THE LAND MINE
「お、やってるな」
そう言って水泳部の活動している室内プールに入ってきたのは、今噂の臨時講師だ。
しかし、その姿にはマネージャーである美穂には見覚えがあった。
「え?臨時講師って、長谷川先生だったんですか!?」
「お、唯咲じゃないか。もう2年ぶりくらいか?」
「唯咲、臨時講師の人、知ってるのか?」
「知ってるも何も、うちの中学の時の先生だよ」
彼女の言葉で空気が凍り付いた。
美穂のいた中学ということは、水泳部の強豪。しかも、この高校の水泳部に顔を出すほどの人物。そうなれば誰が来たか、ほかの人たちにも理解できる。
真司たちの所属していた中学水泳部顧問―――しかも、その先生が顧問になった次の年から、一人また一人と強豪選手を輩出。全国にも名をとどろかせるようになった人。そして、驚くべきはその年齢。真司がいた年は、まさに26歳。監督として全国をバンバン出している他校の監督が40代を上回っている中でこの若さ。有名にならないはずがなかった。
そんな業界ではかなりの有名人な彼がやってきたのだ。驚かない人はいないだろう。美穂も例外なく驚いているのだから。
そんな長谷川講師はきょろきょろと周りを見渡すと、この部活での地雷を踏みぬいた。
「あれ?十神はいないのか?あいつなら高校でもやっていけると思ったんだけどなあ……」
「せ、先生、それは……」
「ん……?あ、君が加藤キャプテンだね。真司のこととかなにか知らないかい?私がこの学校に推薦したんだが」
「あいつはもう、いません。あいつは唯咲を裏切って……」
「そうか。事故に遭ったとは聞いてたけど、やめたか……」
「その前から!あいつは……」
「それ以上はいいかな。なんとなくわかった」
そう言うと、長谷川は加藤から離れていき、部員全員を集めて指導を始めた。長谷川の指導はわかりやすく、新鮮なメニューに触発され、真司のことを発言した後とは思えないほど明るい空気に変わる。
しかし、加藤は彼がいることが気に食わなかった。
どうして彼が、真司の味方でいようとするのか理解ができなかったからだ。
「あいつは……あいつは、逃げたんだ。なのに、なんで……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「結局、第0号って何者なんですかね?」
DBT所属の伊集院は、特殊パワードスーツの整備中にそう何気なくつぶやいた。
「なにって言われても、不明としかねえ」
「いえ、彼がなんなのかではなく、誰なのかですよ」
「……?0号はデモニアでしょ?」
「考えたんですよ。あんな異形の姿の存在がどこかに身を潜めるには少々目立ちすぎるんですよ」
「―――確かにそうね。仮にそうと仮定するなら、人間に擬態して社会に溶け込んでるかもしれないわね」
「それもあると思うんですけど、もしかしたら特撮ものみたいに、人間の誰かが変身してるとかじゃないですかね?」
伊集院がそう言うと、渡辺はパソコンを打つ手を止めて彼に向き直る。
そして、ある情報を見せる。
「これは……?」
「これは、目撃情報や噂から0号の出現位置をある程度予測したものよ」
「出現場所……かなりランダムですね。あ、こっちは東北にも出てる」
「そうよ。大部分はある街に集中しているけど、それでも人の生活圏を超えた範囲にも現れているわ」
「旅行シーズンとかだったんじゃ?」
「いいえ、この日は祝日でもなければ、長期休みシーズンでもないわ」
そう言うと、伊集院の言うことは間違いだとの証明は終わったとばかりにパソコンに向き直る。だが、伊集院はまだ釈然としなかった。
0号を人間の規格で考えていいものか、それに自分の勘が0号はなにかに苦しんでいるのではないかと感じていた。なぜかと聞かれたらそれを証明できるものはない。ただ、そう思ってしまっただけだった。
そんな時だった。
彼らのいる場所がけたましいサイレンの音に包まれていく。
『デモニア出現。関係各位、出動を』
「伊集院君、行くわよ」
「―――はいっ!」
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色々話を小耳にはさむ程度に集めていくと、やはり臨時講師としてきていたのは犬山だったということは真司にもわかった。
前述のとおり犬山は、真司にとっての恩師でもある。彼だけの力では全国に行くことはできなかっただろうし、高校の推薦も書いてもらった。
感謝という言葉だけでは足りないくらいに色々なものをもらった。
だからこそ、彼は犬山に会いたくなかった。
本当は直接会って感謝の言葉でも言いに行ったほうがいいだろうが、彼は自分を育ててくれた人に今の姿を見せたくなかった。
彼の恩師であるからこそ、真司の考えは理解してくれるはず。
だが、それでも見せたくない。それは男としてのプライドか。それとも申し訳なさからくるものなのか。彼はそう言ったことを人に話さない。だからこそ、彼しか知らないこの気持ち。
しかし、それでもアリスにはその隠し事は通じないようだった。
学校が終わった後、彼女はなにも言わずにベッドの上に彼を座らせて話を聞こうとしてくる。
「なにかあったの?」
「いや、気にするほどじゃない」
「―――そんなこと言われたら気になるじゃない。ほら言って。私なら誰にも言わないから」
「水泳部に臨時講師がついたって話があるだろ?」
「落ちるの早っ」
「うるっせ……いいだろ、少しくらい甘えたって」
「……いいわよ。なんなら、全部任せてくれてもいいわよ?」
「ほざけ―――で、続きなんだけど」
そう言うと真司は話した。
本当は感謝の言葉を伝えたいが、自分の今の姿にがっかりされないかが心配だった。理解してくれるとはいえ、結局は口上だけかもしれない。心の中ではそう思ってるかもしれない。
そう思うだけで、いつの間にか遭遇しないうちに帰ろうとしている自分がいることを。
その話を聞いてアリスはなにも返すことはせずに、ただ優しく抱きしめた。
(真司はやっぱり弱いわね。みんなが思ってるほど強くないわ―――でも、そう言うところが守りたいのだけれど)
そんなことを考えながら、彼女は真司の頭を撫で続ける。これから先、こういったことは珍しくなる。そう思うとせめて、この感触を手にしみこませたいとそう思わせるアリスだった。




