幼馴染2
現在―――真司は以前に受けた毒の浸食が進んでいる状態だ。
青龍の治癒術によって、侵攻こそ止めてはいるものの、腐食したところを回復……腐食したところを回復……のいたちごっこ状態。
このままでは彼の体を毒が犯し切り、死に至らしめるのは確実のものだ。
『昨日の夜に突如出現した巨大なカマキリのようなもの。周辺は爆発や化け物と言った目撃証言が多くあり、警察が何らかの関係があると、捜査を進めています。そして、この事件での家やマンションが使用不可能になった人たちに、一時的な仮設住宅が設けられるとのことです―――次のニュースです。今日、議会では』
「昨日はどうだったの?」
「死人は出してないと思う。でも、結構怪我人はいたはず」
「そうか……あんたは大丈夫なの?」
「大丈夫!この通り、ピンピンしてるよ!」
そう言って、真司は自身の力こぶを見せる。
その満面の笑顔に、明音は真司がつらそうに見えるのは気のせいだと思うようにした。
正直なところ、話を打ち明けてくれた人は違う様子に、違和感こそは覚えているが、自分の戦っていないところで戦う息子にどんな状態か聞いても応えてくれないのはわかっている。
それに、自分が悲しむことになるであろう事実ならば。
だからこそ、考えないようにしている。そんな事実を明音は受け入れる自身がないのだ。
―――翌日
真司の幼馴染―――唯咲美穂は水泳部の朝練のために早くに学校に来ている。
部員たちのためにいろいろな準備をしたりするのが、彼女の仕事。
そんな彼女に、休憩中の陸上部の声が聞こえてきた。
「そういえばさー、あれ十神先輩だよね?」
「あー、大丈夫かな?あれから……」
(大丈夫?真司に何かあったのかな?)
彼のことが心配になった美穂は、その陸上部員たちに話を聞くことにした。
「ねえ、真司がどうしたの?」
「しん―――?って、唯咲先輩!?」
「な、なんでしょうか?」
「その、今の話どういうことかなー、って」
「十神先輩のことですか?」
後輩の女子たちは不思議がりながらも、昨日の出来事を話した。
真司が突然倒れたこと。明らかにわざと突き放すように言われたこと。そして、そんな体調が悪いのに、病院とかに行っていないか。
その話を聞いて、美穂は察した。
自分の体がギリギリだから、真司はもう誰も自分のそばに置こうとしていない、のだと。
しかし、その答えは遠からずも間違っている。彼が人と関わらなくなっていったのは、水泳から逃げたとからかわれるようになってからだ。
つまり、人を避けるのはもっと前からなのだ。
しかし、真司の体が限界なのは事実。彼女は何を思って関わっていくのだろうか。
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真司が登校すると、クラスが一瞬静かになる。
教室内が、こいつまた来たよ、という雰囲気になるのだ。だが、今ではそう簡単に手出しをしてこない。みな、手を出せば自身がただじゃすまないのをわかっているし、水泳から逃げた奴に費やすほど暇ではないのだ。
『露骨だな……』
(いつものことだろ?)
『お前は何とも思わないのか?』
(さあな。正直、もうどうでもいい)
『人とかかわりは持った方がいいと思うけどな』
(もってなにになる?助けてくれるのか?無理だろ?だったら関わらずに魔界の話から少しでも遠ざけておくべきだ)
そう言うと、少しだけあきれたような青龍のため息が聞こえてくる。
真司はイラっとはしたが、特になにをするわけでもない。干渉できないし、できたところで青龍がいなくなっては困るからどうしようもない。
そうこうしていると、突然教室のドアが開け放たれた。
クラス中の注目が集まる中、入ってきたのは美穂だった。
なんだなんだと騒がしくなるが、彼女は意にかえすことなく真司に詰め寄ってくる。
バンッ!
「ねえ、嘘をつかないでね」
「は……?」
「もしかしてだけど、真司って余命宣告受けてる?」
「なに言ってんだ?」
「真司って、ここのところ人を突き放すように言ってるよね?もしかして原因があるんでしょ?」
「なにを知ったような口を―――」
「わかるよ!何年一緒にいたと思ってるの!―――それに、後輩の子たちから聞いた!真司が、下駄箱で突然倒れこんだって」
「……ちっ、余計なことを」
消しとくべきだったか。
真司はそんなことを考えてしまった。まあ、それが記憶でも存在でも物騒なことには変わりない。
しかし、真司は少しだけ驚いた。正解とは程遠いものだが、自身の心理をうまく考えている。さすがは幼馴染と言ったところなのだろうか。
だが、彼は思ったこととは裏のことを言い放ち続ける。
「なにを知ったような口を聞いてるんだ?そもそもわかるんだったら、あの時少しくらい手を差し伸べてほしかった。壊れるまで放置してほしくなかったよ。そんな程度で、俺のことがわかるってんなら、お前は昔のほうが可愛げがあったよ」
「し、んじ……?」
「失せろ。なんども言わすなよ」
「う、うん……」
威圧的な真司の言葉。それにタイムリミットを告げるチャイムの音が美穂を、自身のクラスへと帰させた。
彼女のとぼとぼしている姿を見て、ほかのクラスメイトは、やっぱり最低の奴だという認識になってしまった。
美穂の言葉を聞いたとき、多少なりとも湧いていた同情の感情は一切消え失せる。
その後、彼は授業を受け続ける。
小テストなどの関門を抜け、昼休み前の最後の時間。それは体育だった。
みな思い思いにサッカーをして楽しんでいるが、相変わらず真司は見学だ。
「なんだ?うずうずして、サッカーやりたいのか?」
「やりたいというか、単に運動したいだけですよ。なんせずっと運動づくしの人生ですからね」
「なら、もっと自分の幼馴染には優しくしてやれ。生徒でも先生でもどっちの間でも噂になってるぞ」
「それならそれでいいですよ。無駄に道場で近づいてくるような人は、ろくな奴じゃない」
「で、余命云々は本当なのか?」
「そんな話ないですよ」
嘘だ。
真司は核心を避けてそう答える。
余命宣告は受けていない。―――ただ、“まだ”受けていないだけだ。
今は毒に侵されている。浸食と解毒いつバランスが崩れてもおかしくはない。
だが、嘘は言っていない。
その理論で、真司は通してしまう。
だが、そんな時にも青龍の言葉は頭に響く。
『魔物だ』