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バイト先のJKが俺にメシを奢る理由(ワケ)

作者: 生姜寧也

<1>


「あ、遅いっすよー。大の方っすか?」

「飯食ったばっかで大とか言うな。つーか、また払ってくれたのかよ」

 トイレから席に戻ると池田が居なかったので、レジまで行ってみると案の定、既に会計を済ませてくれていた。もう十分だって言ってるんだが、聞いちゃくれない。義理堅いヤツだとは思うが、年下の女子高生に毎度のように飯を奢ってもらうのは、居心地が悪くてしょうがない。

「だって長かったから。まあいいや。ほら、帰るっすよ」

 バーコード決済を終えたスマホを制服のポケットにしまって、池田は追及される前にさっさと店を出た。小奇麗な蕎麦屋だったから、そこそこの値になったのに。

「なあ、いつも言ってるけど、俺にも出させてくれよ」

「まあまあ。感謝の気持ちっすから。今度ちょっと安い所で奢って下さい」

 ニシシと笑う池田。パッチリ二重に綺麗な鼻筋。少し八重歯の覗く口元も愛嬌がある。クラスで三番目に可愛いと自己評していた事があるが、俺には謙遜じゃないかと思える。もしかすると池田のクラスの顔面偏差値がバカ高くて本当に三番目なのかも知れないが。男子大学生の俺が、女子高の教室を覗いて確かめるワケにもいかない。

「暑いっすねえ。アタシらが大人になる頃には、もう地球溶けてるんじゃないっすか?」

 冷房の効いた店を出ると、一転、アスファルトに陽炎が立ち昇る真夏日。先を歩く池田のブラウスの下、ミントグリーンのブラ紐が透けていて、目のやり場に困る。

「すっかり夏になったよな……もう三カ月だもんな」

「アタシらが出会って?」

 まるで恋人みたいな言い方はわざとやっているんだろう。女慣れしていない俺をからかいたいのか。自分だって、中学から女子高らしいから男には慣れていないクセに。実際バイト先では結構わかりやすく男女で接し方分けてやがるし。ただ例外は俺。前のバイト先から一緒に避難してきた事もあって、何か盟友みたいになってるんだよな。

「バイト始めて三カ月ってことだよ。まあそれがそのままお前との付き合いでもあるけどさ」

「お前じゃなくて名前で呼んで欲しいっす」

「池田」

「……」

「おい。先行くなよ。速い速い」

 上り坂だってのに競歩みたいにズンズン行ってしまう。「池田」と何度も呼び掛けるが、ミンミンゼミの大合唱で聞こえないのか、全く足を止めてくれないのだった。


<2>


 今から三か月前、まだ夏の気配すら遠い四月。俺と池田花梨いけだかりんは出会った。と言っても別に大したドラマとかはない。彼女が二年生進級を機に、俺が大学進学を機に、それぞれ人生初バイトを始めて、そこで知り合い、初バイト同士として親交を深めた。それだけの話だった。日本のどこにでもありそうな陳腐な同僚関係……で終わるハズだったのに、今やこうしてしょっちゅう一緒に飯行ったり、二人で好きなアニメのコラボカフェに行ったり(アニメの趣味も何故か合う)するような関係になった。非常に仲の良い女友達、という認識で良いのかな。

 こうなるキッカケは前の職場(スーパーのレジ打ちや品出しの仕事だったんだが)での一件だ。そこには何故か男性社員を差し置いてバイトたちに指示を飛ばすパートリーダーみたいなおばさんが居て、その人に池田は目の敵にされていた。女社会の細かい所は男には伝わってこないので、何かトラブルがあったのかも知れない。本人は「さあ。若い女ってだけで気に入らなかったんじゃないすか?」とクサしたように話すのみだが。

 その日は、早朝の品出しバイトの一人がお子さんの急な発熱だとかで出勤できず、かなりの在庫がバックヤードに残っている状態で開店してしまった。日曜日だったため客入りも多く、他作業に忙殺された社員たちが新入りの俺たちに品出しの残務をお願いするのは、まあ普通の事だし何とも思わなかったんだけど、その例のパートリーダーがやたらと急かすのが問題だった。しかも俺が別の棚に品出ししている時に池田に、二言三言、早口に言って去るという狙い撃ちっぷりだった。自分の娘より年下だろう女の子相手に、みっともない。我慢の限界だった。またやって来た時に、ついに俺は言った。

