、いつがいいかな。
町に入荷した本を抱えて、うれしそうにナナが帰ってきた。
「新しい写本は滅多にないのよ、買うために苦労したわ」
「旅に出ようと思う」
「いいんじゃない、ここに居たってどうしようもないよね、古い信仰は王様によく思われていないみたいだし」
「ナナはどうするの? 一緒に行かないか、どこに行くか決めてないけど、修行の旅も楽しいだろう」
「は? 修行ですって? 一人で行きなさいよ。来月発売の本はこの国でしか買えないのよ、わたしが行くとでも?」
ああ、そうだった、この子はこの国の本を読むために遠い国から留学してきたんだった、変なこときいちゃたな。
「それじゃ、元気でね、ここのことは心配しないで、攻められる前に降参して逃げるわ」
そうだろうね、じゃあ安心?