THE IMMORTAL FIGHTING SPIRIT
3年の水泳の授業の目標としては、プールへの飛込からクロールを25メートル泳ぎ切るというものだった。最後の授業では、テストとしてその競技を行うらしい。
正直な話、真司からすればイージーゲームといえる。
なんなら25メートル程度なら飛び込みの勢いだけでゴールできる。もはや、クロールなど必要ない。だが、それではテストも成り立たないため、程よく力を抜かないといけない。
対して、アリスは泳げはするが飛び込みができないという具合だった。
さすがに初心者が急にできるものでもなく、授業のはじめ、彼女は何度も腹打ちをして悶絶していた。
「痛いわ……」
「とりあえずちょっと休もう。2時間続きだし、過度にじゃなければこまめに休憩は取っていいって言われてるしな」
「そうね。このままだと、朝に食べたものが出てきてしまいそうだわ」
「汚いなあ……」
そう言いながら二人はプールサイドに座る。
ほかにも休んでいる生徒はいて、プールのほうはテストのために真面目に練習する人やただ飛び込みをしたいだけの人たちなど様々だ。
「やっぱり泳いでるのは楽しいの?」
「急になんだ?」
「真司、いつもより生き生きしているわ」
「まあ、泳ぐのは楽しいな」
「はぁ……見たかったわ。真司が本気で水泳に取り組んでいるの―――カッコよかったんでしょうね」
「そんなもんじゃねえよ。結局諦めちまったし」
「それでもあの先生に目をかけてもらうほどうまかったんでしょ?」
アリスはあの先生というと、生徒たちと一緒に泳いでクロールの正しい形を教えている人物を見る。
「あの人はあれでいて鬼畜だから騙されないほうがいいぞ」
「そうなの?見た目はいい人そうだけど……」
「あの人の本性が出るのは部活の時だよ。いやあ……2時間クロール耐久はきつかった……」
「なにそれ?」
「体力をどうのこうのって言って、部活活動時間の2時間ずっとクロールを泳いで過ごすっていう練習。前の人を抜かしちゃいけないし、抜かされてもダメ。休憩時間もなければ、リタイアも許されない」
「想像するだけでやりたくないわ。そんなことするのね、あの人は」
「元中の人は知ってるはずだけど、他校の人は知らねえだろうし、仕方ねえよ」
そう言いながら眺めていると、その臨時コーチとの視線が交差する。すると、彼は真司に来るようにと手招きをする。
それを見た真司も抵抗せずに向かおうとする。すると、アリスがその腕をつかんでくる。
「行くの?」
「まあ、呼ばれたからな」
「なにをしてくるのかわからないわよ」
「大丈夫だ。漫画じゃあるまいし貶めようとかしてこないさ。第一あの人はそういう人じゃない。まあ何かしでかしそうなのはそうなんだけどな。心配ならアリスも来ればいいさ」
「……わかったわ。でも―――」
「もう言いたいことはわかる。だからそんなに心配すんな。アリスが違うと思ったら、俺を連れ出してくれていい」
そう言うと、真司はアリスが引っ付いたまま向かっていく。
「なんすか、長谷山先生」
「みんな、こいつが俺の歴任してきた中で一番水泳がうまかったやつ―――十神真司だ!ほら、拍手!」
そう言うと、生徒たちはまばらに拍手をする。だが、明らかに歓迎ムードではない。
言われたからしているという感じだ。
だが、この程度では真司の元顧問は止まらないようだった。
「さあ、泳ぎに自信のある奴は前に出ろ!今から俺に勝ったやつには購買の自販機の飲み物を奢ってやる!あ、真司と―――加藤だったか?そいつらは強制参加だぞ!」
「は!?待て!そんな話は聞いてない!」
「いいだろ?お前だって、さっきまで楽しそうに泳いでたじゃねえか」
「だからって競うのは―――ああ、もうっ、やりゃあいいんだろ!」