「早くしろ早くしろって……俺たちの責任じゃないでしょ。大体、しょっちゅう急かしに来る富田さんは何やってるんすか?」

 思えば向こう見ずだった。若かった。そのパートリーダーの富田さんも、ストレス発散の為にいびりに来て、まさか後ろから男の方が突っかかって来るとは思ってなかったのだろう。完全に虚を突かれた顔をしたが、すぐに怒りの方が勝ったのか、

「遅いから言ってるんでしょうが」

 と口を尖らせて言った。

「お客さんも入ってるんだから、そんなに早く捌けるワケないでしょ。つーか、早朝の人が丸々休んだんだから、リカバリーに時間かかるのは当たり前じゃないっすか?」

 富田さんは若造にここまで言われていよいよブチギレ寸前だった。

「子供の事だから仕方ないでしょ。アンタみたいなガキは子供育てたこともないから分かんないんでしょうけど」

「いや。欠勤理由の話なんかしてないし。そもそも富田さん、いっつも子供の行事とか病気とかでシフトに穴開ける人、裏で責任感が無いとか陰口叩いてるでしょ? こんな時だけ都合良くないっすか?」

「な……ん、て、こと言うの。最近の子は」

 なんて無茶苦茶なこと言うんだろう最近のババアは、と言い返さなかっただけ褒めて欲しい気持ちだった。

 結局ババア……おっと失礼、富田さんは図星ドストライク過ぎて言い返すことも出来ずに去って行った。ただ次に来た時は、大量の在庫を持ち出していた。何段も積まれたパレットを乗せた台車を、何も言わずに乱暴に転がしてくる。明らかに売り場スペース的に出せない量だったが。

「あ!」

 池田が転がる台車を止めようと慌てて手で押さえたが、それが良くなかった。グラっと上段のパレットが傾く。何かを考える前に体が動いていた。

「危ない!」

 俺が池田を押しのけた次の瞬間、右頬が焼けたかと思う程の衝撃。咄嗟に倒れてくるパレットに横付けするように体を入れて、頭で抑えられたのは奇跡だったと思う。近くに居た社員さんがすぐに駆けつけて、反対側からパレットを引っ張ってくれたのも幸運だった。ババアは自分は関係無いとでも言わんばかりに、そそくさと逃げやがった。


<3>


 顔の怪我は思ったよりも酷くて、数時間後には青痣を通り越して赤黒くなってしまった。デッドボールを受けた野球選手が当たった箇所の写真をSNSに上げているのを見たことがあるが、正にあんな感じだった。

 バイト上がりに関係者全員が事務所に呼ばれ、改めて状況整理が行われた。が、当の富田さんは自分のせいではないと必死に弁明し、池田の持ち方が悪かったと責任転嫁する始末。

「警察に被害届出してみましょうか? 正しい判断してくれるでしょうし」

 と切り出してみたら、彼女はしどろもどろになって、

「そんな! 警察だなんて。そんな大袈裟な。ねえ」

 と店長に媚びるような笑みを浮かべていた。俺もこんな事で警察に行ったところで示談を勧められるのが関の山だろうとは想像つくが、余りに腹が立ったものだから軽く脅してやったのだ。だが、これが店長にも効いたらしく、後日、治療費等として10万円の示談金を内々に受け取ることになった。くれぐれも事故についても、この示談金についても口外しないでくれと頭を下げられた。店長は良い人だが、多分、人の上に立つタイプじゃないんだろうな、とぼんやり思ったものだ。結局その後は俺も池田も居づらくなって、すぐにそのスーパーは辞めてしまった。

 池田は感謝と謝罪を繰り返し言ってきたが、俺には彼女が悪いとは決して思えなかったので、感謝は受け取るが謝るなと返した。それ以来だ。治療費とお礼という名目で、隙あらば俺に飯を奢るようになったのは。しかも俺が次のバイト先が決まったと言えば、すぐに自分も同じ場所を受けて再び同僚になってしまった。以来、茶化して「理玖りくセンパイ」なんて呼んでくる。二日くらいしか変わらないんだが。

 とまあ、こんな経緯でよく懐いてくれている。ただ治療費込みの示談金は店から貰っているので、彼女からも奢られると二重受け取りのようで非常に罪悪感がある。なもんで、他言無用と言い含められていたが、そろそろ時効という事で彼女にだけは話してしまったんだが、それを聞いても「じゃあ次からは謝礼金ってことで」と言って譲らなかった。

