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救世のディアフトライ  作者: 波多見錘


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THE WHINING

 「っ……!」


 真司は体中を貫くような激痛で目を覚ました。

 そんなボロボロの体に鞭打って、彼が起き上がり、一番最初に目にしたものは―――


 「んぅ……」


 自分の隣で熟睡しているアリスの寝顔だった。

 彼は、特に何も考えずに彼女のほっぺたを触った。ぷにぷにとして、もっちりとしている。肌触がよく、叶うのなら無限に触っていたい感触だった。


 しかし、そんな癒しの時間はすぐに終わりを告げる。


 時刻はまだ夜中の3時だというのに、アリスが目を覚ましてしまったのだ。彼女と目が合うと、真司は一言だけ言う。


 「おはよう」

 「っ……!」


 彼の言葉を聞いた瞬間にアリスは目尻に涙を溜めながら抱き着く。

 もう夏も近く、そろそろくっついていると暑くて、倒れそうになる時期だが、そんなこと関係なかった。


 「3日……」

 「寝てた時間か?」

 「うん……今回は3日だった。だから、明日の学校は休み」

 「そうか……それはよかった。もうちょっとだけ休んでいたかったからな」

 「よく、ないわよ!こんなに死にそうになって!血まみれで……私がどんな気持ちで血を拭いて綺麗にしたと思ってるの!」


 そう言われて、真司は自身の体を見た。

 アリスの言葉の通り、確かに彼が眠ったときとは違う服を着ていたし、あちこちについていた血はきれいさっぱりなくなっていた。


 しかも、今のこの状況。真司は、アリスに介護されていたという表現が近いのではないだろうか。

 ということは……


 「俺の裸見た?」

 「そんなの気にしないわよ。あのね、人工呼吸の時にこれってキス?って発言するようなものよ」

 「……悪かったな。ちょっと配慮がなかったな」

 「ちゃんと鍛えてあるのね」

 「なんで感想言っちゃうの?」

 「でも、あちこち傷だらけ―――青龍に治してもらってると言っても、止血と臓器類の修復だけでしょ?私の憶測だけど、あなた自分はどうせ死ぬからって、青龍に街の復興に力を使うようにさせて、自分の傷を後回しにしてるでしょ」

 「……」


 図星だった。

 どうせ死ぬから。そんな子供の駄々のような理論で彼は街の復興に力を使うように青龍に言っていた。戦えるようになるのなら、少々傷が残る程度は問題はないと言い、自身の体の故障だけを治してもらっていた。


 実際のところ、止血は済んでいているので、体に影響はほとんどない。しかし、アリスにはその数々の傷が真司の無理の象徴に見えて仕方がなかった。


 アリスだって、体を拭こうとしていた時は多少の下心くらいはあった。だが、こんな体を見せられては、自分にできることは献身的にお世話をすることくらいしかないと考えてしまう。彼の体をまじまじと見たいなんて言う願望はこの時にすでになくなっていた。


 そうして彼女は自身の母に許可をもらい、真司が目覚める今の今まで十神家で過ごしていた。


 ちなみに、真司の母の明音は翌日に目を覚ました。彼のことが相当ショックだったのか、真司が生きている聞くとへなへなと地べたに尻もちをついていた。


 「なんであなたは自分を大事にしないの?」

 「それは、傷くらいは残っていても……」

 「見ていて痛々しいのよ!私たちのために、こんな傷つけてまでって思うと、辛いのよ―――なにもできない自分が嫌なの!」

 「そんなことない。いつもアリスは俺のそばにいてくれるし、好きだ、って言ってくれる。それ以上に幸せなことなんてないさ」

 「そういうところも!大丈夫そうな言葉と表情で取り繕ってるだけで、あなたもう限界じゃない!ボロボロになって帰ってきて、ただいまも言えずにベッドに倒れこむ!それがあなたの幸せなの!?」


 少しだけアリスはムキになっている。しかし、その語気を緩める資格は真司にはない。

 彼女の言うことは近からず遠からずといった具合。


 幸せと聞かれたらそうとは言えない。だが、真司からしたらまだまだ限界は程遠い。


 「別に限界ってわけじゃ……」

 「じゃあ、私を幸せにして!私をいっぱい愛してよ!」

 「それとこれじゃあ……」

 「時間がないのよ!あなたは自分の子供を抱きたくないの!」

 「それは……」

 「私が逆の立場だったら迷わず押し倒してる!なんであなたはそうしないの!」


 そう言って、アリスは真司を押し倒して彼の腹の上に跨る。

 そのまま胸を思いっきりつかんで顔を近づけて唇と唇を衝突させる。


 情熱的、かつ深く沈み込んでしまうようなキス。


 くちゅッと瑞っぽい音を立てると、彼女は一旦顔を放す。


 「こ、これでどう?」

 「俺にはお前が無理しているようにしか見えないな」

 「そんなことない!」

 「キスがアリスの出来る精一杯なんだろ?こんなに手も震えてさ」

 「う、うるさい!」


 真司に指摘されてアリスは激高する。なんでこんなに他人のことばかり気にするのか理解ができなかった。


 確かに自分が性交することに忌避感はある。自身の胸に向けられる視線の数々は苦手だったし、痛い思いをしたくない。それに、相手が自分の体に不満を持ってしまうかもしれないと思うと、関係を崩したくなくて踏み出すのが怖い。前者は男に対する忌避感が招いたものだが、後者は真司とともにいて好きでい続ければい続けるほど生まれてしまった感情。


 それを隠すように彼女は真司のズボンに手をかけるが、真司に止められてしまう。


 「前にも言ったけど、俺はそんな思いをしてまでアリスにしてほしいとは思わない。お前が一瞬でも怖い思いをするなら、俺は自分の子を抱けなくても構わない」

 「嫌よ!私は真司と愛し合った結晶―――あなたとの子供が欲しいのよ!」

 「だとしても、それは今じゃない!怖がる女との行為はレイプと変わらない。俺はそんなことしたくない!」

 「うるさいうるさいうるさい!」


 ついに何もかも思い通りにいかなくなったアリスは癇癪に近い行動を起こし、半ば無理やり真司を襲おうとする。だが、ここでの力比べは真司に軍配が上がる。彼は、今までアリスの駄々を聞いてなにもしなかったが、これ以上はダメだと、自分が彼女の上側に覆いかぶさるようにする。


 「ぐっ……」

 「子供ができないからと、俺はお前を捨てたりしない。残り少ない一生で、お前を十分に笑顔でいるようにして見せる。だから―――お願いだから無理しないでくれ……」


 そう言って、彼はアリスにキスをした。さっきのものとは違う、舌を絡めてじゅるじゅると吸い込む官能的なキス。

 彼からのキスという事実が、彼女の脳を溶かしていく。


 「ぷは……今はこれで我慢してくれ」

 「ひゃ、ひゃい……我慢します……」


 キスが終わってから、彼女の脳はオーバーヒートした。さっきまでの怒りの感情が嘘のような蕩け顔になっていた。

 キスひとつでバカみたいだと思うかもしれないが、彼女にとっての幸せの一つがが真司を愛して、真司に愛してもらうことなのだから、彼女の頭の中が図り切れない多幸感に満ちているのは間違いない。


 ―――きゅるる


 そんな静かな空間に小さな音が鳴り響く。

 それが二人の耳に聞こえると、真司は恥ずかしそうに言う。


 「おなかすいたな……」


 この後、彼が寝ている間に練習した卵焼きを披露するアリスだった。

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