真司は長谷山の目を見て確信した。なにを言っても聞かない。
どうにかこうにか押し切られるだけだろう。
ならば彼には「はい」か「YES」しか答えは与えられていない。
「真司、大丈夫?」
「勝てばいいんだ。たぶんこっちが奢ることはならないけど、先生は俺に満足のいく姿を見せてほしいんだろ」
「でも、そんなの無視すれば……」
「アリスも見たいって言ってたろ?」
「でも―――」
「大丈夫。泳ぐくらい、わけないさ」
そう言うと、彼はそのまま飛び込み台の上を見るる。
授業はオリエンテーションという形になり、選出された3人を追加した6人での勝負になる。とは言っても、お遊びの上に大会上位の成績を残す加藤がいる以上は、誰も期待はしていない。狙うは先生に勝って、ジュースをもらうことだ。すでに選出の3人はやる気満々で談笑している。
しかし、加藤だけは固い表情が崩れなかった。真司との勝負。明らかに全快している彼との一騎打ち。遊びとはいえ、負けられない。自分の想い人を泣かせた人物に負けるなんてスポーツマンとして―――いや、男としてのプライドが許さない。
「真司、勝てるの?」
「前までならわからなかったけど、今の俺なら絶対に負けないな」
「それって、青龍の力?それで勝って、なにがいいの?」
「―――そういうことじゃない。ただ、前のスランプに陥った時と違って、アリスがいて助けてくれるから、気持ちに余裕があるってだけだ。もちろん、手を抜くつもりもないし、ズルをするつもりも―――っ!?」
そう言いかけて、真司は驚いたように上を見る。いや、驚きというよりも焦りだろうか。そんな複雑な表情を見せた彼を不思議に思いながらアリスも上を見る。だが、特段異変はない。
しかし―――
「来る……」
ズガァァァン!
真司が言った瞬間、プールに轟音を立てて飛び降りる者の陰。そして、いっぱいの水しぶきを上げて、生徒たちをのけぞらせ、見せた姿は―――
紛れもない先刻の魔物だった。
それを確認した瞬間、一斉に生徒が逃げ始める。
悲鳴を上げながら逃げ惑う者の中には真司の姿も見える。アリスはその姿を見て、なにもできない自分に歯がゆさを感じる。むろん、彼は逃げたのではない。むしろ―――
「い、いや……」
逃げ惑う生徒たち以外に、腰を抜かし動けなくなるものもいる。そんな生徒たちは、一足早く魔物の目に留まる目標として定められる。そして、その中にアリスの見知った人物がいるのが見える。
アリスは自分にできることを、とその生徒たちに駆け寄り声をかける。
「早く立って!逃げるのよ!」
「だ、だめ……足に力が……」
「なら、加藤君!唯咲さんたちを連れて逃げなさい!そのつもりでこっちに来たんでしょ!」
「で、でも喜瀬川さんが!」
「私はいいから!早くその腰抜けたちを連れて逃げなさい!」
腰を抜かした生徒の中には美穂が、そして逃げ遅れた生徒として加藤がいた。いや、彼は意図的に逃げなかった。彼は逃げられなかった。自分に好意は向けられてないとしても、恋人を見捨てるなんてことは。
「ほ、ほら、早く!みんな逃げて!」
加藤のその言葉に、プールの非常口の方から人が逃げようとする。だが、それを見逃す魔物でもない。
数人の生徒を仕留めようと、魔物は攻撃のために入る。しかし
ズガァァァン!
二つ目の轟音。プールに水がないため先ほどのように水しぶきは発生しないが、代わりに砂煙を起こす。
そしてそれが晴れたときに見せた姿をアリスたちが目撃すると、少しだけ安心したような様子を見せる。
その姿とは、最近ネットをざわつかせる0号の姿だったからだ。
彼は逃げない。たとえ、なにがあろうとも。大事な人の命が危機にさらされたとき、彼は戦いに来る。