「嬉しかったんすよ。味方が居るってこんなにも心強いんだなって。あと……ぶっちゃけ超絶スカッとしたっすから」

 と、良い笑顔を浮かべていた。


<4>


 夏休みに入った。俺たちの二番目のバイト先であるホームセンターでも季節商品のゴリ押し。虫取り網や浮き輪など夏用のレジャー商品の特設コーナーが組まれたり、セールを打ったら扇風機が飛ぶように売れたり。女性客も薄着になるので、あまりにあからさまな視線を向けないように苦心する日々でもあった。

 大学生の夏休みなんてバイトくらいしかやることないでしょ、と言わんばかりに過密気味にシフトを入れられたが、まあ反論はない。バリバリ働いた。そして池田も暇なのか、俺と同じようなシフトを組んでいた。上がりの時間もほぼ同じなので、一緒に飯食って帰る。相変わらず上手く調整されていて、俺が1回奢る間に2~3回奢ってくれるというサイクル。もう言っても無駄なので、今度、アイツの誕生日にでもドカンと良いもの買ってやろうと画策している。実は連勤シフトもその資金調達の為だったりする。

 そんな感じで夏休みも半分近く過ぎた頃。珍しくシフトが重ならず、俺が休み、池田が出勤となっていた日の事だった。近くに所用があったついでに客として職場を訪れた。レジ前を通る正面入り口は使わず、東口から店内に入り、お菓子とお茶のペットボトルを手に持って何食わぬ顔でレジに並んでやった。休日にバイト先に行ってシレッと買い物して同僚を驚かせる、という誰もがやるだろう悪戯だ。やがて俺の番になり、

「いらっしゃいませー」

 と小慣れた挨拶をしてくる池田。顔を上げ、俺のニヤニヤ顔を見て……あれ? 池田ってこんな目元だっけ? 一重だし全体的にキラキラ感が無い。声を掛けようとしたその前に。

「いやあああああ! 理玖センパイ! なんで!」

 顔を両手で覆って、完全に後ろを向いてしまった。

「え? え?」

 声は確かに池田のものだし、本人なのは間違いないが、随分と印象が違った。というか、レジは良いのか、と振り返るが俺の後ろには幸い誰も並んでいなかった。ただ「なんで」とか「聞いてない」とかブツブツ言うだけで、池田は再起不能のようだ。

「高槻くん。こっちでレジ通すから」

 横のレジに入っている広原さんがヘルプを入れてくれる。歴の長い中年女性で、アルバイトのリーダー的存在だが、例の彼女とは違って傲慢でも他責的でもない。

「何か、今日来たらマズかったですかね?」

「う、う~ん。そうねえ。女の子は色々あるから。ずぼらメイクの日とか。ごめんだけど、早く帰ってあげて」

「わ、わかりました」

 そう言って品物をエコバッグに乱雑に放り込み、逃げるように店を後にした。去り際、広原さんが池田に「青春ねえ」と茶化しているのが耳に入ってしまう。

 俺が居ない時は、ずぼらメイク。見られたら赤面して顔を隠すほど。青春という言葉。

 もしかして……池田は俺のこと……。


<5>


 それからまた十日ほど経った。あの日のことはどちらも話題にはせず、いつも通りダラダラとつるんで飯に行ったり、推しアニメの劇場版を見に行ったり、そんな毎日を過ごしていた。

 そうして迎えた8月26日。俺の誕生日だ。池田とは今日も遊ぶ約束をしている。()()アイツも今日シフトを入れていなかったと言うのだ。

 午前11時15分。待ち合わせは30分だったが、早く来すぎた。仕方ない。ショッピングモールの1階、南口のベンチが集合場所だから、座って待って居ようと思ったら、先客がいた。袖口のフワッとしたライトグリーンのサマーニットに白のロングスカート。足元はヒールサンダルで涼しげ。いつものパンツルックとはかなり違うコーデをしているせいで、一瞬人違いかと思ったけど、

「あ、センパイ! 早かったっすね」

 快活に笑う見知った顔。そっか、オシャレしてきてくれたんだな。俺だけ何か浮足立っていつもより気合入れた格好してきたかも、とか不安になってたけど、向こうもちゃんと意識してくれてる。

