幼馴染
戦いを終えた真司たちは、学校に戻ってきた。
授業が終わっているとはいえ、荷物を置きっぱなしにはできない。
しかし、自身の教室に入ると、見たくない顔があった。
「なあ、十神……」
「……」
そこにいたのは、もと同じ部の加藤俊也だった。
彼は真司が戻ってきたのを見ると、話しかけてきた。が、真司はそれを意にかえすことなく無視をする。
「十神!」
無視をする真司に対して、再度大きな声で加藤は話しかけるが、それでも無視をされる。さすがに我慢の限界だったのか、肩を思いっきりつかまれた。
「なんだよ……お前、今は部活だろ?」
「うるせえよ……お前、唯咲とちゃんと話してんのか?」
「お前に関係ないだろ?あの噂にも興味ないし、お前らにももう興味はない―――わかったなら、俺にかかわるな。期待のエースさんよ」
「お前っ!」
真司はあくまで嫌な男と言うスタンスをとって距離を取ろうとする。だが、それは相手に通用せず、肩に置かれている手にさらに大きな力を籠められる。
さすがに邪魔だと思った真司は、その手を払いのけて早々に立ち去ろうとする。
「十神はさ……唯咲―――自分の幼馴染のことが大切じゃないのかよ!」
「大切だよ……だから関わらない―――これで満足か?」
「そんなの、お前のエゴだろ!唯咲は、ずっとお前が変わったって……心配してるんだぞ!」
「そんな心配の必要はない。したところで無駄だ」
「お前、本当に十神かよ……失望したよ」
「知るか」
失望したと言われても、特に響かない様子の真司。どれだけの罵声を浴びせられても、彼には支えてくれる人がいる。どれだけ辛くても決めたことが有る。だから、真司にはその言葉は響きもしないし、傷つけることもなかった。
「ちっ、なんでこんなやつを……―――唯咲、屋上で待ってるって!」
「お前が行け。どうせ、美穂のこと好きなんだろ?」
「お前じゃなきゃ―――十神真司じゃなきゃだめなんだよ!」
そう言って彼を説得しようとするが、意味をなさない。加藤自身も真司が屋上に行かないことは、心の奥底ではわかっている。それでも、伝えなければならなかった。唯咲が―――自分の好きな人が悲しまないで済むかもしれなかったから。
『お前は本当にそれでいいのか?』
「問題ない。正直、今だって平気な顔をしているのは辛いくらいなんだ」
『残りはどれだけ持つかわからない。なら、近しい人を増やしたくないのか?』
「そうだ。まあ、もう今からじゃどのみち遅いんだけどな。友達が欲しいって言っても」
そう悲しいことを言う真司は、自身の下駄箱に手を伸ばす。
靴をつかんでその場を離れようとした瞬間、真司の視界が一瞬だけ暗転した。
「あれ?」
そして、そのままガシャガシャガシャと音を立てて倒れこんだ。
あまりにも突然の出来事に、真司もうつ伏せのまま何が起きたのかを考えている。
「あれ?一瞬前が見えなく……」
『おい真司、大丈夫か?』
「大丈夫っぽくは……」
少し経っても起き上がれる気配のない真司に、それを見かねた休憩中の女子陸上部員たちが駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか!」
「き、救急車かな?」
「―――必要ない」
「で、でも……」
「必要ない。呼んだところで無意味だ」
「だからって、ほっとくわけには……」
「ほっといてくれ!自分の好きなことやってろ!俺に構うな!」
そう強く言うだけで、心配してくれた女子部員たちはいぶかしげな表情をしながらも立ち去っていく。
それからしばらくすると、ようやく起き上がれるようになった真司は帰宅のために歩みを進めるのだった。
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ガチャ
加藤が屋上のドアを開けると、泣いている少女の姿があった。
「唯咲……」
「ぐす……加藤君?」
「来なかったのか?」
「うん……フラれちゃったのかな?もしかしたら、真司には女として見てもらえてなかったのかも……」
「……」
その言葉を加藤は否定しきれなかった。
正直、今の真司からは好意のこの字も感じられないが、入学当初―――入部したての時は確実に彼女に気があった。
彼女がほかの男部員と仲良くしていると嫉妬みたいな感情を持っていたし、それは確実だろう。
だが、彼が腐っていく中で、加藤も唯咲も何もすることができなかった。
―――いや、なにもしてあげられなかった。
本当はあの時、二人には彼を助けてやることはできた。彼が一人で思いつめるようにせず、どちらかがつきっきりでないにしろ、二人が話くらいすれば、彼は心を壊すことはなかった。
「私ね……中学の頃、真司に全国に連れて行ってやる!だから、ついてきてくれ!って言われたの。なのに馬鹿だよね……私、真司がつらいのに、私も忙しいからってかまってあげられなかった……」
「バカじゃねえだろ……」
「バカだよ……優先順位間違えて、大切な人の選手生命も殺して―――嫌われて当然だよ……」
「そんなことない!」
「加藤君?」
唯咲の自虐のような態度に、加藤は怒った。真司にでもなく、唯咲にでもなくだ。
誰に向けていいかわからない感情を、ただひたすらに押し出した。
「唯咲は悪くない!こうやって気持ちを突当てようとしている人のところにやってこないあいつが悪いんだ!そうだよ!唯咲は悪くない……」
「ううん、私が悪いの―――でも、ありがとう、加藤君」
「俺なら!」
「……?」
「俺なら唯咲を泣かせない!絶対に、幸せにして見せる!だから―――」
「ごめんね。しばらく恋愛とか考えてられないよ。なんせいつからかもわからない長い恋だったからさ」
「そうか……でも、いつか返事を聞かせてくれ」
「うん……いつか、ね」
そのいつかが訪れる日が来るのか。真司を忘れて、ほかの男と付き合う。どうしても彼女にはそんな未来が来ることを想像できず、ただ漠然とできたらいいと思うだけなのであった。
「じゃあ、これでこの話は終わりだ!唯咲、今日は部活サボろうぜ!」
「……そうだね。今から行っても迷惑だよね」
そう言って、二人は全く関係のないことを話し始める。
「あ、あれ見た?6時限目のカマキリ」
「あー、すっごい大きかったよね。なんだったんだろ、あれ」
「だよなあ……しかも突然煙みたいに消えていくし。本当に不思議だったよなあ」
もしかしたら、この二人にも魔界の手が伸びてくるのかもしれない。