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救世のディアフトライ  作者: 波多見錘


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THE OMLET

 体育の授業の後、真司はほかのクラスの生徒たちからも大きく注目されることになったが、彼はそれを一切気にすることはなかった。

 まあ、水泳の大会などで目立ってきた彼にとって目立つこと自体は気にするほどではないと考えているのだろう。


 しかし、それをよく思わない生徒もいるし、あれだけのことをしながら面倒なことは勘弁してほしいと考える真司はきっと罪深いのだろう。


 そんな彼は現在、校舎の屋上にいる。


 そこは誰もおらず、自身の恋人と思いっきりイチャつける場所でもある。

 彼の恋人であるアリスは、真司の股の間を陣取り、彼の胸板に背中を預けている。本当に信頼して愛していないと見せない行動に彼も少し頬が緩む。


 「真司……?」

 「ん、こうやってしてるとなんだか幸せになれるんだよなあ……」

 「ふふんっ!私なのよ、当たり前じゃない」

 「そうだな、アリスだからかもな」

 「な、なんかそうやって肯定されると恥ずかしいのだけれど……」


 アリスはバックハグされながら囁かれたことでゾクゾクッとした感覚を覚えながら言う。

 だが、彼女は悪い気はしていなかった。なんせ、自分の好きな人の声を耳で受け取ることはなにごとにも代えがたい幸福感を得られるから。


 いわゆる音フェチ的なものだろう。

 人並み以上に音に敏感だからこそ、心地よい音が好きなのだ。


 そうこうしていると、アリスがなにかを思い出したようにカバンからあるものを取り出す。それは、布に包まれた小さな小箱だった。


 「これは?」

 「お弁当よ。さすがにアニメみたいに重箱は持ってこれないからこれで勘弁して頂戴」

 「アリスが作ったのか?」

 「そうよ―――って、言いたいけれど、あいにく私は料理が苦手で、頑張って卵焼きを作ったくらいね」

 「そうか、作ったのか」

 「で、でもね……ママも日本料理のことは多く知ってるわけじゃないから、パパに教わったんだけど……その……」

 「まさかアリスの父さんが―――」

 「信じられないくらいの料理下手だったの……そして、その娘も……」

 「料理下手だったのか」

 「うん……怖くて味見してないけど、絶対においしくない」

 「そうか……」


 そう言いながらアリスは弁当箱を広げる。

 まだ家事にも手馴れていない彼女は手際が悪く、中身のすべてを作ることはできない。中身の9割ほどは彼女の母が作ったような見た目が良いものばかり。その中に、一品だけ―――形こそ崩れ切ってはいないが、焦げ焦げの黒っぽい卵焼きがあった。


 正直説明がなければ別の料理と認識してしまいそうなくらいには黒かった。


 「卵焼きは塩と砂糖、どっちを使った?」

 「なにもわからなかったから、あなた甘いのが好きでしょ?だから砂糖を使ったのだけれど……」

 「そこは大丈夫だよ。うちの卵焼きも砂糖だから」


 そう言って、彼はまず最初に卵焼きに手を伸ばそうとする。だが、アリスはそれを制してほかのものを食べるように誘導する。


 「聞いてなかったの?卵焼きは失敗したって……」

 「アリスが作ったから食うんだろ―――腹減ってんだ。早く、食わせろ……!」

 「このっ……ママのハンバーグ美味しいわよ!」

 「うるせえ、卵焼きを……!」


 ちなみに真司は今日弁当を持ってきていない。

 アリスから話を聞いていた明音が彼の分の弁当を作らなかったのだ。


 取っ組み合いをしながら物の取り合いをするが、どうしてもアリスは力で勝つことができず、真司に卵焼きを掴ませてしまう。食べてほしくて、作った上に捨てきれずに持ってきただけ。この卵焼きを避けられても、自分のせいだからと彼を嫌いになるつもりはなかったのだが、まさか最速でそれを取るとは思っていなかったので、嬉しいやら驚くやら感情が迷子になっていた。


 そうしてドキドキの中、真司は卵焼きを口に運ぶ。


 「ん、おいしいよ」


 そう言いながら彼は二つ目を取る。

 その姿にアリスが胸がはち切れそうなくらいにいっぱいになった。見た目が悪くなっただけで味は悪くなっていなかった安心感と、彼に自分の作ったものをおいしいと言ってもらえてうれしかった。


 「じ、じゃあ私も―――っ!?まっずっ!なにこれ!?めちゃくちゃ苦いじゃない!」

 「そうか?俺はおいしいと思うぞ?」

 「味覚バグってるんじゃないの?」

 「とりあえずいろいろな症状は出てるけど、まだ味覚はバグってないぞ」

 「なら、普通にまずいって言いなさいよ!味は悪くなってなかったって安心しちゃったじゃない!」

 「だからおいしいって!」

 「なんでよ!めちゃくちゃ苦いわよ!」

 「アリスが愛情込めて作ってくれただけで、すごいおいしいよ!そんな卵焼きに文句ばっか言うんだったら、俺が全部もらうからな!」

 「~~~っ!!?」


 真司の発言に、今度は脳がショートしそうだった。

 彼女には自身の顔を見ることはできないが、タコみたいに真っ赤になっていると確信していた。


 それくらい真司の言葉は嬉しかった。


 「ほら、全部食った!これでも俺のこと信じられないか?」

 「もう……!私は何ていえばいいのよ!」

 「とにかく―――アリス、俺のためにありがとう」

 「ど、どういたしまして―――恥ずかしい……」


 そう言いながら彼女はもじもじと全身をくねらせる。

 と、その時……


 ピクッ


 卵焼きを食べて、残りのアリスの母が作ったおかずを食べていたところに、真司の動きが一瞬静止した。


 「はぁ……魔物?」

 「悪いな、こんな時に」

 「空気の読めない魔物ね。早くいってきなさい」

 「ああ、卵焼きおいしかったよ」

 「もういいわよ。もう恥ずかしいくらい言われたから、いったん休ませてほしいわ」

 「じゃあ、戻ってきたら何度も言ってやる」

 「つ、次こそおいしい卵焼き作るからね!覚悟しておきなさい!」

 「そりゃ楽しみだ」


 そう言って、真司は屋上から飛び降りていく。瞬間、下を見ても彼の姿はなく、少しだけ寂しい気持ちになるアリスだった。


 ガチャ


 その時、突如屋上の扉が開き、彼女をドキッとさせる。


 「あれ?ここに十神がいるって来たんだけどなあ……そこの人、なにか知らない?」

 「まず、あなたは誰ですか?」

 「私?私は臨時講師でこの学校に呼ばれたんだ。まあ、プールの授業の時にまた名乗るから」


 そう言うと、やってきた男の人は去っていく。


 「真司に用があったんじゃないのかしら?―――ていうか、臨時講師ってことは……」


 この時にアリスは気づいた。


 (え?臨時講師ってあの人なの!?)

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