「り、理玖センパイ、今日、何か良い感じっすね」

 少し裏返りそうな声でそんな事を言ってくれる。男を褒め慣れていないのが丸わかりだ。

「い、池田も、あの、何かいつもと違って、か、可愛いと思う。あ、いや、いつもは可愛くないとかじゃなくて、えっと」

 俺も全く人のこと言えない。

「い、行きましょうか」

「おう」

 こんな調子で大丈夫かなと不安な立ち上がりだったが、一緒に飯食ってモール内をぶらついてテナントを冷やかしたりしているうちに、いつもの二人に戻っていた。自然体で過ごした今までの日々の積み重ねのお蔭だ。そして、やっぱこの子と居ると楽しいな、と素直に思う。池田もそう思ってくれてると嬉しい。

 そして夕方5時過ぎ。そろそろお開きかという所で、池田が最後に家電屋に寄ると言い出した。何か見たい物でもあるのかと訊ねるが、曖昧にはぐらかされたまま連れて来られ……そのまま売り場ではなくレジへ直行する彼女の後を追いかける。

「何だよ。どうしたんだよ」

 追いついて声を掛けた頃には、店員さんがレジ下から取り出した紙袋を池田に渡していた。そしてそのままクルリと振り返り、

「はい。お誕生日おめでとうっす」

 とこちらに渡してきた。状況が掴み切れないまま、取り敢えず反射的に礼を言って受け取ってしまう。すると池田はそのまま俺を追い抜いて元来た道を戻って行く。

「え、ちょ、ちょっと。待ってくれよ」

 先を行く彼女の耳が真っ赤になっている。サプライズやっておいてドヤるのは恥ずいって、どうなんよ。まあ可愛いっちゃ可愛いけど。ていうか俺も顔赤くなってる気がする。追いつかない方が良いか、なんて思い直して、少し離れて後をついていった。


<6>


 やがて一番最初、待ち合わせに使った南口のベンチまで戻って来た。夕暮れどき、蝉の合唱団もミンミンからカナカナに交代している。少し物寂しい音色。ガキの頃は友達と外で遊んでても、このヒグラシの鳴き声が解散の合図だった。けど今日はもう少し。俺ももうガキではないし、アイツもただの女友達ではなくなるかも知れない、そんな予感がある。

「……ありがとう、ビックリしたけど、嬉しかった。これ……ブラステ5だよな?」

 無頼ぶらいステーション5。世界的な人気を誇るゲーム機だ。確か4万円くらいする。以前から欲しかった物ではあるが。

「嬉しいけどさ、こんな高価な物……」

 受け取れない、と言いかけた俺の鼻先に池田が背伸びしてスマホを突き付けてくる。ビックリしてのけぞりかけたが、音声が再生されているのに気付いて逆に耳を近づけた。

(……飲み過ぎじゃないっすか?)

(平気、平気。らいじょうぶだって)

 池田の声と、恐らく酔っ払った俺の声。いつ録られたのか全く思い出せない。

(いつもありがとな。池田。俺に付き合ってくれれ、飯までちょくひょく奢って貰って。いつかドカンと返しゅからな)

 呂律が回ってねえじゃねえか。どんだけ酒弱えんだよ。

(お返しは……出世払いで良いっすよ。あ、いや、他にすぐ返してもらう方法があるっす)

(うむ。申してみお)

(名前で呼んで欲しいっす。花梨って)

(やだ)

(ええ!?)

(池田は、何か池田って感じ)

 全く要領を得ないが、何故こう言ったかは分かる。いまさら名前呼びは痒くて仕方ないんだ。池田も冗談で言ってみただけかと思ったんだが、

(どうしてもダメっすか? ブラステ5買ってあげてもダメっすか?)

 まさか食い下がるとは。そして嫌な予感がする。

(ブラステ5!? 欲しい欲しい。ブラステ5くれるなら何でも言うころ聞く)

 案の定、釣られやがった。過去の自分ながらアホすぎる。

(じゃあ買ってあげたら、花梨ちゃん大好きって言ってください)

(りょ。りょりょりょ)

