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救世のディアフトライ  作者: 波多見錘


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THE TRIGGER

 アヌビスはなんとかもがいて真司の手から逃れることができた。


 しかし、アヌビスにとってこれは完全に想定外の出来事としか言えなかった。機動力を完全に奪い、もはや近接戦は不可能かに思えた彼。あろうことか、明らかに中距離戦用の姿で接近してきた。


 それでもアヌビスの反応を追い越そうとするほどの速さと機動力を持ってねじ伏せてくる。


 しかも、それの代償に力がさほど強くないのかと言われるとそんなこともない。

 ただ真司自身の自我を失っていて、見境がないことを除けば非の打ちどころのない完璧な戦闘マシーンともいえるだろう。


 力技から抜け出し、冷静に状況を判断したアヌビスはすでに頭の中に『撤退』の二文字が浮かんでいた。

 しかし、何度も撤退を重ねると魔王の信用を失う行為になりかねない。


 そうと言うのなら、ここで死んだ方がマシともいえる。


 だからと言って、おめおめ敗走などは許されない。

 やるなら全力を出して負けるしかない。ただ―――


 カチャ


 「速すぎ、だ……!」

 「グラアア!」


 真司(暴走)は少し隙を見せたアヌビスに間髪入れず銃口を腹にあてる。そこから一瞬で発砲するが、アヌビスはギリギリでかわす。


 ―――全力を出す暇がない。


 暴走したからこうなのか、それともこの姿が先ほどの物とはわけが違うというのか。

 そのすべてがわかるわけではないが、油断していいものではないのは確かだった。


 (ここは一旦、人間をいたぶって揺さぶってみるか……)


 アヌビスは気づいていた。真司が一般人を傷つけることを非情に嫌がっていることを。

 そうすればもしかしたら動揺で自我が一瞬でも戻るかもしれない。その動きが少しでも止まるであろう隙さえあれば反撃に出れる。


 そう思いアヌビスは鎌に魔力を込め始め、最速で斬撃を打ち出す。


 しかし―――


 ガシッ!


 「なっ!?……馬鹿な!そんな無茶苦茶な!」


 真司は一瞬で移動したかと思えば、斬撃のロックオンが入っていた生徒の前に立つと、そのまま素手でアヌビスの斬撃をつかみ取った。


 全くの意味不明。

 理解から遠ざかった現象。


 言葉では言い表せない奇怪な状況に魔物であるアヌビスも驚きを隠せない。


 事実、魔物の技を素手で止めることはできる。ある程度の力と、相手の攻撃の力の弱いところ―――ほころびをうまく扱えばそう難しいことでもない。


 ただ、それはあくまで低級相手。

 アヌビスはエルダー級。魔界に存在する通常戦力の最上位級の存在だ。青龍たちのように『四神』や魔界の元締めともいえる『魔王』のようにそもそも存在としてのレベルが違うものがいるが、ここでは論じる必要はない。


 そんなアヌビスの攻撃を真司は素手で止めた。


 それは真司の力がアヌビスを上回っているということ―――つまり、今の状態ではアヌビスは真司に勝てないということだ。


 「グアアアアアアアアアア!」


 アヌビスが呆けていると、真司は大きく振りかぶって斬撃を投げ返した。

 字面だと意味不明だがその通りのことが起きた。


 さすがにまずいと思ったのか、アヌビスも対応して投げられた斬撃を迎撃する。


 迎撃によって力の衝突が起きて、白煙があたりを包み視界を完全にふさぐ。

 アヌビスは一旦休んで様子を伺うときだと考えたが、そういうわけにもいかなかった。


 「ガアアアアアアアア!」

 「ぐおっ……!?」


 咆哮しながら真司が突っ込んできたのだ。その勢いでアヌビスは倒れてしまう。

 とびかかってきた彼はアヌビスのまだ場所を正確に把握していなかったのか、衝突してから一瞬だけ後ろにすれ違う。


 しかし、すぐに把握すると、とびかかられて倒れてしまったアヌビスの地面に押さえつけるように胸を掴むと、そのまま地面にこすりつけるように走り出した。


 「ぐっ……」

 「ギリャアアアアアア!」


 背中が焼けこげるような、石で背中が切れていくような感覚を覚えるが、アヌビスも真司の背中に蹴りを入れてどうにか脱しようと試みる。

 だが、意外と真司は固く、簡単に態勢を崩せなかった。


 5回ほど蹴りを入れると、ようやく彼が態勢を崩したがそこで終わってくれなかった。


 後ろから蹴りを入れられたことによって前かがみになって倒れこみかけるが、そのままアヌビスの胸を強く握ると、状態を維持しながら前転する。

 アヌビスの視界は完全に一回転して、一気に空中に浮いたような感覚を覚える。


 ―――かと思えば、真司は一瞬で宙に浮いた相手を地面にたたきつける。


 「ごふっ……!?」


 たたきつけられたことによって、バウンドでもう一度中に放られるアヌビス。そこに先ほどのお返しとばかりに真司は蹴りを入れて、後方に吹き飛ばした。


 校舎に叩きつけられて勢いは完全に死んだが、アヌビスへの猛攻は最終局面へと入っていた。


 「グルル……」


 真司は持っていた銃をライフルモードに切り替える。

 その瞬間、所持していた銃は禍々しいものへと姿を変えた。


 そこにクリスタルをかざすと、学校にあったすべての植物からなにかのエネルギーが噴き出し始めて、それがすべて真司のもとに集まってくる。


 「な、なにを……」


 理解から遠ざかることをしている真司の姿を見たアヌビスはボロボロになりながらもそう聞く。しかし、暴走している彼が答えるはずがない。


 そして植物がすべてのエネルギーを吸いつくしたのか、いつの間にか学校内の観葉植物やら雑草やら何もかもが枯れはててしまった。

 おかげで、エネルギーがたまった銃は、その猛威を振るうことになった。


 「ガアアアアアアアア!!」


 彼の雄たけびとともに放たれた銃弾―――それは、誰が見ても虎の形をしていた。

 地面をえぐるほどの強力な高密度のエネルギー―――当たれば、エルダー級とはいえひとたまりもないだろう。


 銃弾の虎が大きく口を開けて、アヌビスを噛み切ろうとする動作を始める。


 ズガアァァァン!


 校舎を一部のすべてを吹き飛ばす一撃。

 威力が高すぎたのか、その跡にはアヌビスの姿はなかった。しかし、誰もが目撃した。


 逃げる隙も与えないくらいに暴れまわり、そして力の恐ろしさを見せつけた。


 そして、真司が知ることはない。

 この一件によって、魔界の人界への侵攻が強制的に最終段階に移行すること。そして、この世界を救えるものが一人しかいない意味を。


 なによりも、一人ぼっちの人に突きつけられる事実などいつだって残酷なのだから。


 「真司……」


 それを喜瀬川アリスがどれだけ癒せるかが、それにすべてがかかっている。

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