NEVER GIVE UP
時間にして2日。真司は眠っていた。
その間に彼を心配していたのはなにもアリスだけではない。
彼の母である明音もずっと心配していた。しかし、アリスがそれ以上に泣いたりするものだから自身は涙を見せることはせず、いつ彼が起きてもいいようにかける言葉くらいは考えていた。
だが、本当に起きた彼をそのすべてが吹き飛んで、どう言葉をかけるのか忘れたまま彼を抱きしめてしまった。
抱きしめられた真司は少しだけ苦しそうにしながら苦笑いしていた。
「か、母さん……苦しいよ」
「なんだよ。いいだろ、息子を思いっきり抱きしめたって」
「いいけどさあ……もうちょっと力を弱めてくれよ」
「うるさいっ。私だって心配になることはあるんだよ」
「ははっ、母さんみたいな図太い神経してる人でも悲しくなるのか」
「―――ビンタするよ?」
「虐待だよ?」
「口だけ達者になりやがって……」
「母さんが俺に手をあげないのはだいぶ前から知ってるからね」
明音はちゃんと自分のことを理解してもらえると思うと、良い息子を持ったと思って胸がいっぱいになってもう一度強く抱きしめた。
そんな母の姿に彼は引くようなことはせずにただただそれを受け入れ続けた。
なんせ彼にとってのただ一人の家族。残り少ない命の彼はもう後悔したくいないのだ。
取り返しがつかなくなってから後悔なんてしたくないから。死んでも後悔なんて、文字通りしたくない。
だからこそ彼は母の愛情を素直に受け入れる。それは父親がいないときからそうだが、最近はこれまで以上に真っすぐ受け入れられるようになっている。
それからしばらくしてようやく母親から解放された真司は席についた。
その行動ですべてを理解した母は、もとから作り置いておいた料理を持ってくる。
その出された料理にがっついていると、玄関の扉が開いた。
一度家に帰ったアリスが戻ってきたのかと思えば、リビングにやってきたのは美穂の母親だった。
「穂香―――どうしたんだい?」
「ううん。真司君、起きたんだね」
「ああ……そういえば、おばさんにも心配かけちゃいましたかね?」
「そうね。でも、大丈夫なの?テレビでいろいろ言われてるみたいだけど……」
「そんなの気にすることじゃないですよ。なんなら普段のほうがひどいんで」
「それは―――助けてくれる人はいないの?」
「まあ、ちゃんといますよ。一人だけですけどね」
「そう……それもうちの子じゃないんでしょ?ごめんなさいね。真司君を不必要に追い詰めちゃダメだって、言ったのに。美穂ったらあなたの泳いでる姿をもう一度だけでも見たかったんでしょうね。暴走しちゃって……」
「それはおばさんが謝ることでもないし、美穂も悪いことをしたわけじゃない。ただ、俺が腐ってただけ。あんまり彼女を責めないでください」
「本当、明音さんに似て優しい人に育って―――本当ならモテモテだっただろうに……」
そう言って残念そうにする穂香。
だが、真司はそんなことに興味ないとばかりに首を振り、一言だけ言った。
「俺は本当に大事な人に大切に思ってもらえれば十分です。人って、それだけ幸せになれるもんですよ」
「明音さん、やっぱり真司君ませてるんじゃない?」
「うるさいね穂香―――でも、真司の言う通りさ。私だって真司にだけ好きだって言ってもらえればいいな」
「この親子似た者同士だ……ぷっ」
アハハとリビングに笑い声が響き渡る。
まるで戦いなどなかったかのような団欒の光景。誰もがこんな光景が続けばいいと思っているが、そうもいかないのも事実なのがこの三人にとっては辛かった。
そんななんでもない幸せな空気感の中、アリスが自宅から戻ってきた。
「ただいまー……って、誰?」
「ああ、アリスちゃんいらっしゃい。この人が美穂ちゃんのお母さんの穂香だ。ちなみに、こいつとは昔からの腐れ縁でな。大分昔から交流があるんだ」
「あ……あなたが唯咲さんの―――」
「そういうあなたは、喜瀬川さんね。娘から話だけは聞いてるわ」
「そ、その……ごめんなさい」
「なにを謝ってるの?恋愛なんてただの奪い合いよ。それにあなたが勝っただけ。それでも美穂に彼氏ができたみたいだし。うちの子が自分なりの幸せを見つければいいだけよ」
「え、美穂ちゃん彼氏できたのかい?」
「そうよ。加藤君、だったかしら?―――水泳部のキャプテンじゃなかったっけ?」
「そうだよ。加藤は俺と違って大会とかでも結果残してたやつだ。ずっと前から美穂のことが好きだったらしいからな。まあ落ち着くところに落ち着いたんじゃねえか?」
「真司、一応美穂ちゃんの母親の前なんだから―――」
「いいの。真司君はずっとわかってたんでしょ?うちの子が君の真実を知ったらなにをしでかすかわからないってこと」
「ああ―――あいつは暴走癖みたいなところがあるから、なにをしでかすかわからねえし。たぶん俺と付き合ってもアリスと違って幸せにはなれない」
「それだと私はあなたが死んでも幸せになれるお手軽女みたいじゃない」
「そういことじゃない。ただ―――」
そう言うと真司は少し気恥しそうに口を閉じる。
だが、気になることを口にしかけてしまったので全員が詰め寄ってくる。
「ただ、なんなのかなあ?」
「なあなあ、教えてくれよ」
「真司君、そこまで言ってダンマリはダメだよ」
「くっ……なんでこんな性格がねじ曲がったやつしか周りにいないんだ」
「それは真司の性格がねじ切れそうなくらいに曲がってるからね。ほら言って!私がなんだって?」
そう言って間近に顔を近づけて真司に問いかけるアリス。
普段からこんな攻めを受けてはいるが、普段は高校生の母親二人に見られることはないので少しだけどもってしまう。しかし、詰められすぎて言うしかなくなった彼はついに口を開く。
「くっ……アリスなら、俺がいなくても幸せになることを諦めないだろ?」
「……当たり前でしょ。あなたとの子供と一緒に幸せになるんだから」
「待って……俺と子供作るのは確定なの?」
「ふーん……アリスちゃんとそんなこと話してたんだ?」
「ちげえ……俺は言ってねえ」
「真司君も隅に置けないね」
「お義母さんから許可ももらったわね。ほら、寝室行くわよ」
「でてねえ。今のは許可じゃねえ!」
「あら、私はいいぞ?孫の顔が見れるなら」
「この人、本当に俺の母親か?こんな息子に家でヤれとか言わねえぞ」
「ふふっ、どうだろうね。まあ、少なくとも、お前の幸せが今の私の幸せってことだ」
そう言うと明音は不敵に笑うのだった。まあ、彼女はなにも画策なんてしていないのだが。