 我ながらウザ。

 そして音声再生はそこで止まった。池田は少し不安そうな顔で俺を見ている。

「……いつ録ったんだよ、こんなの」

「ほら、6月の終わりくらいに、大学のゼミ仲間と昼から飲んだとかって」

「あー、あの日か」

 親が国内旅行に行っててプチ一人暮らしだとか言って羽目を外したんだった。飲み終わって友達連中が帰った後に池田が来たのか。約束は流石にしてなかったハズだが。

「ちょっと近く通る用事があったから、寄ったんすよ。そしたら入れ入れって強引に」

「ご迷惑おかけしました」

「たはは。けど、お蔭で、こんな約束して貰えたっすから」

「……」

「……言ってくれないんすか?」

 寂しげに潤んだ瞳。今日はアイメイクもバッチリだ。二重だと思っていた瞼は、実は涙ぐましい努力の賜物だったと知っている。クラスで三番目と本人は卑下するが、一重でも凄く可愛いと思えてしまったんだから、もうあの時には俺も参っていたんだろうか。こちらの逡巡を見て取った池田は、

「なんて……ダメに決まってるっすよね。こんな罠に嵌めるようなんじゃ」

 ついに涙声になって俯いた。二の足踏んだのは、勇んで告白したら、冗談だったのにと友達の距離感で笑われたりしないか、そんな不安から。だけど、違う。そうじゃない。俺は今までこの子の何を見て来た? 快活な体育会系みたいな話し方は内気を克服する為と、いつかボソッと言っていた。本当は気が弱くて、優しい子なんだって知ってるだろ。俺と居る時は殆どスマホを弄らない。こんだけ一緒に居るのに、俺との時間をまだ大切にしてくれている、情の深い子だって分かってるハズだ。断じて性質の悪い冗談をやるような子じゃない。信じよう。そして何より、もう俺自身この子のことが……

「大好きだ。花梨。俺と付き合って欲しい」

 人生初の告白だった。ただひたすら全身が熱かった。弾かれたように顔を上げた池田、いや花梨も、半泣きで真っ赤な顔をしていた。そのまま俺の胸に飛び込んでくる。彼女の体も俺に負けず劣らず熱い。地球より先に俺たちが溶けてしまいそうだった。


<7>


「元々ね。理玖さんには11万円以上は奢ろうって決めてたの」

 付き合って更に三カ月。花梨はあの「~っす」口調を止めていた。聞けば、性格改善も然ることながら、ああいったキャラになりきらないと恥ずかしくて自分から食事や遊びに誘えなかったらしい。確かに最初の頃は普通の敬語を使ってたが、慣れてきて地が出てきたんだろうな、くらいで口調の変化は気に留めてなかった。それがまさか俺の為に作ったキャラだったとは。

「やっぱ負けるワケにはいかなかったから」

「え?」

「あの職場は理玖さんの勇気に10万円ぽっちの値しか付けなかった。じゃあ助けられた本人である私は? って考えたら最低でも11万円は出したかったの」

「お金の為にやったワケじゃないけどね」

「分かってるけど……それ以外に示しようもなくて。あと、ご飯とか誘う口実が欲しかったし」

 少し照れながら上目遣いに見てくる花梨。一重瞼にかかりそうな髪をそっと流してやる。くすぐったそうな笑顔も可愛かった。

「意外に積極的だったよな」

「うう。だって、理玖さん、あんなにカッコよく助けてくれたのに、全然下心とか感じなかったから、これは放って置いても、向こうからは何もないかもって。徐々に疎遠になって行く未来しか見えなくて、それは嫌だったから」

 最初に花梨が関係を繋ぎとめる努力をしてくれたからこそ、今がある。感謝、感謝だ。

「ありがとうな」

 言葉にもする。軽く花梨の頭をポンポンと撫でると、少し甘ったるい空気になる。だがこれ以上はファミレスでは無理だ。

「……そろそろ出ようか」

 立ち上がり、筒に丸められた伝票に手を伸ばす。すると、ひょいと花梨の手が先にそれを抜き取ってしまった。

「あ、おい割り勘だろ」

 付き合ってからは、そういう取り決めになっている。だが、花梨は俺の抗議に悪戯っぽく笑うだけで取り合わない。

「久しぶりに思い出したら懐かしくなって。今度、安い所で奢ってくれればいいっすから」

 白い紙をヒラヒラと振ってレジへ歩いていく恋人を、いつかの夏の日と同じように追いかけるのだった。


<了>

一人称で書くのは相当久しぶりで、メチャ難しかったです。三人称っぽい文章があってもスルーしていただけると助かります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごくいい。 作者さんのファンだわー
[良い点] 先生こんなイイ作品も書かれてたんですか!? これ連載してほしい!!
[一言] 私と誕生日一緒だぁ 非常に好きでございます
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