UNHAPPY DESTINY
ふと目を覚ますと、アリスの寝顔が真司の目の前にあった。
昨日美穂の母である穂香が現れてかはわからないが、彼女は今日一緒に買い物―――デートをすることを提案してきた。
その関係か、アリスはもう一度自宅に戻って着替えをもって真司の家に再訪してきた。
無論、彼の家に泊まるためだ。
昨夜もいろいろと大変なことはあった。
真司が入浴中に風呂場へ突入してきたり、あーんをしてきたり、とても母親の前ではやりたくないことだった。実際自身の母に見られてにやにやされるのは、不快というほどではなかったが、気まずさは感じていた。
そんなことを感じていたのに、朝起きたときに彼女の顔を見たら、その愛らしさからすべてがどうでもよくなった。
彼はなにも言わずにアリスの頬を撫でる。
お互いがすっぽんぽんだったら、完全に事後の情景だが、あいにく二人ともしっかりと寝間着を着ていて、昨晩もぐっすりだった。
そのことにアリスは少し不満を覚えてはいたが、それよりも真司といられることのほうが大切だと少々割り切ったようだった。
なんどか彼女の頬を撫でていると、さすがにその違和感は大きかったのかアリスは目を覚ました。
と言っても、まだまだ起き立て―――完全に開ききれないその目は一つの愛らしさすら生み出していた。
「ふわ……おはよ」
「おはよう、アリス」
目を覚ますと彼女は目をこすりながら大きなあくびをして起き上がる。
寝起きだだから仕方ないが、アリスの寝ぐせがとんでもないことになっていた。
さすがに彼女の長い髪が某サ〇ヤ人のように逆立ったりなどということはないが、頭の髪が満遍なく全方位に広がってしまっていた。
「アリス、とりあえず寝ぐせを直してきなさい」
「むにゃ……わかったわ……」
そう力なく答えると、アリスは真司の部屋を出ていき、洗面所に向かっていった。
というか、寝起きで半分意識がなくても真司の家の洗面所の場所がわかるというのはどういう了見なのだろうか?
しかし、そんなことにわざわざツッコむ者はいない。
彼女がこの家に来ることは最近よくあることだし、明音や真司はそれに対して最初は年頃の少女がとか言いたいことはいろいろあったが、最近はめっきり彼女のことを受け入れている。むしろ、来ないほうがそわそわするくらいだ。
それから少し時間が経って、ベッドから起き上がった真司は寝間着から着替え、すでに出かける準備はできていた。
そんな中部屋に入ってきたのは―――
「ふわ……ねむぃ」
「うわっ、なんだそりゃ!?」
いまだに眠そうな目をこすりながら入ってくる、髪をびちゃびちゃに濡らしたアリスだった。
水も滴るいい男と言うのは聞いたことがあるが、部屋を濡らすほどに髪を湿らせている女はどうなのだろうか?いい女なのだろうか?
気になることはあるが、真司は彼女をベッドに座らせるとすぐにドライヤーを起動する。
ブオォォォォ!
けたましい音を鳴らしながら作動したそれは、見る見るうちに彼女の長くしなやかな金髪を乾かしていく。己の手を櫛のように扱って1本1本乾かしていくようにしていくと、アリスは段々と意識を覚醒し始めてくる。
「……ん、なんで私真司に髪を乾かしてもらってるの?」
「まあまあ、アリスはそのまま動かないで」
「また私部屋を濡らしてしまったのかしら?」
「―――その言い方、もしかして前にも俺の部屋濡らしたのか?」
「違うのよ。ただ私、寝起きに自信がないからなにしてるのかわからないけど、たまに部屋が水浸しになってベッドがぐちゅぐちゅになってる時があるのよ」
「あー、確かにそうっぽいな。今日も髪濡らしたまま部屋に入ってきたし」
「……それに、たまにパンツが濡れ……」
「おっと、新手の誘惑にも乗る気はないぞ」
「ちっ」
自身のさりげない思惑が潰されてさり気に舌打ちをするが、もはやそんなもの二人の愛を隔てる障害にはならない。
むしろ、真司的にはこういうのがアリスらしいと、その姿に安心感を覚えている始末。
これから二人を待つ結末が見えているとわかっていても離れられない。そのくらいを想うくらいには二人はともに依存しあっていた。
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娘がずっと笑顔を見せていない。
昨日はあんなに笑っていたけれど、やはり娘の姿を見ると、そんな笑顔も消えてしまう。
そんなことを考えているのは、真司の家の隣に住む美穂の母親―――唯咲穂香だ。
真司の秘密を知る数少ない人物として、なにかをしてきたわけではない。というよりは、なにもできないという感じに近かった。
昔から娘と真司が仲良く過ごしてきて、中学までは本当にお互いでゴールインしてしまうのではないかと思うほどだった。
だが、それは間違いだった。
はっきり言ってしまえば、娘はお節介。真司は、母親似で超面倒。
そのせいで、二人は疎遠になってしまい、思いあっていたがゆえに結局互いから笑顔を消してしまう結果となった。
最初は娘にこんな暗い顔をさせたことで文句の一つや二つは思いついたが、だからといって責め立てることはできない事情もできてしまった。
それは第0号の存在。
娘には明かしていないが、真司が戦っていること。その残り少ない命を燃やしていること。そして、戦う理由は娘の明日を守るため。
そんな優しいところは母親似で、昔から変わらないことに、言いようのない感動を覚えて、なにも言えなくなった。もちろん娘に伝えることはできる。それでも、彼女は事実を受け止めきれずに心を壊してしまうだろう。
それが真司には見えていた。そして、母にもそれは容易に想像できた。
だからこそ伝えない。こうなれば、美穂は彼のことを思いっきり嫌って存在そのものを忘れたほうが幸せなのだろう。
だがそんな娘に彼氏ができた。
穂香も大会で数度見かけたことはあったが、真司ほどではないにしろ泳げて、優しいイケメンという感じだった。それでも、小さいころから見ていた補正からか、真司のほうがいい男に見えてしまうのは少し気持ち悪いのだろうか?
それくらい彼女にとって真司という存在は息子に近いものだった。
だからこそ、彼が死ぬかもしれないという話を聞いたときに、明音以上に受け入れられなかったとき、自分は美穂の母親なのだと再認識するのだった。




